第23話 灰の中の迷い先案内人
冷たい風が、目元の熱を拭き取った。
強い日差しが、濡れた頬を乾かした。
かつてカナメと夜を明かそうとした公園のベンチで、ジンは一人うずくまっていた。
《思ったより早く決別してしまったな。どうせ奴とは敵同士なんだ、遅かれ早かれこうなっていた》
グルザに嘲笑されてもなお、何も答えられない。力無く項垂れた頭で、ただ頷くだけだ。
肯定するつもりはなかった。けれど、首を振るだけの材料が、どこにもなかった。
自分を“化け物”だと感じなければ、こんな気持ちにならなかったのだろうか。耳が全てを拾い、肌が魔物の気配にヒリついても、それでも胸を張って「自分は人間だ」と言えるほどの度胸があれば、カナメがいなくても生きていけたのだろうか。
そんなもの、今となっては、何の意味も無い問いだ。もう、カナメの隣にはいられない。
《諦めるんだな。お前は俺と戦いに明け暮れていればいい。最初から言っているだろう。それが一番生き残れる道だ》
……そうなのかもしれない。
もう、一度は戦ってしまったんだ。二回も三回も変わらない。“人間”に執着して逃げ続ける意味はなくなった。
──所詮自分は、他人から「お前は人間だ」と言って貰えなければ立ち上がれない、弱くて、醜い化け物だ。
今この瞬間も、この苦しみをわかってくれないカナメが悪いと思いたくなってしまっている。だから、叩いてしまった。怒鳴ってしまった。
「……これから、どうすっかなぁ……」
《今なら、あの小僧を不意討ち出来るだろうな。手始めにどうだ? あのお人好しは、反撃なんかしてこないぞ》
「……しない」
《フン、つまらん奴め》
そもそも、もうカナメの前に顔を出したくない。みっともない姿を見られてしまったんだ、きっと幻滅しているに違いない。
「おい」
「!?」
体が跳ね、咄嗟に振り返る。
背後には──いつの間にかマリアがいた。
自分の気持ちだけに夢中で、全然気づかなかった。
「急にここで能力者の気配を感じたんで、何事かと見に来たら貴様だったか。今、貴様の気配はダダ漏れだぞ」
「……え……」
いつもは戦いたくなくて隠していた気配すらも、隠しきれていなかったようだ。
人の気配に気づきもしなければ、自分も隠れられていないなんて……まるで自分を殺してくれって言ってるみたいじゃないか。
「……その様子だと、昨夜から悪化したな。しかも、荷物も持たずに部屋から飛び出て来たのか」
あ……本当だ。
荷物……部屋に取りに戻らなきゃ……。
「はぁ。貴様らはいい加減、人の部屋で遠慮することを覚えろ。私は戻るぞ」
マリアは踵を返す。
その瞬間、勝手に喉から声が出た。
「ま、待ってくれ!」
足音がピタリと止む。
声の代わりに、風になびいた髪が返事をした。
「……落ち着いたら、戻るから……カナメには、ここにいるってこと、言わないでおいてくれ……」
目の前にいるのは、世界一頼み事をしたくない女のはずだった。だが、そんなことは構ってられない。もう懇願するしか無かった。
マリアは少しも振り返りはしなかった。
たった一言だけ呟いて、歩き始める。
“心得た”。
耳に届いたその言葉は、いつも通り無機質で、抑揚がない。なのに、何故か胸に残った気がした。




