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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第一章
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第2話 束の魔の休息


 顔に差す光が、瞼を無理やりこじ開けた。


「……ん……?」


 霞む視界の向こうに、木目の天井が広がっている。


「……あれ……?」


 鉛のように重い上体を持ち上げる。乾いた木の匂いと、背を包む布団の感触が現実を突きつけてきた。


「お、気づいたかカナメ!」


 驚いて、声のする方へ勢いよく振り向いた。

 よく見知った──親友ジンの安心したような笑みが、視界に飛び込んできた。


 確かジンは、一、二年ぐらい前、成人したぐらいの時期に地元を飛び出してしまった。顔を合わせるのは、それ以来になる。


 ──あれ?


「……待って……?一人暮らしするからって、引っ越したんじゃ……」


「ん?あ、あぁ。ちょっと前に戻ってきてたんだよ。久しぶりだな」


「……そ、そうなんだ……久しぶり……」


 突然の再会に驚いて上手く言葉が出なかったが、親友の顔を前に、心の底ではどこか安堵していた。

 彼は昔から明るくて頼りになる、気の知れた幼馴染だ。


 ……でも、そんなジンがどうして、今目の前にいるのだろう。

 

「……ジン、ここは……?」


「俺ん家だよ。頭、大丈夫か?」


 ジンは心配そうにカナメの肩に手を置き、軽く揺さぶった。


「ジンの家……? なんで……?」


「なんでって、それはこっちのセリフだよ。お前、めちゃくちゃ叫びながら突っ込んできたんだ。捕まえたら気絶したから、家まで運んで来たんだ」


──叫びながら……。


 その一言が脳裏を裂いた瞬間、血の匂いが蘇る。目の前にひしゃげた肉片が浮かび上がり、喉を突く胃の味がせり上がる。


 抗う間もなく胃が逆流し、涙と涎が一緒に溢れた。


「おい! 袋!」


 ジンが慌ててレジ袋を突き出す。カナメは息をする余裕もなく、酸っぱい液体を吐き出した。


「……っ、大丈夫か!?」


 吐き終えたカナメは肩を震わせ、掠れた呼吸だけを漏らす。ジンは背中をさすり続け、顔を覗き込む。


「あー、無理そうだな……水取ってくる!」


 ジンは台所へ駆け、すぐに戻ってくるとコップを差し出した。


「ほら、ゆっくり飲め」


 カナメは震える手で受け取り、冷たい水を少しずつ流し込む。喉を潤すたびに、わずかに震えが鎮まっていった。

 ほどなくして呼吸が整い、土気色だった顔にようやく血色が戻り始めた。


「……落ち着いたか?」


 ジンが軽く肩を叩く。カナメは小さく頷き、長い息を吐いた。


「よし。今日は泊まってけ。さすがに一人は危ねぇ」


 カナメは目を伏せたまま、もう一度頷いた。


 *

  

 ──静寂に包まれた部屋の中、ジンは、静かな寝息を聞いていた。

  

 カナメは疲れ果てたのか、とっくに眠りに落ちている。

 さっき目を覚ましたばかりなのにまた寝てしまうなんて、相当酷い目に遭ったのだろう。

 ジンはその音をしばらく聞いてから、カナメにそっと布団を掛け直し、部屋を後にした。 


 ジンは台所で冷蔵庫を開け、貧相な中身に舌打ちする。賞味期限が一日切れた肉と卵一つじゃ何も作れない。

 まだ夕方だが、夜中に腹を空かせた時のことを考えていた、その時。


 ふと、脳裏に魔物──グルザの低い声が割り込んだ。


《──あの青年は能力者だ》


 ジンは顔をしかめ、冷蔵庫を乱暴に閉めた。


「……やっぱりかよ」


 カナメに近づいた時、僅かに、"能力者である気配"を感じ取ってはいた。

 勘違いだと思いたかったが、現実は容赦がない。


 苛立ちを押し込めるように椅子にどさりと腰を下ろす。床に重さが響いた。


《……出来ないとは言わせないぞ》


「馬鹿言え。そんなもん、呑めるかよ」


 ジンは拳を固く握り、爪が食い込む。


「やるわけねぇだろ……カナメを殺すなんて」

 

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