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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第二章
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第32話 無知サバイバル


「えーっ! 凄い! 今の寝袋ってこんなに小さくなるの!? ほらジン、このサイズならきっとリュックに入るよ!」


「マジでマリアのリュックどうなってんだよ!? 無限に物が入ってんじゃん! ヤバ! えっ、ロマン!」


「……無駄に散らかすな」


 荷造りの参考にするべく、カナメとジンは、マリアのリュックを覗いては未知のアイテムに心を踊らせていた。


「あれ? こっちが寝袋だよね? 同じような袋がもう一つあるけど、これって何?」


 カナメは25センチほどの収納袋に収まった寝袋を取り出した後、目に飛び込んできたもう一つの収納袋にも手を伸ばす。寝袋と大きさはさほど変わらない。

 

 それが何なのか検討もつかず、マリアに向かって見せつけるようにそれを突き出してみる。 

 マリアは冷たく一瞥しつつも、疑問にはちゃんと答えてくれた。


「エアーマットだ。広げて空気を入れるとマットレスのようになる」


「へぇ、キャンプ用のマットレスなんてあるんだ! 寝袋って地べたの上に直接敷くものだとばかり思ってた!」


「……はぁ」


 マリアは荷物を見るだけではしゃぐカナメとジンに呆れながら、一人サンドイッチを食べている。

 

 旅立つ頃にはもう午後を回っていた為、町を出る前に予め夕食と飲料水を買っていた。勿論カナメとジンも持っているが、食事そっちのけで人の荷物に目を輝かせている。


「ほらジン、絶対これ買うべきだって! マットレスあるの知っちゃったら、俺もう上着だけで寝れる気がしないよ!」


「いや着替えだって入ってるし、寝袋とマットレス揃えるなら、リュックも買い換えないと入らねえって」


 黙々と夕食を食べ終わったマリアは、広げられていく自分の荷物をただ眺めていた。


 やがて満足したカナメとジンは、つい夢中で広げてしまったマリアの荷物をしまい始める。

 だが、元々は余程綺麗に収納されていたのだろうか、上手くリュックに収められない。

 

 やがて見かねたであろうマリアが腰を持ち上げ、二人はその場から無言で追い払われてしまった。

 そして彼女はリュックの前で屈み、散らかった道具を手に取っていく。そして、寝袋とエアーマットだけを残し、それらはあっという間に地面から姿を消した。


 手際の良さに感心していると、彼女は次に、エアーマットを収納袋から取り出し、慣れた手つきで広げ始めた。

 

 マットの端にある小さなバルブを開け、空になった収納袋を両手に広げる。 

 空の収納袋に空気を溜めては、バルブに押し込んでいく。その動作を何度も繰り返すうちに、マットはみるみる膨らんでいった。

 

 見たことの無い作業に、カナメは食い気味に覗き込んだ。


「え、何それ凄い! そうやって膨らませるの!? 息で膨らませるのかと思った!」


 十分前後だろうか、マリアの作業を見守り続け、ついにマットは10センチほどの厚みと弾力を持った。作業完了のようだ。

 

 手際よく袋を畳むマリアに、ジンはポつりと呟く。


「うへ。膨らますの、結構しんどそうなんだな」


「地面は熱を奪うぞ。そのリスクと比べたら安いものだ。試しに、地面をしばらく触ってみろ」


 そのマリアの一言にカナメとジンはギョッとした。

 言われた通りに地面を触ってみる。そのまま少し待つと、手のひらがヒンヤリとしてきた。ちょっととかではなく、思いの外しっかり冷たい。

 これが今日のベッドだと思うとやり場のない哀しみに打ちのめされる。野宿というものを甘く見ていたらしい。


「えー……全然知らなかった」


「だろうな」


 仕方ないと呟いたマリアは、リュックからゴソゴソと荷物を漁る。その手が取り出したのは、綺麗に折り畳まれたレインコート一着と、何枚もの新聞紙だった。


「代わりにこれでも敷いておけ。地面で寝るなら新聞紙だけ。草の上で寝るならレインコートを敷いた上に新聞紙。あと上着は掛けるな、着ろ」


 マリアに後光が差している。

 なんて準備のいい、頼りになる人が仲間になったんだ。


「マリアありがとう! 確かに新聞紙って暖かくなるって話聞くもんね!」

 

