↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第二章
45/92

第45話 窮鼠猫を刺す


 ジンは、脳裏を埋め尽くさんばかりの囁きに、理性を手放しかけていた。

 

「ヤツらは殺しに来ている」「敵を殺すしかない」「先に殺さなければ死ぬ」。戦いが始まってからグルザがずっと、耳の奥の奥で、わざと心をざわつかせようとしている。


 その言葉がまやかしではないことは分かっている。

 けれど同時に、「誰も殺さない」という、“自分が人間である為の、最後の防衛線”を打ち砕こうとしていることも、理解していた。

 

 だからこそ、マリアが「足を潰して逃げる」と、殺さずに生き延びる具体案を提示してくれた時、心底救われた気がした。

 もう、それしかないと思った。


 視線の先で、ひとしきり地団駄を踏み満足したゴウが雄叫びをあげる。


「お前ら! オレをコケにして、タダで済むと思うんじゃねえぞお!」


「ゴウさん、短気は良くないね。冷静でも当たらなかったんだ、もっと当たらなくなるよ」


「でもよ! オレを馬鹿にするヤツは、一人残らず思い知らせてやらねえと、気が済まねえよ!」

 

 ゴウは怒りに我を忘れたまま、両手を合わせた。一本の砲身に変形した腕を血眼で振りかぶり、荒く鼻息を鳴らしている。


 対するユウジは呆れながら肩を竦めているものの、視線はこちらから一寸もズレていない。

 

 本当に警戒すべきは、ゴウの有り余る力を制御している、ユウジの方だ。


「冷静に。ゴウさんの本気を見せてやりなよ」


「お、おお、もちろんだあ!」


 再び、ユウジがゴウの服を掴む。また高速移動を始める気だろう。

 

 先程の動きを見てしまうと、足が疲れたなんて言っていられなかった。防いでも回り込まれる。避けるしかない。

 

 ジンも、カナメとマリアを両脇に引き寄せた。静かに膝を落とし、ユウジの足元に集中する。 


 カラ……と、小石が転がった。ジンはすぐさま背後に飛び退く。しかし、ユウジたちが風を切る音がない。何処かが破壊されたような物音もない。嫌な予感に真上を見る。

 同時に、ゴォォという、熱の噴射が耳に届いた。

 

 ユウジがゴウを掴んだまま、背中をピタリと天井に貼り付け、宙に浮いていた。


「消し飛ばしてやる!!」


 ゴウの砲口が震えている。

 ジンは全力で地面を蹴り、その場から離れた。


 ほんの一瞬の差。背後で床が砕かれた。

 頬を横切る破片に、あわや心ごと抉り取られそうだった。粉塵に囲まれ、視界が塞がる。

 

「う、上から……!? た、助かったよ……」


 カナメの声に、荒れた呼吸でしか返事ができない。ほんの一瞬の動きだけでも、すぐに息が切れてしまう。

 肩で息をしながら、カナメとマリアを下ろす。

 

 足もちぎれそうだ。

 自分の足だというのに、まだ持ちこたえてくれと、ただ祈ることしか出来ない。


 痛みに耐えながら、漂う粉塵に目を凝らす。

 空中にユウジの影を見つけた。足の周囲だけが、熱風に揺らめいている。

 早く、あの機械の足を何とかしなければ。 


「うおおおん、ユウジ! また当たってねえぞ! アイツらどうなってんだ!」


 粉塵が薄まり、二人の輪郭が現れたかと思うと、既にユウジの視線はジンたちを捉えていた。


 その視線のなんとも形容しがたい不気味さに、ジンは何故か、吸い寄せられた気がした。

 

「……へェ」


「──!!?」

  

 ユウジの低い声が耳に届いた瞬間、ゾクリと背筋が凍った。空気が喉につっかえ、全身の毛が逆立つ。

 

