第39話 最悪の隣人、最愛の友人
カナメは目が覚めた。
いつ寝たのだろう。
みんなと何か話していたのに、知らない内にまた眠りこけてしまっていたようだ。つい先程まで明るかったはずの窓はカーテンに覆われ、室内には光ひとつ入ってきていない。
カナメは重い体をゆっくりと起こし、部屋を見渡す。暗くてよく見えないが、微かに寝息が聞こえる。きっと、真夜中なのかもしれない。
もう一度眠りにつこうとも思ったが、昼寝にしてはしっかりと寝てしまったのか、すっかり目が冴えてしまっている。また徹夜コースか、大きく肩を落とした。
こんな静かな夜は、色々と物思いにふけってしまう。よせばいいのに、頭の中がぐるぐる回って止まらなくなる。
日中のことを思い返す。
当然のことのように、魔物の話をするジンとマリア。それに対して、殺し合いについても、魔物についても、なにもわかっていない自分。
一緒にいるのに、置いてけぼりになってしまっている。
「あれ……カナメ、起きたのか?」
「えっ!?」
びっくりして声の方に顔を向けると、ジンが起きていた。
「ジ、ジンも起きてたんだ……」
「あまり寝付けなくてな」
心臓がバクバクする。
寝息しか聞こえなかったから、二人とも寝ているのかと思っていた。
両手で胸を抑え、ゆっくり吐息を整える。
「悪い、驚かせたな」
「ちょっとだけね……でも大丈夫……」
ジンはカナメのベッドに歩み寄ると、そのまま腰掛け、声を落とした。
「隣、いいよな? ほら、あいつ寝てるしさ」
ジンの指差した先では、マリアが寝息を立てている。特に断る理由もない。カナメは素直に頷いた。
「多分お前のことだから、俺たちの魔物の話が気になってるんだと思うけど、本当に気にしなくていいからな」
「えっ、何でそれ考えてるってわかったの……?」
「お、やっぱ当たった?」
ジンは、いたずらっぽく笑った。
「カナメが“魔物が……”みたいなこと呟きながら寝落ちしてたから」
──それ……ほんとに?
全然記憶にないんだけど。
「疑ってる顔してんな? マジだから」
「恥ずかしいんだけど……」
カナメは頭を抱えて丸まった。
その様子を見て、ジンは普通に笑っている。悔しい。
少しして笑いが落ち着くと、スっとカナメの肩に、ジンの手が乗った。
「ま。さっきも言ったけど、魔物なんてろくなもんじゃねえし、考えるだけ無駄だからさ。俺もそこそこ無視してんだ」
ジンは気を遣ってくれてるんだろうけど、でもやっぱり、自分だけ何も知らないんだな、と思ってしまう。二人の魔物のことだけじゃなくて、エルナスのことだって全然知らない。
「……魔物って、結局何なんだろうね……」
単なる独り言だ。
答えなんて降ってくるわけがない。魔物なんて、未知の生き物なんだから。
そう思っていたが、ジンは「魔物なあ……」と呟き、彼なりの答えを返してくれた。
「何なのかって聞かれたら、すげえ勝手な連中って答えるかなあ」
「勝手な、連中……?」
ジンの顔を見る。天井を仰いでいた。
「最初に憑依された時、グルザに説明されたことなんだけどさ。アイツら、生まれた時から闘争本能みたいのもってるらしいんだ」
あぁ、エルナスも、そんな感じのことを言ってたな。もっとも、知ったのは今日なわけだけど。
「んで、人間に取り憑いた方が力が強くなるから、わざわざ魔界から人間界まで来て、結果戦場が人間界に移ったんだと。勝手すぎるだろこんなの」
──え? 待って。詳しくない?