「助かる……マジ神」


 カナメとジンは神からの施しを遠慮なく受け取り、レインコートの使用権をジャンケンで争う。

 

 初めての宿無しだと言うのに、全然興奮が冷めやらない。

 未知のサバイバルを実践できるのだから仕方がない。男とはそういうものだ。


 一方マリアは、そんなカナメたちを見て、こめかみに手を当てていた。


 やがて彼女の助言を聴きながら、各々寝支度を終えた。街灯のない川べりは、既にもう真っ暗になっている。

 マリアなんて、そそくさと寝袋に潜り込み、横になってしまった。もうそんな時間になっていたのか。

 

 ほんの一瞬前まで空は辺りを映していたのに、土手には風と水音だけが響き、今やもう真夜中のように静まりかえっていた。

 

 レインコートの使用権を奪われたカナメは、一旦新聞紙の上で寝返りを打ってみる。すぐに後悔した。

 正直硬すぎて寝れたものじゃない。このままでは眠りに付けないのは明白だ。

 

 気分を紛らわす為に何か話題を考えていると、それよりも早くジンの声が耳に届いた。


「あ、そういえば俺たち、お互いの能力についてまだ話してなかったよな? 先に話しとこうぜ」

 

「あ、確かに」

 

 マリアに出会ってからというもの、気持ちがそれどころじゃなくて、つい聞きそびれたまま、ここまで来てしまっていた。

 

 いや。

 本音を言えば、そういう話題自体、あまり考えようとしなかった……とでも言うのか。

 

 しかし一緒にいる以上は、どんな力を使えるのかなんて、わかっているに越したことはない……はずだ。

 

 カナメはマリアの方を見る。しばらくしてモゾモゾと寝袋の擦れる音がした。どうやら起き上がったらしい。


「お、起きたか?」


「あともう少し遅かったら寝ていた」


 マリアの声は一瞬だけ掠れていた。

 本当に寝かけていたのだろう。


 マットレス、そんなに寝やすいのかな。


 ジンは、マリアを起こしてしまったことについては気にする様子もなく、そのまま話し続けた。

 

「俺は身体能力を上げて戦う感じだ。特に走ったり蹴ったり……足強くする方が得意な感じする。けど、全身も強くできる。ちなみに、カナメは盾を出せるけど、まだ力に慣れてない。マリアは?」

 

 カナメは自己紹介をする間もなく、ジンに全部言われてしまった。でも、正直サラッと言ってくれて助かった気持ちもある。


 細かく聞かれたら嫌だなと思っていると、すぐにマリアの声が返ってきた。

 

「私は水を扱う。例えば水流で叩きつけたり、波で押し返したり。触れると刺激がある水で、軽く当たるだけでも多少ダメージは与えられる」 


「うお、本格的に魔法みてぇな能力だ。俺たち、そういう感じの力持ってないから、新鮮かも」


 ジンが、食いつくように反応した。

 その言葉に答えるように、再びマリアの声が届く。


「……そうだな。明日早めに起きて、お前たちの力を見せて欲しい。ぶっつけ本番で戦うには、些か不安が残るからな」


 彼女の提案に、異論を上げる声はない。

 強いて言うならジンが「結局一から十までマリアの提案通りになってんなー」とボヤくぐらい。


 だが、そんなジンも別に嫌がっているわけではない。悔しがっているだけだ。とても声に滲み出ている。


 元々頼もしい仲間が出来たと思ってはいたが、想像を超える心強さに、もう感心するしかない。

 そんなことを考えてるうちに、「早起きに備えて少しでも早く寝ろ」と彼女に促され、言われるがまま新聞紙の上で丸まる。

 

 しかし、時間が経つにつれ硬い地面と、新聞紙では防ぎきれない冷気に体が強ばり、眠気など一向に訪れる気配がなかった。


 癒しのはずの川のせせらぎでも子守唄には及ばず、準備不足に知識不足な自分を呪う。

 野宿がこんなにも大変だったなんて。

 

 お金をかけてでもマットが欲しいと切に願いながら、カナメは永遠にも思える一晩を過ごした。

 

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