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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第三章
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第66話 出会い 〜ジンの一日目〜


 折れた鉄柱、屋根に潰されて崩れた家、抉れて盛り上がった道路。

 風が吹けば土埃が舞い、耳を澄まさなくても、至る所から瓦礫を踏みしめる音が聞こえる。 

 目の前の光景は、戦いの規模を嫌というほど物語っていた。


 ジンは、瓦礫の詰まった土嚢を右肩に載せ、仮置き場まで何往復も運び出していた。

 重さは三十キロあるかないかぐらいだろうか。さすがに疲れはするが、まだヘトヘトになるほどではない。

 他にも十数人の男性が、黙々と同じような作業を繰り返していた。


 ──日雇いの仕事をすると決まった時、マリアに口酸っぱく言われたことがある。

 "絶対に、一般人の前で能力を使わないこと"だ。

 

 勿論、戦いが起きなければ使おうとも思わないし、能力者に襲われた街で能力を見せつければ、糾弾されることだってわかっている。


 けれど、そんな忠告が必要だと思うほど、今の自分の人間性は信用に足らないということだ。

 当たり前だろう。

 意識のどこにグルザの価値観が紛れ込んでいるのか、自分でもわからないのだから。


 ──……今そんなことを考えたって仕方がない。

 とりあえず、体を動かそう。

 

 ジンはまた、手馴れた作業員から土嚢を受け取り、仮置き場まで歩いていく。

 戦いとは程遠い空気に触れるほど、グルザの存在を忘れられるような気がした。

 

 無心で作業を繰り返していると、突如背後から大声が響いてきた。


「一旦休憩にしましょう!」


 リーダーの声が辺り一帯の作業員に届き、全員の手が止まった。


「いやあ、やっぱ重いっすねぇ」「修行足りねえんじゃねえの?」「やっと休憩かー!」「さすがに肩凝りましたけど、進みましたねえ!」


 先程まで黙々と働いていた作業員たちが、口々に感想を言い合いながら、一箇所に集まっていく。


 ジンはと言うと、その輪の中に入っていくことに躊躇してしまった。

 

 怖かった。

 本当に自分が、力を使わずにいられるのかが。


 以前、自分の足がグルザのものになった時、そのまま街に入ろうとした。

 それが普通の足だと、思い込んでしまっていた。指摘されるまで異常だと分からなかった。

 

 もう人に言われなければ、自分の異常性に気づくことができないらしい。

 だから、カナメやマリアがいない今、自分だけで「人間のフリ」を続けられるのか、自信が持てなかった。


 ──二人がいないと、心細いな……。


 ジンは結局、一人離れたところでポツンと座り込んだ。


「なんでそんなとこにいんだ、あっちで一緒に休めよ!」


「いてっ!」


 不意に頭を叩かれた。

 振り返ると、いつの間にか作業員の男性が立って、みんながまとまっている休憩所を指す。


「兄ちゃん結構働いてくれたから疲れてるだろ。向こうにお茶あるから飲めよ」


 本当は「結構です」と言おうと思った。

 しかし、輪を乱すのはさすがに違うなと思い、踏みとどまる。 


「あ、すみません……」

 

 そのままジンは男性に背中を押され、男性と一緒に休憩所に向かうことになった。


 だが、歩を進めるたびに冷や汗が伝い、身体が強ばる。

 不安が膨らんで膨らんで、気づけば遠くの仲間に届きもしない助けを求めてしまった。情けない。


「ほいよ。ちゃんと水分とっとけよ」


 目の前に、お茶の入った紙コップが差し出された。いつの間にか休憩所に着いていたらしい。


「……ありがとう、ございます」


 ジンは震えた両手で受け取った。

 

 常温。

 水面に映る自分の顔を見たくなくて、急いで飲み干した。 


「どうだ兄ちゃん、結構疲れたんじゃないか? 今日が初めてなんだろ?」


 お茶をくれた男性が話しかけてきた。

 ジンは何も言えず、ただこくりと頷く。


「今作業してる道路が開通できたら、もう少し大きい街からも救援が受けられるようになるんだ。ちょいと無理させるかもしれねえが、俺たちも急ぎたくてよ。悪いな」


 男性はだっはっは、と笑う。

 ジンは、苦笑いで返すしかなかった。


 ──……本当に、普通の人とのふれあい方を忘れてしまったみたいだ。


 深く息をついたその時、ジンの耳が何かを拾った。


「……ん?」


 音の方向に目を向ける。

 誰もいない、崩れた家があるだけの場所だ。


「どうした兄ちゃん?」


「いや、なんか音が……」


 ジンはその声に誘われるように家まで歩いていき、辛うじて口を開けている玄関に上体をねじ込んだ。

 そして何かが近づいた気がして、音を頼りに腕を伸ばす。


 次の瞬間、急いで目の前を横切ろうとした何かを、反射的に捕まえた。

 動物にしては大きくて重い。

 ジンは小さく丸まろうとしたそれを軽く持ち上げ、何なのか確かめた。


「……子供?」


「なっ、なんだよ! 離せよ!!」


 掴んでいたのは、十歳ぐらいの少年の襟首だった。

 こんな子供が瓦礫になった家に入り込んで、一体何をしていたのだろうか。


「おーい、なんかいたのか…って、おおっ!? お前ハルキんとこのせがれじゃねえか! 人様の家で何やってんだ!!」


「うわぁぁあごめんなさい! 何も! 何も盗ってねえから!!」


 少年はそれだけ叫びジンの手を振り払うと、瓦礫の隙間を縫って走り去ってしまった。

 ジンはゆっくりと玄関口から体を引き抜く。


「あー、逃げちまったか。兄ちゃんもよく気づいたな。あのガキは昔から悪ガキで有名なんだが、まさか火事場泥棒まで企むなんてなあ……おっと、もうそろそろ休憩終わるぞ」


「あ、わかりました……」


 ジンは男性に連れられ、作業に戻った。

 

 また、何も考えないように、ただ黙々と。

 日が傾くまで。肩が重力に逆らえなくなるまで。夢中で体を痛めつけるように。

 

 一人きりのジンにとって、今はそれだけが救いだった。


 ──けれど一つだけ、頭からずっと離れないことがあった。


 あの少年の怯えた目。

 後ろめたいとわかって手を伸ばしたものを暴かれてしまった、そんな恐怖の色をしていた。


 今の自分も、同じ目をしているのだろうか。

 

 ジンは、どうしてもその目を忘れられなかった。

 

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