第48話 友の帰還
「あっ、帰ってきた!」
少し離れた物陰に身を潜めていたカナメは、廃ビルから出てくるジンを見つけた。瓦礫の影に隠れて顔しか見えないが、どうやら無事そうだ。
急いでジンの元に駆け寄る。
「良かった、無事だったんだね!」
だが、ジンの姿が見えた時、心臓がドキリとした。
両足がまだ……魔物のままだ。
「おうカナメ。心配かけたか?」
「……え、ま、まぁ、うん……。それよりも、足……そのままで大丈夫なの……?」
ジンはハッとしたように自分に目を向ける。
まるで、たった今まで忘れていたかのように。
「……あぁ、思ったより大丈夫みたいだ。そんなことより、早くここから離れよう」
「おい待て」
後から近づいてきたマリアが割り込み、ジンの足を指差す。
「お前まさか、戻り方がわからないなんて言わないだろうな?」
「後から考えるさ。それよりも、ヤツの動きは止めた。今のうちに俺が二人を抱えて逃げればいいんだろ?」
ジンは軽く答えると、二人の身体に手を伸ばした。背中に触れたその手が何故か冷たく感じて、咄嗟にその手首を掴んでしまう。
「ん? どうした、カナメ」
「あっ、ご、ごめん……ちょっとびっくりしちゃって……」
カナメはゆっくりと手を離す。
掌には、間違いなく人間の手首を掴んだ感触が残っている。だが心のどこかで、言葉に出来ない違和感が燻っていた。
けれど、それが一体何なのかまではわからなかった。
そんな気持ちを他所に、ジンはしっかりとカナメとマリアをひょいと抱きかかえた。
肘に座らせるような形で、片手に、一人ずつ。
「……あれっ? 俺おんぶじゃなくていいの?」
一番最初にユウジたちから逃げてた時は、背中にカナメ、腕にマリアを抱えて走っていたはずだ。
確かに戦闘中は片手に一人ずつ抱えてはいたが、咄嗟すぎてカナメたちの体勢なんて二の次だった。こんな軽々しく持ってなんかいない。
「あの時は、ちゃんと身体を強化できてなかったからな。今は問題ないから心配すんな」
そんなものなのだろうか。だが、いくら疑問に思ったところで、結局はジンを信じるしかない。
ジンの腕の中で、マリアがほんの少し眉を潜めながら、口を開く。
「ここ以外で、宿のありそうな街まで行けるか? ……今のお前に頼むのは、あまり気が進まないが」
「ま、人間の密集してる音を頼りにすればすぐ見つかると思うぜ。じゃ、行くか」
ジンは軽く地面を蹴り、風のように加速した。
これまで何度か全速力のジンに背負われたことはあるが、比べ物にならないぐらい速かった。
このスピードの中、片手で抱き抱えられてるのは少し不安になるが、支える腕の力はかなり強く、不思議と身体は安定している。
とりあえず今は、ジンの感覚を頼りに、次の街に着くのを待つしかない。
カナメは、もはや視界に残らないジンの足を見下ろす。
──今、傍に居るのは、本当に、よく知っているジンなのだろうか……。
だが、その問いはすぐに頭の隅へと追いやる。
顔も、声も、ここにいるのは間違いなくジンなのだ。そんなことを疑って何になる。
カナメにはただ、親友を疑える度胸がなかった。
それから、ジンが走り出してしばらくすると、本当に街の近くに辿り着いた。思った以上にあっという間だった。
ジンはカナメとマリアを地面に下ろすと、そのまま街へ歩を進め出してしまった。
マリアは強く腕を掴み、引き止める。
「おい。その足のまま街に入るつもりか?」
マリアの声にジンは一瞬びくりとすると、目を丸くしたままカナメとマリアの顔を凝視した。表情が読めなくて、カナメもジンの瞳を覗き返す。
やがてジンは気がついたようにハッと息を呑むと、自分の足を見下ろして首を振った。
「あ、あぁ。そ、そうだよな……悪い……」
ジンは目を瞑ると大きく空気を吸い込み、ゆっくりゆっくりと吐き出した。
肺から酸素が抜けていくように、足から黒いモヤが抜けていく。それを何度か繰り返す内に、毛並みの輪郭が溶けて、やがてジンの足は、人間のそれに戻った。
「……こ、これで、元に戻れたんだよね……?」
心配になり、思わず聞いてしまう。
それに答えたのは、ジンではなくエルナスだった。
《先程まで外に溢れていた魔物本体の気配は、もう消えた。今感じるのは他の能力者と同様、人間の内側に潜む気配だけだ》
カナメはエルナスの言葉に安堵し、ジンの肩を掴む。
「……よ、良かったぁ……。本当に…戻れなくなっちゃったらどうしようかと思って……」
「そ、そうか……心配させちまったんだな……悪かった」
だが、そう謝るジン本人の目は、あまり状況が呑み込めてないかのように泳いでいた。
それが気になって声をかけようとした途端、ジンは突然地面に座り込んでしまった。
「ああぁ! やっばい足いってえ! ちょっと待ってくれ、これ……歩くの無理かも……っ!」
ジンは両足を投げ出し、呻きながら上半身だけで悶えている。マリアは「お騒がせなやつだな……」と呟くと、カナメからリュックを奪い取ってジンを指差した。
「……とりあえずこいつを背負ってやれ。もうどこでもいいから、泊まれるところ見つけたら入るぞ」
「あ、わ、わかった……! ジン、おぶるよ!」
「マジでごめん……頼むわ……」
カナメはジンを何とか背中に乗せ、マリアの後ろを歩き始める。
いつも背負ってもらって言うのも何だが、筋肉質なジンの身体はやっぱりちょっと重く、あまり長い時間歩ける自信はない。
宿は見つけたらどこでもいいらしいので、正直助かった。
この街は、昨日の街よりも人が多そうだ。宿泊施設も、割とすぐ見つかるかもしれない。
カナメは街中の看板をキョロキョロと覗き込みながら、とにかく歩を進めて行った。