 なんてことはない、たった一言だけで。

 ……なんだ、これは。


《生半可な殺気ではないな。本気で殺すことになんの抵抗もない、人間らしくない目だ》


「……そうらしいな……」


 敏感になった肌が、チクチクと細かい針に刺されているように痛む。それだけじゃない。視線だけで、体の奥底まで「殺してやるぞ」と、囁きかけているようだった。


 ユウジは天井から動かず、ただじっとこちらを見ている。

 隙を探っているのだろう。奴から目を離してはいけない。

 

 ジンはいつでも動けるように、手だけはカナメとマリアの体に添えた。

 

「……二人とも、絶対俺から離れんなよ」


 耳元で、珍しくマリアの喉が小さく鳴る。


「厄介な相手だ。機動力のせいで、手出しができん」

  

「マリアの技で、直接狙えないのか?」


「期待しない方がいい。私の一番速い攻撃──水の弾丸は、あっさり避けられてしまった。善処はするが」 


 くっ、と奥歯を噛み締める。


 相手が強すぎる。

 何か、何か方法は無いのか?

 

《おい。この状態で、まだ足だけを狙うなんて器用な真似をするつもりか?》


 地の底から響くようなグルザの声に、心臓が揺さぶられる。嘲笑ではない。事実だけを述べている、そんな声だった。


《あの速さ、あの殺気を前に、そんなことが出来ると、まだ思っているのか?》


 グルザの声を無視し、ユウジを睨む。

 依然、宙に浮いたままだ。手も足も出せない。


 どうしたものか考えようとした瞬間、飄々としていたユウジの口元だけが、ニタリと笑った。 


「ゴウさん。俺、そろそろ飽きてきちゃったんだよね。ここらでひとつ暴れ回って、スッキリしたくないかい?」


「おお! オレもそうしたいと思ってたところだ!!」


 何かしてくる……! 


 ユウジの背が天井から離れ、そのままくるっと床に背を向ける。

 そして突然、ゴウが天井目掛け砲身を振り回し始めた。


「奴ら、天井を……!」


 マリアの声と同時に、ジンは飛んだ。

 天井が次々と破片と化す。

 ユウジがジンを追うように飛び回り、ゴウはひたすらに破壊を続ける。


 避けども避けども、瓦礫が飛んでくる。

 足の裏から伝う衝撃が、骨を貫く。

 足が割れそうだ。

 それでもジンは、破片の隙間を縫って走り続けた。


 地響きが鳴り止み、瓦礫の崩落が終わる。

 同時に、地面の感覚が消えた。


 ──まずい。

 そう思う暇すらなかった。

  

 骨が急に砕けたように、足から全ての力が抜けた。


 ジンの体が、二人を抱えたまま前に投げ出される。

 それを見計らったように、ゴウの砲口が激しく地響きを起こした。避けられない。

  

「ぐ……っ! カナメ、後ろに盾!」

  

「う、後ろ!?」


 ジンの指示に、カナメは姿勢を崩したまま、慌てて盾を召喚する。

 しかし、そのサイズは、最初に出していた盾よりも、遥かに小さかった。体の半分ほどしか覆えていないその盾では、砲弾を受け止めるにはあまりに心許ない。


「お、おい、そんな小さい盾で──」


 防げる訳が……と続けようとした刹那、カナメの盾は重い金属音を響かせ、ほんの少し揺れただけでしっかりその場に留まった。

 小さな盾に押し負けた鉄球は、呆気なく弾けて崩れ去る。


「……うぅっ」


 カナメは体を起こしながら右腕を押さえ、少しだけ笑う。


「ふぅ、成功してよかった……。盾、小さい方が硬いってエルナスが教えてくれたんだ。ちょっと怖かったけど、上手くできたみたい……」


「た、助かったぜ。……二人とも、こけて悪かった。怪我は……」


 安心したジンは体を持ち上げ──


「……えっ」


 ──られなかった。


 足が動かない。

 頭がそう認識した瞬間、両足の筋肉が引き裂かれんばかりに暴れ、突然肺が酸素を取り込めなくなり、ジンの全身がパニックになった。


「はッ──!!!!」


 声が遮断され、代わりに、コヒュー、コヒューと甲高い音が、喉の隙間から漏れ始める。

 苦しくて目眩がして、次第に視界が白く濁っていく。


「ジン!?」「おい!」


 マリアが体を翻し、ジンの足に触れる。


「呼吸が変だ。それに、足も筋収縮……。おい、私の顔を見ろ。よし、そのまま息を長く吐けるか? 口は小さくして、ゆっくりだ」


 マリアが、目を合わせるように顔を覗き込んできた。白く霞む視界の中、ぼやけるマリアを見失わないよう、必死に言われた通りに息をした。

 

