第53話 意識と無意識の狭間の予感
「ご馳走様!」
「美味かったー!」
カナメとジンは同時に声を上げた。
二人の前には、綺麗に平げられた鉄のプレートとコーンスープの器、サラダバーの皿が並んでいる。
カナメたち三人は、ステーキハウスに来ている。贅沢にもサラダバー付きだ。
お金は流石にカナメとジンが二人で出すことにした。
それぞれ頼んだ料理は、カナメが普通のステーキ、ジンはステーキとハンバーグのコンボプレート、マリアは一番小さいハンバーグだ。
ジンの料理は物凄い量だったにも関わらず、信じられないほどの勢いで肉をかきこみ、カナメとほぼ同時に食べ終わっていた。
それに比べてマリアは、まだ小さいハンバーグをゆっくりと食べている。
そういえば今日の昼食も、最後まで食べていた気がする。じっくり味わう派なのかもしれない。
「俺ちょっと追加してくるわ」
ジンはお皿を持って、サラダバーに一人向かっていった。胃袋無限じゃない?
結局、食べ終わったのはカナメだけらしい。
「なんかいいよね、こういうの。みんなでご飯食べられて嬉しいよ」
ジンの背中を遠目に眺めながら、カナメはポツリと呟いた。本心だ。
大変な戦いの後だし、一緒に食べることで仲間の距離も縮まる気がした。
けれどカナメの気持ちに対してマリアから返ってきたのは、鋭い一言だけだった。
「本気でそう思っているのか?」
「え、どういうこと……?」
やっぱり、今日機嫌悪かったのかな。
誘ったの、迷惑だったかな。
そんなことを考えながらフリーズしてると、ジンがてんこ盛りのサラダと、デザートのゼリーを携えて帰ってきた。
「いや流石に多くない……?」
「死ぬほど走ったんだから許してくれよ。今は体が栄養欲してんの」
ジンは腰をかけるなり、大口で野菜を吸い込んでいく。本当に野菜の量が信じられない。山じゃん。
カナメは膨れたお腹を撫でながら、ほんの少しだけマリアの様子を伺ってみた。無表情で咀嚼している。
怒ってはいないようだが、楽しくもなさそうだ。
「マリアって、結構のんびり食うんだな。一瞬で済ましそうなイメージあったから意外だったわ」
ふと、ジンは咀嚼中のマリアに話しかける。
ちょうど同じことを思っていたところだ。
「お前たちほど空腹じゃない」
マリアはそれだけ答え、小さく切り分けたハンバーグを口に運んだ。対するジンは、今ゼリーを喉に流し終わっていた。
「あーー、めっちゃ食った!」
「ほんとだよ……相当疲れてたんだね」
「そりゃ疲れるだろ。今日の俺、どれだけ働いたって」
まぁ、それもそうか。一番働いたのは誰かって言われたら間違いなくジンだろう。
ジンは両手を合わせ、満足気な顔をしている。
しばらくジンと談笑していると、マリアの声が意識を引き戻した。
「待たせた。帰るぞ」
いつの間にかマリアも食べ終えていた。
その後特に居座ることもなく、普通に会計を終え、三人は店を後にした。
*
建物の外に踏み出すと、空はすっかり暗くなり、涼しい夜風が吹いていた。
記憶を頼りに数分歩くと、もうホテルが見えてきた。
思ったより近くて安心した。そのまま歩を進めていく。
──すると、不意に後ろから肩を掴まれた。
「うわっ! びっくりした!」
「……少し、こいつと話したいことがある。先に部屋に戻っててくれ」
マリアはカナメの肩を掴むと、ジンの顔を見た。ジンは一瞬怪訝そうな顔をしたが、頭を搔いて首を縦に振る。
「……分かった。じゃあ帰って、先にシャワーでも浴びとくわ」
ジンはすんなりと踵を返し、そのままホテルへ向かって行った。
「は、話って……何?」
改めて二人きりで話となると、少し身構えてしまう。理不尽に怒る人ではないのはわかっているが、今日のマリアはどこか機嫌が悪そうだ。
マリアはジンの背中が見えなくなったのを確認すると、カナメを道の端っこまで連れ出し、ようやく口を開いた。
「いいか。今からする話にはすべて、一切誤魔化さず、本心で答えろ」
「……え?」
重く、強い言い方だった。
周りの空気が、一瞬にして冷えた気がする。久しぶりに感じた、マリアの冷たい空気だ。
「内容は三つ」
マリアは三つ指を立て、一つずつ折りながら話す。
「ジンの足が、一時的とは言え魔物になったこと。お前の嫌がっていた“相手の足を潰す”という行為を、ジンが実行したこと。お前の抵抗が、私たちを危機に晒しうるということ」
──え。急に何……それ……何の話……?
「お前には今すぐ、これらに向き合ってもらわなければならない。お前の考え如何では、全員の命に関わる。逃げ腰は許さない」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんな話、急にされても……」
「命に関わると言っている」
ぴしゃりと、マリアの圧が言葉を遮った。
マリアの目が、蛇のように射抜いてくる。
まるで、心の底を──それも、自分自身ですら知らないところの奥底まで、見透かされているようだ。
鋭く冷たいその視線に、断ることは許されていないのだと、理解した。
息の詰まりそうな圧に、喉仏が動く。
「……わ、わかった……ちゃんと答えられるか……わからないけど……」
今から一体何を言われるのか、想像できない。
いや、したくなかったんだと思う。
けれど、想像なんかしなくたって、胸の中では嫌な予感が、ひたすらに暴れ回っていた。




