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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第二章
39/93

第39話 最悪の隣人、最愛の友人


 カナメは目が覚めた。


 いつ寝たのだろう。

 

 みんなと何か話していたのに、知らない内にまた眠りこけてしまっていたようだ。つい先程まで明るかったはずの窓はカーテンに覆われ、室内には光ひとつ入ってきていない。


 カナメは重い体をゆっくりと起こし、部屋を見渡す。暗くてよく見えないが、微かに寝息が聞こえる。きっと、真夜中なのかもしれない。


 もう一度眠りにつこうとも思ったが、昼寝にしてはしっかりと寝てしまったのか、すっかり目が冴えてしまっている。また徹夜コースか、大きく肩を落とした。


 こんな静かな夜は、色々と物思いにふけってしまう。よせばいいのに、頭の中がぐるぐる回って止まらなくなる。


 日中のことを思い返す。

 当然のことのように、魔物の話をするジンとマリア。それに対して、殺し合いについても、魔物についても、なにもわかっていない自分。

 一緒にいるのに、置いてけぼりになってしまっている。


「あれ……カナメ、起きたのか?」


「えっ!?」


 びっくりして声の方に顔を向けると、ジンが起きていた。


「ジ、ジンも起きてたんだ……」


「あまり寝付けなくてな」


 心臓がバクバクする。

 寝息しか聞こえなかったから、二人とも寝ているのかと思っていた。

 両手で胸を抑え、ゆっくり吐息を整える。

 

「悪い、驚かせたな」


「ちょっとだけね……でも大丈夫……」

 

 ジンはカナメのベッドに歩み寄ると、そのまま腰掛け、声を落とした。


「隣、いいよな? ほら、あいつ寝てるしさ」


 ジンの指差した先では、マリアが寝息を立てている。特に断る理由もない。カナメは素直に頷いた。

 

「多分お前のことだから、俺たちの魔物の話が気になってるんだと思うけど、本当に気にしなくていいからな」


「えっ、何でそれ考えてるってわかったの……?」


「お、やっぱ当たった?」


 ジンは、いたずらっぽく笑った。


「カナメが“魔物が……”みたいなこと呟きながら寝落ちしてたから」


 ──それ……ほんとに?

 全然記憶にないんだけど。


「疑ってる顔してんな? マジだから」 


「恥ずかしいんだけど……」


 カナメは頭を抱えて丸まった。

 その様子を見て、ジンは普通に笑っている。悔しい。

 

 少しして笑いが落ち着くと、スっとカナメの肩に、ジンの手が乗った。

 

「ま。さっきも言ったけど、魔物なんてろくなもんじゃねえし、考えるだけ無駄だからさ。俺もそこそこ無視してんだ」


 ジンは気を遣ってくれてるんだろうけど、でもやっぱり、自分だけ何も知らないんだな、と思ってしまう。二人の魔物のことだけじゃなくて、エルナスのことだって全然知らない。

 

「……魔物って、結局何なんだろうね……」


 単なる独り言だ。

 答えなんて降ってくるわけがない。魔物なんて、未知の生き物なんだから。

 

 そう思っていたが、ジンは「魔物なあ……」と呟き、彼なりの答えを返してくれた。


「何なのかって聞かれたら、すげえ勝手な連中って答えるかなあ」


「勝手な、連中……?」

 

 ジンの顔を見る。天井を仰いでいた。


「最初に憑依された時、グルザに説明されたことなんだけどさ。アイツら、生まれた時から闘争本能みたいのもってるらしいんだ」


 あぁ、エルナスも、そんな感じのことを言ってたな。もっとも、知ったのは今日なわけだけど。

 

「んで、人間に取り憑いた方が力が強くなるから、わざわざ魔界から人間界まで来て、結果戦場が人間界に移ったんだと。勝手すぎるだろこんなの」


 ──え? 待って。詳しくない?


 驚いて声が出なかった。

 そんな話、今まで一度も聞いたことがない。エルナスからも、ジンからも。


「それは全然知らなかった。もしかしてジン、ずっと知ってたの?」


 ジンは目を丸くし、慌てて首を振った。

 

「別に隠そうとしてたんじゃねえよ。むしろ、お前の魔物が今でも全然喋ってないって聞くまで、普通に聞かされてるもんだと思ってたからさ」


 あぁ……、と納得してしまった。


 考えれば考えるほど、自分に宿るエルナスのことがわからなくなってくる。


「エルナス……。戦う気がないなら、なんで俺に憑依なんてしてきたんだろう……」


「確かに。おかしいよな?」


 ジンはカナメの目の奥を覗こうと顔を近づけてきた。急に距離が近くなり、びっくりして変な声を上げてしまった。

 それでもジンは、じっと顔を見つめながら言葉を続けた。


「奴らって憑依すると、力を得る代わりに自分の意思だけで戦えなくなるらしい。だからどんな手を使っても人間を利用するって聞いた。けど、戦わないなら、そもそも憑依する必要自体がないよな?」


