第42話 一歩先、変わった景色
ようやくカナメの全身に力が戻り、鉛のようだった手足が軽くなった。
もうだいぶ、ジンとマリアを待たせてしまったらしい。空を見上げると、既に太陽は真上から西に傾いている。
マリアの攻撃に濡れてしまった服も、温かい日差しに長く晒されて、気づけば草花の香りを纏うほど乾いていた。
今は三人とも土手に腰かけ、街で購入した昼食を食べている。疲れた身体にカツサンドが染み渡り、カナメは胃から喜びの声を上げた。
「あーー、うまーーー!」
体が肉を欲しているのがわかる。今なら焼肉の食べ放題だって無限に食べられそうだ。
そんなカナメを見て、ジンは焼きそばパンを片手に呟いた。
「なんだ、もうすっかり元気そうだな。一時はどうなることかと」
「だから心配かけてごめんねって」
カナメが体起こすまでの間、ジンはずっと落ち着きをなくしていた。
彼自身も昨日、マリアの攻撃に当たっている。身体強化の能力を使って防いでもなおダメージがあったことを考えると、気が気でなかったようだ。
それどころか、今もなお険しい表情をしている。
「もう、そんな心配そうな顔しないで?」
「心配はするだろ。いや、お前のやる気を信じてないとかじゃねえけどさ」
ジンは「はぁ……」とため息を漏らす。
そして少し離れたマリアに聞こえないよう、小さく耳打ちしてきた。
「あんまりこの話題、出さない方がいいんだろうけどさ……あん時のトラウマ、まだ残ってんだろ」
思わず、カツサンドを持った手がぴくりと止まってしまった。
「……やっぱり、バレちゃってた、よね……」
「何となくだけどさ」
ジンは、バツが悪そうに続ける。
「前から、たまに腕さすってんなとは思ってたんだよ。昨日、カナメが盾使った後顔色悪くなったの見て、盾使うの本気で嫌なんだなって思ってさ」
「……そっか」
ジンが初めて戦った日のことを思い出した。
そういえば、盾出した後に腕をさすっていたら、隠し事があるなら溜め込むなって言われたんだった。
結構見られてたんだな、と思う。
「情けないよね、俺……」
「むしろ仕方ねえよなって思ってるよ。だから別に、無理してまで戦わなくなって……」
つい、ジンの横顔に目を向ける。
そう思ってくれることが、素直に嬉しかった。
このジンの優しさに、何度救われたことか。
「ほんと優しいよね、ジンって」
「よせって。そんなんじゃねえよ」
ジンは焼きそばパンを胃に入れ終えると、手元からカナメに視線を戻した。
「……まぁ、カナメが大丈夫ならいいけどさ。毎回しんどそうにされたら、気にはなるな」
「それもそうだよね……」
ジンが以前、右腕の隠し事を聞き出す為に「等価交換だ」って言って、自分の弱みを教えてくれた時のことを思い出した。
結局あの時は、ただ言葉にするのが怖くて、そのまま、ジンに言わずじまいだった。
けれど、そもそもジンに隠すようなことではないし、何ならほぼバレていることもわかってしまった。
だからだろうか、今なら不思議と、落ち着いて話せそうな気がした。
ジンにだけ聞こえるように、カナメは小さく呟いた。
「盾、使うとさ……あの時のこと思い出しちゃうんだ。それが、ずっと怖くてさ……」
ジンは顔色一つ変えずに聞いてくれた。
カナメは、自分の腕をチラリと見ながら、言葉を続ける。
「盾に何かぶつかると、そんなはずないのに、あの時と同じ感覚が右腕に出てきちゃうんだ……だから、それを誤魔化したくて、すぐ腕を触っちゃう」
「……まぁ、そんな感じかな、とは思ってたよ」
ジンは安心したように頭を搔いた。
「そんな感じとは思ってたけど、前は教えてくれなかったから、なんか重大なこと隠してたらどうしようかなとも考えてた。言ってくれてよかったよ」
相当心配してくれていたようだ。
さすがに申し訳なくなってしまう。
でも、少しだけ心のモヤモヤが晴れた。
「ごめんね。でも、俺も言えてスッキリした。聞いてくれてありがとう」
喋ったからって何か変わるわけではないだろうけど、誰にも言わないよりは、気持ちが楽になった気がする。
そのうち、苦しまずに盾を使えるようになれたらいいな、と思った。
しばらくの間、心地よい風に当てられてのんびりしていると、最後に昼食を食べ終えたマリアが「さて」と立ち上がった。
「昨日今日と、派手に力を使ってしまったからな。ずっとここに留まっていたら、下手に気配を嗅ぎ付けられるかもしれない。移動しよう」
ジンはハッとしたように続けて立ち上がり、カナメに手を差し伸べる。
「言われてみればそうだわ。カナメ、歩けるか?」
「うん、もう大丈夫だよ」
三人は、朝来た方向へと歩き始める。
ほどなくして、先程まで滞在していた街に到着した。
しかし、同じ街に泊まるのは危険だろうということで、急ぎ足で街を抜けようということになった。
賑やかな街を歩いていると、殺し合いが嘘みたいに思えてくる。周囲には、ごく普通の日常が流れていた。
だが、ジンは時折背後に視線を走らせていた。「……どうしたの?」と聞こうとした瞬間、ジンの足が止まる。
「……見つかってる」
ジンは背後を見つめる。その先は建物ばかりで、何も見えない。しかし、ジンの顔はみるみるうちに険しくなっていった。
「能力者がこっちに向かってきてる……! こんな街中で襲われたら、たまったもんじゃないぞ……」
……えっ。
カナメは唾を飲んだ。
魔物に詳しくなくたって、それがマズイことぐらいすぐに分かった。
逃避行の中でたびたび見かけた、瓦礫と化した街並みを思い出し、恐怖が込み上げた。
マリアが瞬時にジンへ声をかける。
「おい、二人同時に担いで移動できるか? せめて人気のない場所へ逃げたい」
「やってやるよ。けど多分、河川敷までは戻れない。着く前に街中でぶつかりそうだ。とりあえず前に走って、逃げられればよし、無理ならどこか見つける。それでいいよな?」
「問題ない。頼んだ」
ジンは二人同時に持ち上げようとした。
けれど、すぐに手を離す。
「悪い、カナメ背中で。両手に一人ずつは無理だ」
「わかった!」
能力者の襲撃なんて久しぶりだ。
こんなに急に訪れるということをすっかり忘れていた。
──怖がっている場合じゃない。戦いになったら、ちゃんと盾を使わなければ。
そのために訓練したんだから。




