第5話 昨日の友は今日も友
その晩は結局眠れず、二人は朝まで語り合ってしまった。くだらない思い出話や、どうでもいい世間話ばかり。世界がどんなに秩序を失おうとも、この時間だけは間違いなく、よく知っている日常だった。
東の空が白み始め、鳥のさえずりが時間の経過を告げる。ジンが「眠気なんて吹っ飛んだな」と笑い、カナメも思わず苦笑した。
「もうこんな時間だったんだね」
「本当だな。腹減っただろ?今マジで何もなくて、ちょっとうちにあるカップ麺かき集めてくるから、どれがいいか選んでくれ」
ジンは「じゃあ取ってくるわ」と言い残して部屋を出た。足音が遠ざかり、静けさが戻る。
その瞬間、脳裏に忘れていた声が響いた。
《……おい。あの男、信用していいのか?》
「うわっ──!?」
カナメは思わず声を上げた。
《驚くのも無理ないが、だからといって騒ぐほどでもあるまい》
「……普通はありえないんだから、声が聞こえるなんて。正直今でもまだ信じられないよ……」
カナメは今にも飛び出しそうな心臓を押さえ、深呼吸を一つして脳裏の声に向き合う。
「……で、その“信用していいのか”って、どういう意味?」
《そのままだ。大半の魔物は、他の魔物を見つければ攻撃する。これまでは俺が隠れていたから、相当敏感な奴でければお前を見つけることは出来なかった。だが──》
その言葉に、声の冷たさが混じった。
《あの男は隠れている俺の気配を嗅ぎつけたのだぞ、油断ならん》
その声にカナメはムッとイラつきを覚える。
自分とジンは友達なのだ。勝手に取り憑かれたからって、敵同士にされてはたまったものじゃない。
「……そんなこと関係ないよ。戦うつもりなんてないし、そんな風に言われる筋合いもないよ」
《ヤツもそうだといいのだがな。如何せん俺は、自分以外で戦いを避けようとした魔物を知らん》
「そんなの、俺の知った話じゃないよ……」
もう少しで声を荒らげてしまいそう、そんな一歩手前で扉が思い切り音を立て、部屋にジンの声が響いた。
「わりぃ、時間かかっちまって! もうちょっとあるかと思ったんだけど見つかんなくてさ! この中から好きな物選んでくれよ!」
「あ、ありがとう! どれにしようかな!」
まるでさっきまでの会話なんて幻だったかのように、カナメは即座に目の前のカップ麺に集中した。 4種類ある。塩、味噌、醤油、豚骨だ。
「ジンはどれ食べるの?」
「醤油か豚骨にするかなあ」
「無難だね。俺味噌貰っていい?」
「もちろん! じゃあもう作っちまうぞ」
そう言うとジンは一緒に持ってきたケトルでカップ麺にお湯を注ぎ、時間を測り始める。
カップ麺が出来上がるのを待っていると、少しだけ気まずそうにジンが話しかけてきた。
「あのさ……さっきのカナメの声全部聞こえちゃってさ……」
「あ…っ」
「俺もよく声に出して喋っちゃうんだけど…本当は心の中だけでも会話できるんだよ」
えっ、なにそれ恥ずかしい。 先に言って。
「なんで教えてくれないのさ!」
「いやまさか今まで一回も喋ったことないやつが急にそんな話し出すとか思わないじゃん……?」
ジンはごめんごめんと頭を掻き、ふっと優しい顔になった。
「でもおかげでお前の本心聞けてよかったぜ。さすがに俺の魔物…グルザって言うんだけど、こいつも、渋々だけど信用してくれたよ」
「……まぁ、俺自身正直戦いがどうだーって急に言われても全然信じられてないし、そんな中で猜疑心煽られてもね?…というか、えっ、名前とかあるんだ?」
「おい、まだそいつ名乗ってもねえのかよ。それぐらいしておけよって話だよなぁ」
ジンは呆れたように肩をすくめる。
同時に脳内で《……エルナスだ》と細いつぶやきが聞こえた。
「エルナスって言うんだって」
「……なんか、この先心配になる相棒だな」
会話が途切れ、二人の間にふとした沈黙が落ちた。
窓の外では、朝日に照らされた街並みがゆっくりと目を覚まし始めた。
今日も明日も、このまま同じ日常が続くように思えてしまう。
窓の外の冷たい空気をかき消すように、カップ麺の湯気が、二人の間に小さな温もりを残していた。