 彼女はそのまま片手でジンの足に触れる。すると両足が冷たい水球で包み込まれた。

 その水は手合わせした時のものとは違う、痛みも何も無い、ただ冷たいだけの水だった。

 

 足に蓄積された熱が、急激に冷えていく。

 それでも、限界を超えた身体は落ち着くことを知らない。激痛は思考ごと足を引き裂き、呼吸への意識すらも邪魔しようとする。

  

「ハハッ! ゴウさん、一番厄介なヤツが倒れたね。今なら、振り回せば振り回すだけ攻撃が当たるかもよ」


「うおお、ようやくか! 初めてこんなに避けられ続けたんだ、イライラして仕方なかったぜ!」


 余裕からか、二人が地上に降りてきた。

 ゴウの足音が向かってきている。

 そう分かっていても、ジンの身体は痙攣してばかりで、まるで言う事を聞かない。


「おい、代わりにこいつの様子を見ておけ。視線を合わせて、呼吸を意識的にさせるんだ」


 マリアは声を上げ、ジンから手を離すと、カナメをジンの元に押し退ける。同時に、ジンの足を纏う水球は形を失い、その場に消え去った。

 

「わっ! え、な、なに、どういうこと……ジン、大丈夫?」

  

 慌てながら座るカナメと、視線があった。

 

 よく知っている顔が目の前にきて、少しだけ安心する。

 苦しくて胸が痛くて、それでも心配かけなくて、何とか息をした。

 

 マリアは二人の前に躍り出ると同時に、両手を力一杯に突き出した。

 地面から壁のように水流が立ち昇り、意志を持ったかのように大きくうねる。

 

 巨大な波が瓦礫を飲み込みながら、ゴウに目掛けて突き進んでいく。ユウジはすぐさまゴウを掴み、波の届かない宙へと退避した。

 

「うがぁあ!! やっと逃げられなくなったと思ったのによお!! あの女もめんどくさいぞユウジ!! 全然スカッと出来ねえじゃねえか!!」


「やっぱり上から行った方が確実みたいだね」


 マリアは二人を近づけまいと、目で追いながら水柱をユウジに放つ。しかし、やはりと言うべきか軽々と避けられていく。大した時間稼ぎにもならない。


「ま、まずいよ……」


 戦いの気配に震えながらも、カナメはジンを安心させるように、両手で肩に触れている。カナメの視線と手の温もりが何とかジンを繋ぎ止め、ようやくジンの呼吸は落ち着きを取り戻し始めた。


 ──しかし、未だに身体は一切動こうとしない。地面に縛りつけられたように固まり、どこにも力が入らない。


 ユウジの飛び回る音が聞こえる。ゴウの叫びが聞こえる。早く、早くここから離れなきゃいけないのに。


 気持ちだけが逸る。

 それでも身体は動かない。


 だが、心臓だけが、その気持ちに応えるかのように、大きく、激しく波打った。


 早くなっていく鼓動に混ざり、グルザの声が聞こえてきた。

  

《まさか、もう生きるのを諦めたわけではあるまいな?》

 

 そんなこと、思っていない。


《このままお前が動けなければ、全員が死ぬ。当然、それでいいわけがないな?》


 もちろん、嫌に決まってる。


《ならば、迷っている暇はない。立ち上がれ。“全員で生還するぞ”、ジン!》


 ──全員で生還する。


 その言葉が、ジンの胸の奥を燃やした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。