第65話 予感 〜カナメの一日目〜
トラックに載せられて、学校前にたくさんのダンボールが届いた。
「水」「パン」など、内容物が手書きされた箱が積み重なっている。
それらを受け取ったら、学校のエントランスへ運び入れ、種類ごとに振り分けなければいけない。
これが今日の被災者たちを支えるんだと思うと、自然と腕に力が入った。
この男女が入り交じる集団の中では、細身のカナメも、自然と力仕事を任される側だった。
カナメは汗を流しながら、重いダンボールを運ぶ。
「……ふぅ」
息をつく暇は無い。
今ここで作業をしているのは、同じく日雇いで働いている外部の人間だけでなく、被災している住民自身もいるのだ。
実を言うと、こういった作業は、辛い思いをした被災者には休んでもらって、外部の支援者が働くものだと思っていた。
それどころか実際は、その被災者の人たちが一番声を上げているのを見て、最初はとても驚いた。
今ではその空気に感化された誰もが元気に動き回り、「こっちこっち!」「パンの箱はこれで全部です! 集計します!」「ありがとう!」と、至る所で明るく張った声が飛び交っている。
そんな人たちの前で「疲れた」なんて言葉を発するのは当然禁句だったし、カナメ自身も、もっと頑張らないと、という気持ちになっていた。
やがて最後のダンボールがエントランスに運び込まれ、「飲料」「食料」「消耗品」……などなど、紙が貼られた箱が列をなした。
「みなさーん、運び出しありがとうございます! では、ここにあるビニール袋を持って、一列になってください! 順番に箱から、決められた分だけ物資を取って、袋に入れてまとめてください!」
職員の女性が声を張り上げる。
彼女も被災者で、避難所の運営を担当していると聞いた。
顔に疲れは見えているものの、むしろ他の人の疲れまで吹き飛ばしてくれるような、快活で力強い女性だった。
カナメは指示通りビニール袋を手に、物資を一つずつ入れていく。
そして、一式分の配給物が出来上がった時、手元の袋の中に目を落とし、固まってしまった。
少ない。
これが最初の感想だった。
一日分の配給だと言うのに、袋の中には、ペットボトル二本と、小さなパン。あとは生活用品が申し訳程度に詰め込まれているだけ。
夕飯は炊き出しがあると言っても、どう見たってこれで一日を乗り越えるなんて厳しすぎる。
「どうしたんだい?」
「えっ」
不意にかけられた声に驚き振り向くと、優しそうなおじさんが心配そうにこちらを見ていた。よく見ると服もくたびれて、クマが出来ている。
──この人も被災者なんだ……。
そう思った瞬間、カナメは慌てて口を開いた。
「す、すみません止まっちゃって!」
「おや、初めて見る兄ちゃんだね。今日から手伝いにきてくれたのかい?」
カナメはバクバクとした鼓動を片手で押さえながら、男性に軽く頭を下げた。
「あ、はい……。五日間お世話になります」
「お世話になるのはおじさんたちの方だよ。袋が出来上がったら、あそこにまとめておいてくれるかい?」
男性は、荷台に載せられた大きめの箱を指差す。そこには既に、配給品の入った袋が幾つも詰められていた。
「わかりました! ありがとうございます!」
カナメは大急ぎで袋を箱に入れると、再び新しいビニール袋を手に取り、すぐ作業へ戻った。
それから何度も何度も列に並び直し、数えるのも忘れるほどの配給品を用意した。
それら全てが避難所である体育館に運ばれるのを見送り、ようやくカナメは膝に手を当て、一息つく。
──……あの袋の数だけ、被災者がいるんだな……。
それも、天災ではない。
能力者によって引き起こされた人災だ。
本当ならきっと、能力者に怒りをぶつけたいのではないかと思う。自分だったらそうなる。
でもここの人たちは、前を向かなければ仕方ないと、懸命に生きている。
その強さが、とても眩しかった。
カナメは、歩きだそうと体を起こした。
その瞬間、不意に肩に衝撃を受けた。
「──わっ!?すみません!?」
「おっと……!」
カナメは咄嗟に謝り、一歩横に移動した。
何が起きたのか分からず顔を上げると、自分より少し年上ぐらいの、物静かそうな男性が腕をさすっていた。
すぐにこの人とぶつかってしまったのだと理解した。
「あ、だ、大丈夫ですか?すみません、前見てなくて……」
「……あ……、いや……」
男性はそれだけ言うと、何かを確かめるようにカナメをジロジロ見ながら、去っていってしまった。
──怒らせちゃったかな……。
しかし、そう心配するカナメの心の声を、聞き覚えのある声が断ち切った。
《何を言う。能力者だ》
「……えっ!?」
思わず息を呑み込み、口を手で抑えた。
突如脳裏に響いたエルナスの声に、心臓がけたたましく脈を鳴らす。
今ここで襲われたら、どうしようもない。
そこまで考えて、カナメは頭を振った。
──さっきまで、自分と同じように作業をやっていたんだ。悪い人じゃないかもしれない。
彼のことは、気づいてないフリをしていよう。それで何も無ければ、それが一番なんだから。
それに、こんなところで戦うなんて、絶対嫌だ。
──。
それだけじゃダメだ。
……一応、ジンとマリアに合流できたら相談だけはしておこう。
悲しいけど一人きりじゃ、何が起きても、どうにもできないから。