驚いて声が出なかった。
そんな話、今まで一度も聞いたことがない。エルナスからも、ジンからも。
「それは全然知らなかった。もしかしてジン、ずっと知ってたの?」
ジンは目を丸くし、慌てて首を振った。
「別に隠そうとしてたんじゃねえよ。むしろ、お前の魔物が今でも全然喋ってないって聞くまで、普通に聞かされてるもんだと思ってたからさ」
あぁ……、と納得してしまった。
考えれば考えるほど、自分に宿るエルナスのことがわからなくなってくる。
「エルナス……。戦う気がないなら、なんで俺に憑依なんてしてきたんだろう……」
「確かに。おかしいよな?」
ジンはカナメの目の奥を覗こうと顔を近づけてきた。急に距離が近くなり、びっくりして変な声を上げてしまった。
それでもジンは、じっと顔を見つめながら言葉を続けた。
「奴らって憑依すると、力を得る代わりに自分の意思だけで戦えなくなるらしい。だからどんな手を使っても人間を利用するって聞いた。けど、戦わないなら、そもそも憑依する必要自体がないよな?」
その声はきっと自分じゃなくて、エルナスに向いてるんだ、と思った。エルナスもそう感じとったのだろう、渋々と胸の底から見えない顔を出した。
そして、そのエルナスの信じられない答えに、カナメは言葉を失ってしまった。
《俺は、守りの技以外使うことが出来ない。だが、戦えないで俺も、憑依すれば何か変わると思った。結局、戦えるようにはなれず、無意味に終わってしまったが》
──え? 何それ……。
《挙句の果てに、自分から離れる手段も分からず、このままでいるしかなくなった》
絶句してしまった。
──だって、結局、“無駄に憑依された”ってこと……?
ジンの言った、「勝手な連中」の意味がわかった。本当に勝手すぎる。
右腕が震える。
そんな勝手な理由で憑依された為に、人を死なせてしまったのか?
ずっと抱えてきた罪悪感が、また別の形で牙を剥いてきたようで……胸の奥がひっくり返るほど気持ち悪かった。
「カナメ……? カナメ!」
「!!」
ジンに肩を掴まれて現実に戻る。
いつの間にか冷や汗をかき、息が少し上がっている。
「……顔色、良くないぞ。今、何があったんだ?」
「ご、ごめん……今……」
カナメは胸を撫でながら深呼吸した。
ジンに右腕を握ってもらい、しばらくして震えが落ち着く。
そして今、エルナスに聞いたことを、そのままジンに伝えた。
「……マジかよ」
ジンも言葉を失っていた。
呆れを通り越し、軽蔑の目でカナメの奥を睨みつける。
「本当に意味なく取り憑いてるだけじゃねえかよ。まだ、“戦う為”って理由があるグルザの方がマシだぜ」
ジンはそう吐き捨てる。
かと思えば瞳からフッと軽蔑の色がなくなり、再びカナメの両肩を強く掴んだ。
「……けどさ、カナメに魔物が憑依した理由は最悪だけど、俺、めちゃくちゃカナメに助けられてるから。俺も必死に生き延びるから、カナメも死ぬなよ」
「……ジン……」
その気持ちは嬉しい。
でも、今はあまり考えられない。
上手く言葉を返せない。
頭の中がこんがらがってしまった。
「でも俺……こんな殺し合いなんかに巻き込まれて、“実は巻き込んだ意味ありませんでした”って言われてるんだよ……」
「落ち着けカナメ!」
「──!」
今。
名前を呼ぶ声に、迷子になりそうな心を、つなぎ止められた気がした。
無意識に、ジンの裾を掴む。
「そもそも意味あって殺し合いやってる人間なんかいない。みんな巻き込まれてるだけだ……でも、もう死に物狂いで生き残るしかないんだよ」
──あ……。
「憑依される理由が分かったところで、やることは今までと変わらない。俺たちはただ、誰も殺さずに生き延びるだけだ」
誰も殺さず、生き延びるだけ……。
「それにカナメの魔物は、殺せなんて煽ってこないんだ。俺たちにとって都合いいぐらいだよ。……中身は許せねえけどな」
ジンの前向きな言葉を受けて、カナメの目に、光が戻った。
──そうか……。
そうだよね……。
カナメは、もう何度目かも分からない深呼吸をした。
少しだけ、落ち着いた気がする。
ショックで取り乱していたみたいだ。
変な感情に飲み込まれて、色々と見失いそうになっていた。
ジンがいてくれて、良かった。
「ご、ごめんジン、もう大丈夫……。俺、ちょっとパニックになっちゃってたみたい。ありがとう」
「良かった……。これでもう生きていけないとか言われたら、マジでどうしようかと思った」
ジンは安心しきったのか、カナメの肩からダランと手を離した。
「魔物なんかに惑わされんなよ。一緒に生きような」
そうか……。
ジンたちはずっとこうやって、色んな声に惑わされないように、耐えてきたんだ……。
ジンの力強い声に、カナメはしっかりと頷く。
──俺も、ジンに死んで欲しくないよ。
ほのかな思いが、胸の中で燻った。




