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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第二章
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第58話 相棒か、共犯か


 ジンは、ホテルからそこそこ離れたところまで来ていた。

 もう、とっくに日を跨いでいる。カナメもマリアも、すっかり夢の中だ。


 ホテルのあった街は、ジンにとっては騒がしすぎた。身体が疲れ切っていた夕方はさすがに限界で寝落ちてしまったが、程々に回復した今、街中の音が気になって眠れなくなってしまった。


 ここ最近でまともに眠れたのは、自然の中か、戦いの後か、寝てない日が続いて体力が限界になった後ぐらいだ。

 

 日中の音ならまだいいが、夜だけはいつまで経っても慣れない。どれだけ休もうと思っても、身体が勝手に音を警戒してしまう。

 多分もう、街で普通に寝ることは出来ないのだろうな。


 昼寝したのは失敗だったか。

 いや、起きてるのは無理だっただろう。あの時は疲れすぎて死ぬかと思うほどだった。


 見ず知らずの町外れの雑木林。

 人の声、機械の音が遠く、すぐ側の木々のさざめきが心地いい。


《随分その身体を受け入れるようになったんじゃないか?》


「じゃなきゃ生きていけねえんだよ、仕方ねえだろうが」


 ジンは長く息をついて、地べたに座る。


 ここに来たのは、眠るためじゃない。

 静かなところで、ゆっくり考えたかったからだ。


 明日、マリアが細かい話をするらしい。

 それに、カナメだって、カナメなりに考えてくれると言った。


 ──だから、今からあの時起きたことを整理して、わかる情報全部を二人に渡す。

 

 それが、本気で考えてくれる二人に対しての、最大限の誠意だと思った。


「考えるならやっぱり、まずは魔物化のきっかけからだよな……」

 

 あの時の記憶を、深く、丁寧に辿っていく。


 戦いの最中に息ができなくなり、意識が朦朧とした後の、グルザとの会話。間違いなくあそこが入口だ。


 グルザの甘い言葉に乗せられて、そこから力が湧いてきたのははっきり分かる。

 でも、実際に何が起こったのかまでは分からない。どうしてこうなったのかのかすらも。


 きっと、それを理解するには、一人の力では無理だ。

 

「……おい」

 

 本当は嫌で嫌で仕方がないが、これは自分だけの為じゃない。カナメとマリアの為でもある。

 沸き立つ感情を全部押し殺して、グルザに話しかけた。


「お前さ、一体化できることを知らなかったって言ってたよな? だったら何であの時、俺を“鼓舞”……って言い方はあんましたくねえけど、しようと思ったんだ?」


《知らんな。それに、知ったところで教えるとでも思うか? お前に対策されてしまえば、俺はせっかくの力を失うことになるかもしれないんだ》


 ジンは奥歯を噛み締めた。

 グルザにとっては、それはそうだろう。

 

 けれど、だからといってやすやすと引き下がる訳にはいかない。それでは何も変わらない。


「全部と言わずとも、何かしらは分かってたんじゃないのか?」


《教えるつもりはないと言っているだろう。それともなんだ? 俺に相応の得があるとでも言うのか?》


 得か。

 魔物の得って何だ? やっぱり力か?

 そもそもこんな奴に、得なんか与えていいのか?


「……得があれば……教えてくれるのか?」


 こんな奴に、交渉なんて通じるのか?


 そう疑いながらも、今のジンにできることは、もうこれしかなかった。


《戦いに影響があるほどの相応の得……ならば考えてもいいかもしれんな?》


 グルザにとっての、相応の得……ね。

 

 ジンは息を吸った。拳を握った。

 

 本当は、ずっと、カナメが傍に居てくれるだけでよかった。カナメを守り続けられるならそれでよかった。

 でも、それだけではどうにもならない所まで来てしまった。

   

 今の自分は、知らないうちに本当に誰かを手に掛ける可能性すらもある。

 

 それにも関わらずカナメは、当の本人以上に魔物化を受け入れて、真剣に考えてくれていた。


 あの、気弱なカナメが。


 結局自分だけが、前のウジウジしていた頃から何一つ変わっていなかった。


 ──いよいよ、ここで決めないといけないかもしれない。戦う覚悟も、生き抜く覚悟も。

 

「……詳しいやり方が分かれば、力が制御出来るかもしれない。扱い方も安定すれば、不確かな今の状態よりもっと武器になると思う」


 本当に大丈夫なのか?

 そんな不安を、全て押し殺す。

 

「……悪い話じゃないよな?」


 もちろん、今でも戦いたくない。でも、カナメたちには応えたい。


 胸の底で、グルザが静かに唸った。

 

《ほう。それが、俺への殺し文句か》


 グルザの答えを待つ。

 

《──いいだろう。俺は別に、力が手に入るのであれば、お前と手を取ることもやぶさかではない》


 はーっ、と息をつく。


 ……交渉が……成立してしまった……。


 自分から持ち出したはずなのに、嫌に鼓動が耳に届き、冷や汗が頬を伝う。

 

 でも、もう逃げられない。

 腹を、決めたのだから。

 

《……だが、俺も確かな情報は何も無い。推測でしか物を語れんぞ》


「それでもいい。一つも情報がないより遥かにマシだ」


 それを聞いたグルザは、低く掠れた笑い声を漏らした。


《力を扱えるようになるということは、いつかは本当に、お前の身体を乗っ取れるかもしれないということだ……全てが明らかになる時を、楽しみにしている》


 背中が、少しだけ震えた。

 けれど、前を向くのはやめない。

 

 ある時はジンが問い、グルザが答える。

 逆もあれば、二人で考える。

 

 少しずつ何かが明るみになるように、空もまた、白みを帯びていく。

 

 木漏れ日が影を作るまで、ジンとグルザの声は、一時たりとも尽きることはなかった。

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