第22話 余燼
空の明るさに起こされ、カナメは伸びをした。
もう朝か。かなりぐっすり眠ってしまった。
まだ夢の中にいるジンを揺すって起こすと、布団の回収に備えて寝具を折り畳む。
一応起きたようだが目が開いていないジンを床に転がし、ジンの布団も畳んだ。
紅茶の香りはすっかり無くなっていた。
部屋にマリアが帰ってきた様子もない。
「マリア、ほんとに一晩帰ってこなかったんだね……」
少し心配になる。
どこに行ってしまったんだろう。
「……多分、まだ帰ってこねえよ……」
カナメの心配を察したのか、ジンは床で丸まりながらもぞもぞと答えた。
「……ほんと、よく寝てるなぁ……」
カナメはカーテンを開け、さらに部屋を明るくする。
日差しに直撃したジンは、目を抑えながら日を避けるように転がった。
「……起きなさすぎじゃない?寝れなかった?」
「……あんまり寝てない……」
ジンはようやく気怠そうに体を持ち上げる。
横で目が開くのを待っていると、不意に軽いノックが響いた。
「お布団回収しにきたわよー?」
「あ、はーい!」
昨夜のスタッフの女性だ。カナメは扉を開け、一緒に台車に布団を乗せていく。
すぐに積み終わり、部屋に戻ろうとすると、急に女性がカナメの腕を引っ張った。
「えっ?」
「ちょっとちょっと、お願いがあるんだけど」
女性はカナメの耳に口元を近づけた。
「マリアちゃん、昔ほど全然喋らなくなったし……仕方ないかもしれないけど、ここに住み始めてからずっと独りでいるのよ。あなたたちお知り合いだって言うし、もう少し一緒にいてあげられないかしら?」
「え、そうなんですか?」
思わず聞き返してしまった。
昔はもっと喋っていたのだろうか。あまり想像がつかない。
「あら、気づかなかった? じゃあ、もしかしたらあなたたちの前では昔通りなのかも。尚更一緒にいてあげて欲しいわ、よろしくね。じゃ、私はこの辺で」
女性は慌ただしくまくし立て、バイバーイと陽気に去っていった。
“気づかなかった”も何も、そもそも昔のマリアを知らないだけなのだが、変に勘違いされてしまったらしい。
「……なんか、ああ頼まれちゃったし、やっぱりマリアも独りは辛いんじゃないかな。仲間になってくれるといいな」
「……そうか」
ジンは生返事だった。
座ったまま動く様子もなければ、目も開いてない。まだ頭が起きてないのかもしれない。
「……ジン大丈夫?なんか、凄い…疲れてない?」
なかなか立ち上がらないジンの肩を揺さぶる。その瞬間、ジンの体がビクリと跳ね上がり目が大きく開いた。
「あ、お、おはよう……ごめん、強く揺さぶりすぎちゃった……?」
「……あ、いや……何でもないんだ……悪い……」
ようやく起きたからなのか、瞬きが多い。
今度こそちゃんと目覚めたジンは、大きな欠伸と一緒に全身を伸ばす。
それからのっそのっそと立ち上がったかと思うと、ベッドに腰を下ろしてしまった。
……何か様子が変だ。
「ねぇ、どうしたの? もしかして、また夜に色々聞こえて、滅入っちゃったりしてた?」
ジンはゆっくりと俯く。
眠れていないにしろ、こんなジンは初めてかもしれない。
「本当に大丈夫……? 凄く調子悪そうだよ。もしかして風邪ひいたとか……」
「──やめてくれ!」
ジンの額に手を当てようとした瞬間、勢いよく叩き落された。
「…………え……っ?」
「わ、悪い……ッ! そんなつもりじゃ……」
どうして叩かれたのか、理解できなかった。
ジンがなぜ……そんな怯えた目をしているのかも。
「ごめん……俺、ジンに悪いこと、したかな……」
「ち……違うんだ……お前は……何も……」
消え入りそうな声だった。
そして気づいた時には、ジンは扉に向かって走り出していた。
「ジン待って!」
「!!」
考えるより早く体が動いた。
咄嗟にジンの腕を掴み、必死に声を上げる。
「何があったのか、ちゃんと言ってくれないとわからないよ!」
ここでジンを離したら、もう帰ってこない気がした。
でも、どんなに必死になっても、返ってきたのは拒絶の言葉だった。
「頼むよ……やめてくれって……言ってるだろ……!」
掴む手を振り払おうとしているのはわかるのに、肝心のジンの腕には全く力が入っていない。
「……頼む。今……カナメに見られたくない……」
ジンの腕が…震えている。
「見られたくないって……なに……」
「わかってくれよ……」
ジンのことが、わからないよ。
「なんで……なんでこんなに頼んでるのに……ほっといてくれないんだよ……」
……ジンは……何を言ってるんだ……。
「なんで……さっきまでマリアマリア言ってたくせに……今になって……俺に構うんだよ……」
「待ってよ……。俺、ジンがどうしたいのか……全然わからないよ……“今になって”って…何の事か……」
ジンの呼吸が浅い。掴んだ腕越しに鼓動が伝わってくる。どう見ても冷静じゃない。
「い、一回落ち着いて……。あ、お水汲んでくるよ。マリアのカップ勝手に使っちゃうけど、多分許してくれるよ」
「マリアって言わないでくれ!!」
張り上げた声と一緒に、ついに腕を振り払われてしまった。向けられたことの無い声に、体が固まる。
「……ねぇ、どうしてなのジン……一体何が……」
「このわからずや!!」
ジンは声を荒らげたままドアノブに手をかける。ジンが行ってしまう。慌てて彼の裾を掴んだ。
「急にマリアマリアって言い出して……俺の話なんかこれっぽっちも聞かなくなってよ! 俺居る意味あんのかよ! んで俺がこんなんなってからようやく俺の方見てよ……なんなんだよお前!」
叫びに気圧され、手から布がすり抜けた。
咄嗟に何か言い返したくなり口を開く。だが、漏れるのは息ばかりで、言葉一つ出てきやしない。
そして、気づいた時には、扉が音を立てて閉まっていた。
「……どうして……」
匂いも音も何もない世界に、カナメは一人、取り残されてしまった。




