第62話 嵐の後のひととき
ホテルの部屋の中、今はカナメとジンの二人きりだ。
マリアは疲れたと言って、部屋から出ていってしまった。静かなところで一人で休みたいらしい。
それにしても凄い話し合いだったな、と他人事のような感想を、カナメは抱いていた。
実際、主に凄かったのはジンとマリアだったわけで、最後の方なんか特に、話を聞くのでいっぱいいっぱいになってしまっていた。
途中のジンの告白には、正直びっくりしてしまった。
けれど、予めマリアから予想を聞いていたから何とか追いつけたし、受け入れることも出来た。
多分それがなかったら、途中でパニックになって、話し合いを邪魔していたかもしれない。
だからマリアは昨日、自分だけを呼び止めて先に話をしてくれたのかな、と後になって思う。
「──カナメさ、本当に全部聞いてくれたんだな。絶対、途中で何か言われると思ったんだ」
ベッドの上で大の字に寝そべりながら、ジンはボソッと呟いた。
カナメは「丁度同じ事を考えてた」と笑い、答える。
「マリアに聞いた予想が、ほとんど当たってたんだ。本当に、凄いよマリア」
「……ほんと、あいつがあそこまで、マジに考えてくれてるなんて思ってなかったわ」
ジンは勢いよく起き上がり、ガサゴソとチョコの大袋に手を入れると、いっぺんに何個も掴み取った。
そして、個包装を剥がしながら、「一回しか言わねえぞ」と照れくさそうに、小さく呟いた。
「俺さ、こんな風になっちまって、本当は、何もかも諦めてしまおうと思った。けど、やっぱりカナメは見捨てないでいてくれたし……マリアも、俺の為に本気になってくれた」
ジンの顔は、前髪で見えない。
照れ隠しなのか、俯いたまま喋っている。
それでも、その真っ直ぐな気持ちは、確かに伝わってきた。
「……お前たちがいるから、この先また悪いことが起きても、踏ん張れそうな気がする」
ジンはそう言い終わると同時に、カナメの言葉を待たずに「それにしてもよー!」と一人で大声を上げた。
これも多分、照れ隠し。
「マリアのやつ、何で俺なんかにそこまでしてくれたんだろうな?」
ジンの疑問を聞いた途端、カナメは堪えられず大笑いしてしまった。
「はははっ! それ、俺もマリアに聞いちゃった」
「なんだよお前全部聞いてんじゃねえか。俺だけかよ何も知らねえの」
ジンは少し納得のいってなさそうな顔をしながら、二、三個同時にチョコを頬張る。
勝手に人の話をしてもいいのかな? と思いながら、でもジンに隠すのも後ろめたい気がして、「本人には聞いたって言わないでね?」と前置きした。
「能力者は一人も信じられないぞって言ってくる魔物に対しての、ちょっとした反抗だ、って言ってたよ」
「……へー」
ジンは意外そうに相槌を打つ。
気持ちは分かる。自分本人から聞いた時、結構びっくりした。
「あいつにもそんな感情とかあったんだな。ちなみにさ、他にも何かねぇの? そういう感じの面白い話」
「え、えぇ……?」
カナメは少し困り、眉を下げる。
そんな話し合ったかなあ、と昨夜の記憶を辿る。
そして、今更ながら一つ、記憶の中の彼女に違和感を覚えてしまった。
「一個あるかも」
「お、何何?」
ジンが楽しそうな目でこちらを見てくる。
いや、そんな大した話じゃないけれど。
「マリアと昨日話してる時、ジンのこと名前で呼んでた」
「……は? それだけ?」
怪訝そうなジンの眼差しが射抜いてきた。
カナメは信じて貰いたくて、声に熱が入ってしまう。
「いやほら、マリアって人のこと、“お前”とか“こいつ”とか“あいつ”って言うじゃん。昨日は何回も“ジン”って言ってたんだって」
「……あぁ……そう……」
ジンの反応が微妙すぎる。あまり興味がなさそうだ。
いや微妙な話ではあったけど。
多分、期待するような裏話じゃなくて、肩透かし食らったんだろうな。顔に書いてある。
けれど、そんな顔がどんどん悪戯っぽく変わっていき、カナメは少し嫌な予感を覚えた。
「……それ、何でか聞いてみるついでに、ちょいとからかってみる?」
「えぇ!?」
急なジンの提案に変な声が出た。
「か、からかわなくたっていいじゃん! 怒られちゃうよ!」
「けど、一回も名前呼んでこないのは意味わかんねえじゃん? 案外呼び方変えるタイミング見失って、本人を前に呼ぶのが気まずいだけだったりして」
「そ、そうかなあ……? さすがにそんな人じゃないと思うけど……」
まぁ確かに、ジンの名前は呼んでたけど、自分は呼ばれなかったしな……と思いつつ、いやでもそんな安直なわけないじゃん、と思考をかき消す。
「とりあえずお願いだから、あんまり怒られることしないでよ? 俺さ、昨日マリアにめっちゃ怒られてるから。連日は無理だよ、ほんとに立ち直れなくなっちゃう」
「あー……そりゃやめとくか。わかるぞー、あいつに詰められるとメンタルボコボコにされるよな。マジで恐ろしい女だよ、鬼だよ鬼」
それ、さっきまで頭下げてた相手に言う言葉じゃなくない?
カナメは呆れて肩を竦めた。
まぁでも……ジンの言わんとしてることはわかる。
「マリアと名前呼び合えるぐらいには、もう少し仲良くなりたいな、とは思うよね。昨日今日で凄く印象は変わったけど、それでもちょっと距離感じるし、怖いものは怖いし」
あと黙ってる時間がちょっと気まずい。
「んー……やっぱり、後でちょっと言ってみようかな。“もっと仲良くなろうよ”って……ジンはどう思う?」
「言うのかよ。ま、お前が言うなら俺もそれに乗ってやるよ」
正直、ちょっと楽しそうと思ってしまった。
じゃあ後でジンと二人で、マリアに話してみようかな。
あれだけ一緒に本気で話し合ったんだから、ちょっとぐらい期待したっていいよね?




