第40話 臆病者の足跡
朝だ。
カーテンの隙間から差し込む白い光が、部屋中の空気を暖めていた。
「お、やっと起きたか」
ジンの声に頭を小突かれ、目を開く。
頭が痛い。夜中に色々と考えすぎてしまったからだろうか。まだ脳の回路が熱を持っているようだ。
カナメは体を起こす。
夜更かししてしまったせいで、また寝不足だ。
ジンとマリアはとっくに身支度を終えているようで、ベッドの上でゆったりと座っている。
本当に寝坊助をかましてしまったみたいだ。
チェックアウトの時間まではまだ余裕があるが、カナメも急いで支度を始めた。
昨夜の話が、頭から離れない。
顔を洗いながら、歯を磨きながら、カナメはまだ考えていた。
戦う意味だとか、無駄な憑依だとか、そういう難しい話じゃない。それよりも、もっと単純で、大事なことがある。
──やはり盾だけは、ちゃんと使えるようになるべきなんじゃないだろうか。
正直、昨日も盾に攻撃をくらった時、右腕が嫌な記憶を思い出してしまった。
前にも同じ感覚があったのに、それでも怖くて手を引っ込めてしまう。
けれど、昨夜ジンが、一緒に生きようと言ってくれて、「今のままじゃ良くないな」と思った。
盾を出すことしか出来ないのに、それすらもやらずに守ってもらうばかりだなんて、一方的すぎる。
ジンに、死んで欲しくないって思った。
だから、ジンのことも、ちゃんと守れるようにならなきゃ。
──今の俺には、これしか出来ないんだから。
着替えも終わった。あとはのんびり時間を待つだけだ。
二人と同じようにベッドに腰掛け、息を吸う。
「二人とも、聞いて欲しいことがあるんだ」
声に出した瞬間、指先がスーッと冷たくなった気がした。恐怖が「本当にやるつもりなのか?」と煽ってくる。
……でも、やる。
「ん? どうした?」
ジンは返事とともに向き直り、マリアは姿勢を崩さないまま、一瞬だけ視線をこちらに向けた。耳は傾けてくれるみたいだ。
「……俺、本当は盾使うの、怖くて仕方ないんだけど……やっぱり、しっかり使えるようになりたいんだ」
「そりゃ、なんでまた急に?」
ジンは、不思議そうに返してきた。
それもそうだと思う。
だって昨日の朝、情けないところを見せてしまったばっかりなんだから。
「……盾しか使えないのに、それすらしないなんて、不公平だなって思って……」
だからこそ、今ちゃんと、言葉にしたい。
「昨日、俺だけ訓練出来なかったから……もし良ければ、もう一度やらせて欲しい」
「そうか。なら」
マリアが静かに声を挟んだ。
「先に、力に抵抗がある理由を聞かせてもらおう。それを克服する前に練習だけしたところで、実戦で扱えるとは思えん」
息が、止まった。
抵抗がある理由なんて決まっている。
だが、“それをマリアに言うのか”……?
「マリア、待ってくれ。その理由について、俺は心当たりがある。……あまり、聞かないでやって欲しい」
言葉を失ったカナメに代わり、ジンが答える。
それを聞くなり、マリアは興味を失ったように目を閉じた。
「……そんな状態で実戦を迎えられても困るな。盾を使うつもりで出しゃばったとして、結局何も出来なければ、その場で死ぬのは私たちだ。その程度なら、引っ込んでもらった方がマシだな」
「おい、そんな言い方……!」
……いや。
確かに、マリアの言う通りだ。
ぐうの音も出ない。
力を使いたくない理由は──。
それを、口にしようとした瞬間。
あの時の光景が脳に張り付いた。
声が出なくなる。喉が締まって、音のない悲鳴がせり上がった。
「……マリア、勘弁してやってくれ。あんまり軽々しく話せることじゃなくて」
駆け寄ったジンが、背中をさすってくれた。
……初めて力を使った時も、ジンにこうしてもらったっけ……。
「……まぁいいだろう。訓練してみて、実際に力を使えるようになるんなら、それはそれでいい。チェックアウトしたら、付き合ってやる」
その言葉に、内心ほっとしてしまった。
体から力が抜け、喉につっかかっていた空気が、外と肺の行き来を始めた。
やはり、あの時のことを思い出すのは怖い。
だけど、マリアの言葉が耳の残って離れなかった。
“そんな状態で実戦を迎えられても困るな。”
“その程度なら、引っ込んでもらった方がマシだな。”
……そうは、なりたくない。
訓練はして貰える。そこで、自分も戦えるんだって、自信を持ちたい。




