第64話 俺と皆とこれからの五日間
ジンの足が魔物化してしまってから、既に数日が経過していた。
カナメたちは旅にも慣れ、以前買った安物のエアーマットと寝袋でも野宿できるほどになった。
だが、慣れてくるほどに、マリアの使う本物の寝心地も試してみたい気持ちも芽生えてきた。隣の芝生は、やっぱり青く見えるものだ。
もちろん、楽しいことばかりではない。
この数日の間で、二度も能力者に襲われた。
一度目は、カナメと同い年ぐらいの若い男女カップルだった。
敵の不意打ちから始まったその戦いは、あっという間に終わりを告げた。
不意打ちを難なく躱したジンが彼氏を押さえ付け、マリアが「殺すつもりは無いから見逃せ」と、あの怖い目で脅迫したのだ。
その彼氏は、彼女を危機に晒さない為に力を奮っていたようだ。周りで能力者を見つけるたびに、震えながら殺しをしていたらしい。
泣きながら「能力者全てが敵だと思っていた」、「強くないから、不意打ちでしか生き残れないと思った」と言っていた。
魔物に唆された、戦いの被害者だった。
正直、心底同情した。
むしろ、大切な人の為に、自分の手を汚す覚悟をした彼のことを、他人事だと思えなかった。
二度目は、電撃を操る男の能力者一人だった。
楽しそうに戦っていて、あのカップルや自分たちと同じ能力者だとは思いたくなかった。
広範囲に電撃を張り巡らされ、ジンは身動きが取れなかったが、マリアが水球でそれら全てを集め、電撃を纏った波を敵に押し返した。
最初はニヤニヤ笑っていた敵も、その反撃を見るや否や、相性の悪さに逃げ出していった。
マリアは、力に溺れた典型的な愚か者だと言っていた。
カナメはというと、一度も盾を出していない。どちらの戦いも、力を使うまでもなく、すぐに終わってしまった。
以前戦ったゴウとユウジの二人組が超強敵だっただけで、ジンとマリアはしっかり強かった。
あれから、ジンの足は一度も魔物化していない。
代わりに何の情報も得られず、今でも進捗がないままだ。
魔物化が進行しないのであれば安心出来るのだが、そんな保証は無い。むしろ嵐の前の静けさのようで、不安を覚えてしまうぐらいだった。
宛もなく街を転々とする中で、気付かされたことがある。
ホテルでラジオをつけた時、壊滅した街や死者の名前が読み上げられていた。
知らないところで、たくさんの人が死んでいるのだと思い知った。
そんなことを思い出しながら、カナメたちは今、全体が半壊している街に立ち寄っていた。
建物の壁が黒く焼け落ち、道には溶けた鉄筋がむき出しになっている。最近襲撃されたのか、街の中に焦げた臭いが漂い、人々の空気も重苦しい。
その街で、日雇いの復興支援職員を募る掲示を見つけ、すぐに応募した。
路銀の調達という目的もあるが、何よりも、目の前で苦しむ人たちの力になりたいと思った。
また敵に見つかる危険性を考えて、滞在期間はマリアの決めた五日間だけ。
それが三人の妥協点だった。
「はい、応募ありがとうね。じゃあ、ここに必要事項を書いてってね」
職員から渡された紙を見る。
必要事項は「名前」「年齢」「身長体重」「作業経験」のほか、「分かれば可搬重量」という欄もあった。作業の割り振りを決める為に、事前に細かい情報が必要らしい。
カナメ、ジン、マリアの三人は、各々渡された書類に、黙々と記入を進めていく。
小さいテーブルで三人固まって書いているので、お互いの情報が丸見えだ。
「えっ、お前二十六歳なの? てか字うまっ」
ジンが手を止めた。視線の先にはマリアの書類。
年齢26歳、身長166センチ、体重54キロ、作業経験なし、可搬重量不明。
綺麗な文字がバランスよく並んでいて、カナメもつい目を引かれてしまった。かなり読みやすい。
「……いいからさっさと書け」
マリアはそれだけ言い、さっさと書き終えた書類を提出しに行ってしまった。
彼女が離れたのを見て、ジンはこっそりカナメに囁いた。
「割と年上だったな?」
「年上な感じはしてたでしょ」
そう言うジンの書類を覗き込む。と言っても幼馴染なので大体知っている。もちろん、字がお世辞にも綺麗だと言えないことも。
年齢22歳、身長177センチ、体重74キロ、作業経験なし、可搬重量70キロ(頑張れば80キロ)。
「えっ、頑張れば八十キロ持てるの!?」
「まあぶっちゃけ可搬重量とかわかんねえから、筋トレで持てた重さ書いたんだけどな。カナメはいくつよ」
ジンはニヤッとして、カナメの書類を掠め取った。
「ちょ、ちょっと…!?」
「どれどれ」
年齢22歳、身長164センチ、体重57キロ、作業経験なし、可搬重量不明。
「不明かよー。多分五十キロぐらいって書いとけば?」
「そんなわけないじゃん! 適当に書いて、本当は持てませんでしたってなりたくないからいいの! ほらもう提出するよ!」
カナメはジンから書類を奪い取ると、マリアに続いて職員に提出した。
そこでは数名の職員が、既に提出された書類を他の作業員へ渡し、指示を飛ばしている。人手が足りていないのか、応募が済み次第すぐに作業内容の割り振りが始まるようだ。
最初に書類を提出したマリアは炊き出しの担当になり、一足先に現場へ向かっていった。
そこからしばらく待っていると、指示を待つカナメとジンの元に、丁寧そうな男性職員と、ガテン系のような作業員が歩いてきた。
「お待たせしました。カナメさんは支援物資の仕分けとその運搬、ジンさんは瓦礫撤去をお願いします。案内しますので、細かい説明は現地で聞いてくださいね」
丁寧な男性職員はカナメに、作業員はジンに挨拶すると、それぞれ別方向を指差した。
どうやら、ここから各々の現場に案内して貰えるようだ。
「ジン、気をつけてね?」
「カナメもな。無理すんなよ」
カナメとジンはお互いの拳をコツンと合わせると、職員に導かれるまま歩き出す。ジンとはここでお別れだ。
そこから十数分と歩き、到着したのは学校の前。ここに物資を載せたトラックがやって来るらしい。
二、三十人くらいだろうか、既にたくさんの人が集まっている。この人達が今日の仲間だ。
それにしても、物資というのは何が来るのだろうかと、少しばかり不安が湧いてくる。
カナメ自身は細身で力にもあまり自信がない。荷物が重くないことを願うばかりだ。
「……よし、頑張ろ」
カナメは「よろしくお願いします!」と明るく声を上げ、その集団の中に混ざっていった。




