↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第一章
29/92

第29話 綻ぶ命の交わるところ


 あれだけ強かった香りも穏やかになり、カナメとジンはようやく軽食を食べ始めた。


 窓を開けていたにも関わらず、香りが落ち着くまで予想以上に時間がかかってしまった。

 午前には起きていたはずのに、いつの間にかしっかり午後だ。買ってきた軽食では全く物足りない。

 

 マリアはカナメたちを一切見ることなく、窓の外を眺めていた。──いや、あれは窓から

外の空気を吸ってるようだ。

 香りが穏やかになったと言っても、やはり普段と比べたらまだ強かったのだろうか……。

 カナメは申し訳なくなり肩を竦めた。

 

 軽食も食べ終え少し休む。

 すると、背後からマリアの冷たい声が飛んできた。


「……で、貴様らはいつまで留まるつもりなんだ?終わったなら早く旅立て」


「あー……」「そ、そうだよね! ごめん!」


 二人は慌てて荷物をリュックに詰めていく。

 最初は居心地が悪いと思っていたこの部屋の空気にも慣れ、今やすっかり寛いでしまっていた。


 ──よくよく考えれば、女性の一人部屋で男二人が寛いでるのはおかしいか。


 二人は支度を終えると、リュックを背負い立ち上がる。

 

 本当はマリアも来てくれたら嬉しいと思っていた。結局、一晩考えたマリアの返事も聞いていない。

 

 けれど、彼女は全く動く様子がない。

 きっとそれが答えなのだろう。  

 

「……世話になったな」


 意外にも、ジンにお礼を越されてしまった。

 続けてカナメも頭を下げる。


「泊めてくれてありがとう、助かったよ。またどこかで会えたらいいね」


 マリアに背を向け、ドアノブに手をかける。

 不思議と名残惜しさを感じながら、扉を開けようとした。

 

 ──その瞬間、背後からの声に呼び止められた。


「おい」


「え?」


 背を向けた一瞬で、マリアは立ち上がっていた。

 ずっと無機質でしか無かったその目が、今は真っ直ぐこちらを見据えているのが分かった。


「どうしたの、マリア?」


「やはり、改めて、頼みたいと思ってな……」


 マリアは少し息を吐いた。彼女の口が熱を持つのを、初めて見た。


「お前たちに、同行させて欲しい」


「……ええっ!?」


 もう来ないとばかり思っていたから変な声が出てしまった。

 横でジンが少しだけ眉をひそめている。


「……今度こそ、理由、聞かせてもらえるんだろうな?」


「そうだな。貴様らの痴話喧嘩を聞いておいて、私の話をしないのは……フェアではないな」


 彼女の周りはもう、凍りついてはいない。


「……最初に私を襲撃し、家族を殺したのは……近所の顔見知りだった。しかも、助けに来たと見せかけ、油断させてな。そこから何とか生き延びた後も、女一人を狙う輩は多かった。それで戦いに辟易していたし、それ以上に──私は“人を信じる”ということを、しないようにしていた」


「か、顔見知り……」


 さらっと告げられる衝撃の事実に、カナメは絶句した。しかし、彼女は言葉を止めない。

 それは、彼女の口から初めて聞く、彼女自身の想いだった。


「だが、お前たちを見ていたら、“誰かを信じてみるのもいいか”……と思ってしまったんだ。きっとここで別れたら、そんな能力者にはもう二度と出会えない」

 

 とっくに空気は柔らかいというのに、彼女の言葉はそれよりも、静かに落ちていく。


「勿論、嫌なら構わないが……駄目だろうか」


 とても静かで、抑揚のない──真っ直ぐな声だった。


「ど、どうする? ジン、いいかな……?」


 一番反対していたジンの顔色を伺う。一存で決めたくなかった。

 

 しかし、そんな彼から出たのは、意外な一言だった。


「いいんじゃねーの? もう敵だとは思ってねーよ。……あんたは、良い奴だった」


 ジンの言葉を聞くとマリアは「三分外で待て」と言って、二人を部屋から追い出す。

 流石に三分は無いだろうと思いながら待っていると、本当に三分後、ぴったり扉が開いた。正直、さすがにそこまで正確にされるとは思わなかった。

 

 現れたマリアは、コンパクトながらかなり機能的なリュックを背負っていた。恐らく三人の中で一番旅支度が整っている気がする。 

 聞いてみると、いつでも町から離れて行けるよう、ある程度の支度はしていたらしい。


 マリアはホテルの鍵を返却し、もう帰らないとスタッフたちに告げて回った。

 布団を持ってきてくれたあの女性スタッフはわんわん泣きながら、門出の祝いをこれでもかというほど叫び散らし、マリアを抱き締める。

 マリアは困惑して抱き返すことはなかったが、体が離れた後で「世話になった」と頭を下げていた。

 

 後ろでジンが「あいつにも礼儀とかあるんだな」とか言ってた。失礼。でもごめん、俺もちょっと思った。


 二人だけの逃避行はたった数日で終わりを告げ、これからは三人になる。


 人数が多いからか、ちょっとだけ、空気が温かくなった気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。