第58話 相棒か、共犯か
ジンは、ホテルからそこそこ離れたところまで来ていた。
もう、とっくに日を跨いでいる。カナメもマリアも、すっかり夢の中だ。
ホテルのあった街は、ジンにとっては騒がしすぎた。身体が疲れ切っていた夕方はさすがに限界で寝落ちてしまったが、程々に回復した今、街中の音が気になって眠れなくなってしまった。
ここ最近でまともに眠れたのは、自然の中か、戦いの後か、寝てない日が続いて体力が限界になった後ぐらいだ。
日中の音ならまだいいが、夜だけはいつまで経っても慣れない。どれだけ休もうと思っても、身体が勝手に音を警戒してしまう。
多分もう、街で普通に寝ることは出来ないのだろうな。
昼寝したのは失敗だったか。
いや、起きてるのは無理だっただろう。あの時は疲れすぎて死ぬかと思うほどだった。
見ず知らずの町外れの雑木林。
人の声、機械の音が遠く、すぐ側の木々のさざめきが心地いい。
《随分その身体を受け入れるようになったんじゃないか?》
「じゃなきゃ生きていけねえんだよ、仕方ねえだろうが」
ジンは長く息をついて、地べたに座る。
ここに来たのは、眠るためじゃない。
静かなところで、ゆっくり考えたかったからだ。
明日、マリアが細かい話をするらしい。
それに、カナメだって、カナメなりに考えてくれると言った。
──だから、今からあの時起きたことを整理して、わかる情報全部を二人に渡す。
それが、本気で考えてくれる二人に対しての、最大限の誠意だと思った。
「考えるならやっぱり、まずは魔物化のきっかけからだよな……」
あの時の記憶を、深く、丁寧に辿っていく。
戦いの最中に息ができなくなり、意識が朦朧とした後の、グルザとの会話。間違いなくあそこが入口だ。
グルザの甘い言葉に乗せられて、そこから力が湧いてきたのははっきり分かる。
でも、実際に何が起こったのかまでは分からない。どうしてこうなったのかのかすらも。
きっと、それを理解するには、一人の力では無理だ。
「……おい」
本当は嫌で嫌で仕方がないが、これは自分だけの為じゃない。カナメとマリアの為でもある。
沸き立つ感情を全部押し殺して、グルザに話しかけた。
「お前さ、一体化できることを知らなかったって言ってたよな? だったら何であの時、俺を“鼓舞”……って言い方はあんましたくねえけど、しようと思ったんだ?」
《知らんな。それに、知ったところで教えるとでも思うか? お前に対策されてしまえば、俺はせっかくの力を失うことになるかもしれないんだ》
ジンは奥歯を噛み締めた。
グルザにとっては、それはそうだろう。
けれど、だからといってやすやすと引き下がる訳にはいかない。それでは何も変わらない。
「全部と言わずとも、何かしらは分かってたんじゃないのか?」
《教えるつもりはないと言っているだろう。それともなんだ? 俺に相応の得があるとでも言うのか?》
得か。
魔物の得って何だ? やっぱり力か?
そもそもこんな奴に、得なんか与えていいのか?
「……得があれば……教えてくれるのか?」
こんな奴に、交渉なんて通じるのか?
そう疑いながらも、今のジンにできることは、もうこれしかなかった。
《戦いに影響があるほどの相応の得……ならば考えてもいいかもしれんな?》
グルザにとっての、相応の得……ね。
ジンは息を吸った。拳を握った。
本当は、ずっと、カナメが傍に居てくれるだけでよかった。カナメを守り続けられるならそれでよかった。
でも、それだけではどうにもならない所まで来てしまった。
今の自分は、知らないうちに本当に誰かを手に掛ける可能性すらもある。
それにも関わらずカナメは、当の本人以上に魔物化を受け入れて、真剣に考えてくれていた。
あの、気弱なカナメが。
結局自分だけが、前のウジウジしていた頃から何一つ変わっていなかった。
──いよいよ、ここで決めないといけないかもしれない。戦う覚悟も、生き抜く覚悟も。
「……詳しいやり方が分かれば、力が制御出来るかもしれない。扱い方も安定すれば、不確かな今の状態よりもっと武器になると思う」
本当に大丈夫なのか?
そんな不安を、全て押し殺す。
「……悪い話じゃないよな?」
もちろん、今でも戦いたくない。でも、カナメたちには応えたい。
胸の底で、グルザが静かに唸った。
《ほう。それが、俺への殺し文句か》
グルザの答えを待つ。
《──いいだろう。俺は別に、力が手に入るのであれば、お前と手を取ることもやぶさかではない》
はーっ、と息をつく。
……交渉が……成立してしまった……。
自分から持ち出したはずなのに、嫌に鼓動が耳に届き、冷や汗が頬を伝う。
でも、もう逃げられない。
腹を、決めたのだから。
《……だが、俺も確かな情報は何も無い。推測でしか物を語れんぞ》
「それでもいい。一つも情報がないより遥かにマシだ」
それを聞いたグルザは、低く掠れた笑い声を漏らした。
《力を扱えるようになるということは、いつかは本当に、お前の身体を乗っ取れるかもしれないということだ……全てが明らかになる時を、楽しみにしている》
背中が、少しだけ震えた。
けれど、前を向くのはやめない。
ある時はジンが問い、グルザが答える。
逆もあれば、二人で考える。
少しずつ何かが明るみになるように、空もまた、白みを帯びていく。
木漏れ日が影を作るまで、ジンとグルザの声は、一時たりとも尽きることはなかった。




