第26話 窮屈な憩い
もうだいぶ長い時間、待った気がする。
特にすることもなかったので、マリアの紅茶に目を向けていると、「紙コップを買って来い」の一言が返ってきた。ティーカップは自分の分しかないからとのことだった。
飲ませてくれるなんて意外だなと思いながら、教えてもらった売店に向かった。
紙コップを買い物かごに入れるついでに、軽食にも手を伸ばす。ジンもお腹を空かせているかもしれないと思い、少し多めに買うことにした。
部屋に戻り、買ってきた紙コップをマリアに差し出すと、自分でやれとばかりに、ティーバッグと一緒に突き返されてしまった。
蒸らし時間だけ教えてもらい、床に座ったままお湯にティーバッグを沈める。
やがて時間になり、コップから立ち上る甘い香りがかなりハッキリしてきた。
紅く澄んだ紅茶に少しだけソワソワしながら、火傷しないようゆっくり口をつける。
「……えっ、本当だ……。凄く甘い匂いするのに、こんなにさっぱりしてる……」
確かにマリアは「味はあまりしない」とは言っていたが、本当にその通りだった。
香りはバラのように華やかなのに、果実の風味は一瞬で体を駆け抜け、気づいた時には味はもう引いていた。
残ったのは、香りだけ。不思議な気分だ。
マリアは「満足か?」とでも言いたげな視線をこちらに向け、静かにカップを置いた。
感想を言ったのに、交わせたのは視線だけで、それ以上声をかけてくるでもない。
二人きりの沈黙はどうも苦手で、気まずさを誤魔化すように、残りの紅茶を一気に飲み干した。
美味しくない訳では無い。
けれど、どうしても香りのイメージに引っ張られ、味気の無さに拍子抜けしてしまう。
正直、沢山飲みたいかと訊かれたら首を横に振ってしまうかもしれない。
再びすることも無くなり、寝転がって時間を潰していると、不意に扉の取っ手が軋み、ゆっくりと開いた。
──ジンだ。
「あ、ジン! おかえり!」
「……ああ」
返事はしたものの、ジンは扉の外から一歩も動かない。視線も室内には向いていない。
どうしたんだろうと思っていると、何かを察したのかマリアは黙って立ち上がり、無言のまま扉の方へと歩いていく。
すれ違う瞬間、ジンの口が小さく動いた。
声は聞こえなかったけれど、確かにマリアに何かを伝えたように見えた。
ジンはそのまま、部屋に入る。
外に残されたマリアを背に、扉が静かに閉じた。
ジンは床に腰を下ろし、一瞬だけカナメに目線を合わせると、気まずそうに顔を顰め、すぐに目を逸らしてしまった。
「ねぇ、ジン……」
謝らなければ。その気持ちが先行して先に口を開いてしまう。
だが、ジンは片手をスっと上げ、それを制止した。
「……先に…喋らせてくれ」
「あ……っ、え……、うん……」
予想外の制止に戸惑い、つい首を縦に振ってしまった。
ジンの呼吸が一つ聞こえるたびに、空気が震えた気がする。
息苦しいほど部屋が張り詰めている。
紅茶の甘い香りは空気に馴染まず、むしろ落ち着かなかった。
ジンが何を話したいのか、正直何も分かっていない。
息を呑み、その言葉を待つことにした。