 その声はきっと自分じゃなくて、エルナスに向いてるんだ、と思った。エルナスもそう感じとったのだろう、渋々と胸の底から見えない顔を出した。


 そして、そのエルナスの信じられない答えに、カナメは言葉を失ってしまった。


《俺は、守りの技以外使うことが出来ない。だが、戦えないで俺も、憑依すれば何か変わると思った。結局、戦えるようにはなれず、無意味に終わってしまったが》


 ──え? 何それ……。

 

《挙句の果てに、自分から離れる手段も分からず、このままでいるしかなくなった》


 絶句してしまった。


 ──だって、結局、“無駄に憑依された”ってこと……?

  

 ジンの言った、「勝手な連中」の意味がわかった。本当に勝手すぎる。


 右腕が震える。


 そんな勝手な理由で憑依された為に、人を死なせてしまったのか?


 ずっと抱えてきた罪悪感が、また別の形で牙を剥いてきたようで……胸の奥がひっくり返るほど気持ち悪かった。

  

「カナメ……? カナメ!」


「!!」


 ジンに肩を掴まれて現実に戻る。

 いつの間にか冷や汗をかき、息が少し上がっている。


「……顔色、良くないぞ。今、何があったんだ?」

 

「ご、ごめん……今……」


 カナメは胸を撫でながら深呼吸した。

 ジンに右腕を握ってもらい、しばらくして震えが落ち着く。

 

 そして今、エルナスに聞いたことを、そのままジンに伝えた。


「……マジかよ」


 ジンも言葉を失っていた。

 呆れを通り越し、軽蔑の目でカナメの奥を睨みつける。


「本当に意味なく取り憑いてるだけじゃねえかよ。まだ、“戦う為”って理由があるグルザの方がマシだぜ」


 ジンはそう吐き捨てる。

 かと思えば瞳からフッと軽蔑の色がなくなり、再びカナメの両肩を強く掴んだ。


「……けどさ、カナメに魔物が憑依した理由は最悪だけど、俺、めちゃくちゃカナメに助けられてるから。俺も必死に生き延びるから、カナメも死ぬなよ」


「……ジン……」


 その気持ちは嬉しい。

 でも、今はあまり考えられない。

 上手く言葉を返せない。

 

 頭の中がこんがらがってしまった。


「でも俺……こんな殺し合いなんかに巻き込まれて、“実は巻き込んだ意味ありませんでした”って言われてるんだよ……」


「落ち着けカナメ!」


「──!」

 

 今。

 名前を呼ぶ声に、迷子になりそうな心を、つなぎ止められた気がした。

 無意識に、ジンの裾を掴む。

 

「そもそも意味あって殺し合いやってる人間なんかいない。みんな巻き込まれてるだけだ……でも、もう死に物狂いで生き残るしかないんだよ」


 ──あ……。


「憑依される理由が分かったところで、やることは今までと変わらない。俺たちはただ、誰も殺さずに生き延びるだけだ」


 誰も殺さず、生き延びるだけ……。

 

「それにカナメの魔物は、殺せなんて煽ってこないんだ。俺たちにとって都合いいぐらいだよ。……中身は許せねえけどな」


 ジンの前向きな言葉を受けて、カナメの目に、光が戻った。

 

 ──そうか……。

 そうだよね……。


 カナメは、もう何度目かも分からない深呼吸をした。


 少しだけ、落ち着いた気がする。

 ショックで取り乱していたみたいだ。

 変な感情に飲み込まれて、色々と見失いそうになっていた。

 ジンがいてくれて、良かった。


「ご、ごめんジン、もう大丈夫……。俺、ちょっとパニックになっちゃってたみたい。ありがとう」


「良かった……。これでもう生きていけないとか言われたら、マジでどうしようかと思った」


 ジンは安心しきったのか、カナメの肩からダランと手を離した。


「魔物なんかに惑わされんなよ。一緒に生きような」


 そうか……。

 ジンたちはずっとこうやって、色んな声に惑わされないように、耐えてきたんだ……。

 

 ジンの力強い声に、カナメはしっかりと頷く。


 ──俺も、ジンに死んで欲しくないよ。


 ほのかな思いが、胸の中で燻った。

 

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