第49話 目移り
今日も例の如く、ホテルの三人部屋に宿泊することになった。昨日の格安ホテルと比べると、もっとしっかりした綺麗な部屋に見える。金額は怖くて見ていない。
どこでもいいと言ったのは自分だからと、今回もマリアが支払ってくれるようだ。頭が上がらない。
部屋に入るなり、すぐさまジンはベッドに倒れ込んだ。
しかしその直後、「これに着替えさせろ」とマリアが備え付けのガウンを投げてきたので、カナメはなんとかジンを着替えさせた。
今カナメは、そんなうつ伏せになっているジンの両足に、氷嚢を当てている。氷嚢と言っても、マリアが買ってきた氷を袋に入れて、タオルで包んだだけの簡易的なものだ。
他にも何かしてあげなきゃとソワソワしてしまったが、筋収縮している足は揉んではいけないと怒られてしまった。
足に乗せている氷嚢が落ちないよう、ただ軽く支えることしか出来ない。
「大丈夫……?」
「……だいじょばない……」
ジンはベッドに顔を埋めながら、ぐったりとした声で答える。先程から声を掛けても、最小限の返事しか返ってこない。
氷嚢を一瞬だけどかして、ジンの足の様子を見てみる。目視だけで、脹ら脛がキュッと小さく固まっているのが分かる。これが痛いらしい。
痛いのは可哀想だけど、「ちゃんと人間の足なんだな」とも思えて、正直安心感もある。
先程までは、ジンに多少の違和感を覚えていたが、今の彼には、そんなものは全くなかった。
多分、見慣れない力を目にしたせいで、色々と変化が気になってしまっただけだと思う。
声は力無いけれど、今目の前にいるのは間違いなく、よく見知ったジンだった。
「二泊取っておいた。身体は休めるだけ休ませておけ」
不意に飛んできたマリアの報告に驚き、つい振り向く。
視線の先では、足を組んだマリアがこちらに目もくれず、ホテルの冊子をパラパラとめくっていた。
「二泊……? 明日も泊まるってこと?」
「そうだ。見て分かる通り、過度な負荷で筋肉が緊張している。痛み自体は今日で引くとは思うが、最初は痙攣も起こしていた。念の為明日までは安静にした方がいい」
「サンキュ……助かるわ……」
マリアは、ジンの掠れたお礼には何も答えなかった。座ったままリュックに手を伸ばし、何かを取りだす。いつもの紅茶のパッケージだ。
「マリアって、ほんとにそればかり飲んでるんだね?」
「ああ」
マリアは一言だけ素っ気なく返すと、そのまま立ち上がり、さっさとケトルに水を溜め始めた。
部屋の中が沈黙に包まれ、苦手な空気感に身体がむず痒くなる。それに耐えきれず、カナメは無理矢理口を開いた。
本当はジンに声を掛けたかったが、酷く疲れているだろうと思い、言葉の行く先にマリアを選んだ。
「ほんと、ジンが元に戻れて安心したよね!」
返事は無い。その代わり、怒ってるのかなんなのかよく分からない、鋭い視線だけが返ってきた。
「色々大変だったけど、終わりよければすべてよしって言うのかな。綺麗に収まって安心したというか……」
するとマリアは呆れたように顎で氷嚢を指す。
「……いいから黙ってそれだけやってろ。お前が煩いから、いつまで経ってもそいつが寝ない」
「あっ、ごめん……」
慌てて意識を手元の氷嚢に戻す。確かに、ジンに休んでもらう方が先か。
仕方なくしばらく黙ってると、お湯が沸くのも待たず、マリアが急に立ち上がった。
「……気が変わった。近くの店に行ってくる」
それだけ告げると、マリアはスタスタと部屋から出て行ってしまった。
気難しい。もうちょっと気軽にコミュニケーション取りたい。
「……はぁぁ。頼りにはなるんだけどなぁ……やっぱ難しいよマリア……」
必要がある時とない時で、マリアの口数はかなり変わる。もう少し普通に会話を広げたいところだ。
──それにしても、この氷嚢はどれくらい当て続ければいいんだろう。ずっと置いといたら、凍傷になりそうで少し心配だ。
ぐったりしてるところジンには申し訳ないが、自分で判断できないものは、もう本人に聞くしかない。
「……ねぇジン……、もし、もう氷要らないと思ったら教えて……?」
「……足にタオルで巻いといてくれたら……自分で勝手に取る……」
ボソボソとした答えが返ってきた。
確かにそうだ、タオルで固定しとけばいいじゃん。
カナメは急いで備え付けのタオルを二枚取りに行くと、片足にひとつずつ氷嚢を巻き付け、固定していく。
「……助かる。じゃ、俺、寝るから……」
ジンはそれだけ言い残すと、数秒後には寝息を立て始めた。限界だったらしい。
カナメは暇になり仕方なく、先程マリアが読んでいた冊子を手に取り読み始める。
バスルームは客室の設備のみか。
ついにマリアと共同の浴室を使うと思うと、なんかちょっと……変に意識しちゃって嫌だ。
とはいえ、一度マリアのシャワーの音は聞いてしまってるわけだし、今更どうこう言ったところで何も変わらない。マリアも気にしていないだろう、諦めて受け入れるしかないのだろう。
そんなことを思いながら、冊子を読み進めていくと、美味しそうな食事の写真が目に飛び込んだ。朝食ビュッフェがあるらしい。
ただ、今回は飛び込み宿泊なので、当然自分たちは素泊まり。食べたければ別料金だ。
「……うわ、高い……」
朝食会場のレストランでは、朝以外でも食事を取れるようだ。だが、さすがはホテルのレストラン、あまり手を出したくない金額をしている。
ご飯を食べるなら適当に外食か、売店で買って部屋に持ち込むしかない。
カナメはため息混じりに冊子を閉じると、自分のベッドに身を投げ出した。
暇だ。ジンの寝息しか聞こえない。
今日は一段と疲れた気がする。何があったのか、細かく思い出す気にもなれない。
結局今は身体を休めるしかないか。
そう観念し、カナメは瞼を閉じた。




