第3話 魔境への産声
目を開けると、灯りひとつ無い真っ暗な部屋だった。
次第に暗闇に慣れ、部屋を見渡す。そこには机に突っ伏して寝ているジンの姿があった。
あぁ、自分がベッドを使ってしまっているからか。
カナメは申し訳なくなり、ベッドを譲ろうとジンの肩を揺する。
「……ん? おぉ、カナメか……」
ジンが目を擦りながら顔を上げた。
「ごめん、俺がベッドで寝てるから……そんな所で寝てると腰痛めちゃうよ」
「気にすんなよ。お前こそちゃんと寝とけよ」
ジンは欠伸を噛み殺しながら笑うと、カナメは苦笑いで返した。 気を遣わせている自分が嫌になる。
すっかり目が冴えてしまったカナメはベッドに腰掛け、ジンの顔を見た。 様子を伺うような視線に、ジンは肩を竦めて笑う。
「なんだカナメ、眠れないのか?」
「……うん。すっかり……起きちゃって……」
静寂が落ちる。
いつもなら、二人揃えば言葉が途切れることのない間柄のはずだった。
だが今夜ばかりは、どことなく重い空気が場を支配していた。
やがて、息苦しさが迫る前に、ジンが口を開く。
「……寝れないならさ。ちょっと……話したいことがあるんだ」
その瞳には迷いが揺れていたが、その中に真剣さが垣間見えた。
「……本当はさ。こんなこと…聞きたくないんだけど…」
歯切れ悪くも意を決したのか、ジンは少し指を震わせながら、しかし、しっかりと言葉を紡いでいった。
「……お前も、能力者……なんだな」
「え……っ?」
言葉が頭に入ってこなかった。 何を言われたのか理解できず、ただ口を開けてジンを見つめる。
とても深刻そうな話の切り出し方だったのに、現実味のない話題が振られたことについ呆気にとられてしまった。
「……な、なんの話……?」
困惑しながらもなんとか言葉を返す。
しかし、当のジンは相当真剣だったのか、逆に驚いたような顔をしていた。
「……えっ?いや……ほら、結構前ぐらいから頭に知らねーやつの声が聞こえるようになってないか?……んで、魔法……みたいなのも使えるようになっただろ?」
……本当に、彼は何を言っているんだろう。
そんなもの聞こえたこともないし魔法なんてそんなマンガの世界みたいな……
そこまで考えてふと思った。
───盾だ。
咄嗟に腕を突き出した瞬間、目の前にそびえ立った壁。
もしかして、それの事か?
一瞬で思考が駆け巡る。
そういえば、あの壁は一体なんだったのか。引っ掛かりを感じずにはいられなかった。
「…正直、ジンが何を言ってるのか全然わかんないんだけど……ちょっとだけ心当たり……ある…かも…」
現実味と自信の無さに声が消え入りそうになる。
あの時確かに目の前に盾が現れた、と思うのだが、脳はそこで思考をやめてしまった。常識と記憶がぶつかり合い、頭がぐらりと揺れる。
ジンは困ったように目を細めて、重く言った。
「…おい、そこの魔物。カナメに取り憑いてるんだろ。どういうつもりだ」
ジンの視線はこちらを捉えているようで、しかし自分の奥を見据えているようでもあった。沈黙が一拍、流れる。
そのとき、頭の奥に聞き慣れぬ男の声が響いた。
《……これまでか》
「……へっ!?何だ今の?誰!?」
カナメは周囲を素早く見回した。部屋にはジンと自分だけ。でも声は確かに聞こえた───耳ではなく、頭の奥に直接響いたのだ。
ジンはため息にも似た声を漏らし、残念そうに呟いた。
「聞こえたんだな。あぁ、その声だよ。そいつが、魔物の声だ」




