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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第一章
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第22話 余燼


 空の明るさに起こされ、カナメは伸びをした。

 もう朝か。かなりぐっすり眠ってしまった。


 まだ夢の中にいるジンを揺すって起こすと、布団の回収に備えて寝具を折り畳む。

 一応起きたようだが目が開いていないジンを床に転がし、ジンの布団も畳んだ。

 

 紅茶の香りはすっかり無くなっていた。

 部屋にマリアが帰ってきた様子もない。


「マリア、ほんとに一晩帰ってこなかったんだね……」


 少し心配になる。

 どこに行ってしまったんだろう。


「……多分、まだ帰ってこねえよ……」


 カナメの心配を察したのか、ジンは床で丸まりながらもぞもぞと答えた。


「……ほんと、よく寝てるなぁ……」


 カナメはカーテンを開け、さらに部屋を明るくする。

 日差しに直撃したジンは、目を抑えながら日を避けるように転がった。


「……起きなさすぎじゃない?寝れなかった?」


「……あんまり寝てない……」


 ジンはようやく気怠そうに体を持ち上げる。

 横で目が開くのを待っていると、不意に軽いノックが響いた。


「お布団回収しにきたわよー?」


「あ、はーい!」


 昨夜のスタッフの女性だ。カナメは扉を開け、一緒に台車に布団を乗せていく。


 すぐに積み終わり、部屋に戻ろうとすると、急に女性がカナメの腕を引っ張った。


「えっ?」


「ちょっとちょっと、お願いがあるんだけど」


 女性はカナメの耳に口元を近づけた。


「マリアちゃん、昔ほど全然喋らなくなったし……仕方ないかもしれないけど、ここに住み始めてからずっと独りでいるのよ。あなたたちお知り合いだって言うし、もう少し一緒にいてあげられないかしら?」


「え、そうなんですか?」


 思わず聞き返してしまった。

 昔はもっと喋っていたのだろうか。あまり想像がつかない。


「あら、気づかなかった? じゃあ、もしかしたらあなたたちの前では昔通りなのかも。尚更一緒にいてあげて欲しいわ、よろしくね。じゃ、私はこの辺で」


 女性は慌ただしくまくし立て、バイバーイと陽気に去っていった。

 “気づかなかった”も何も、そもそも昔のマリアを知らないだけなのだが、変に勘違いされてしまったらしい。


「……なんか、ああ頼まれちゃったし、やっぱりマリアも独りは辛いんじゃないかな。仲間になってくれるといいな」


「……そうか」


 ジンは生返事だった。

 座ったまま動く様子もなければ、目も開いてない。まだ頭が起きてないのかもしれない。


「……ジン大丈夫?なんか、凄い…疲れてない?」


 なかなか立ち上がらないジンの肩を揺さぶる。その瞬間、ジンの体がビクリと跳ね上がり目が大きく開いた。


「あ、お、おはよう……ごめん、強く揺さぶりすぎちゃった……?」


「……あ、いや……何でもないんだ……悪い……」

  

 ようやく起きたからなのか、瞬きが多い。

 今度こそちゃんと目覚めたジンは、大きな欠伸と一緒に全身を伸ばす。 

 それからのっそのっそと立ち上がったかと思うと、ベッドに腰を下ろしてしまった。

 

 ……何か様子が変だ。


「ねぇ、どうしたの? もしかして、また夜に色々聞こえて、滅入っちゃったりしてた?」


 ジンはゆっくりと俯く。

 眠れていないにしろ、こんなジンは初めてかもしれない。


「本当に大丈夫……? 凄く調子悪そうだよ。もしかして風邪ひいたとか……」


「──やめてくれ!」

 

 ジンの額に手を当てようとした瞬間、勢いよく叩き落された。

 

「…………え……っ?」


「わ、悪い……ッ! そんなつもりじゃ……」

  

 どうして叩かれたのか、理解できなかった。

 ジンがなぜ……そんな怯えた目をしているのかも。


「ごめん……俺、ジンに悪いこと、したかな……」


「ち……違うんだ……お前は……何も……」


 消え入りそうな声だった。

 そして気づいた時には、ジンは扉に向かって走り出していた。


「ジン待って!」


「!!」


 考えるより早く体が動いた。

 咄嗟にジンの腕を掴み、必死に声を上げる。

 

「何があったのか、ちゃんと言ってくれないとわからないよ!」


 ここでジンを離したら、もう帰ってこない気がした。

 でも、どんなに必死になっても、返ってきたのは拒絶の言葉だった。 

 

「頼むよ……やめてくれって……言ってるだろ……!」

 

 掴む手を振り払おうとしているのはわかるのに、肝心のジンの腕には全く力が入っていない。


「……頼む。今……カナメに見られたくない……」


 ジンの腕が…震えている。


「見られたくないって……なに……」


「わかってくれよ……」


 ジンのことが、わからないよ。


「なんで……なんでこんなに頼んでるのに……ほっといてくれないんだよ……」 


 ……ジンは……何を言ってるんだ……。


「なんで……さっきまでマリアマリア言ってたくせに……今になって……俺に構うんだよ……」 

 

「待ってよ……。俺、ジンがどうしたいのか……全然わからないよ……“今になって”って…何の事か……」


 ジンの呼吸が浅い。掴んだ腕越しに鼓動が伝わってくる。どう見ても冷静じゃない。


「い、一回落ち着いて……。あ、お水汲んでくるよ。マリアのカップ勝手に使っちゃうけど、多分許してくれるよ」


「マリアって言わないでくれ!!」


 張り上げた声と一緒に、ついに腕を振り払われてしまった。向けられたことの無い声に、体が固まる。


「……ねぇ、どうしてなのジン……一体何が……」


「このわからずや!!」


 ジンは声を荒らげたままドアノブに手をかける。ジンが行ってしまう。慌てて彼の裾を掴んだ。


「急にマリアマリアって言い出して……俺の話なんかこれっぽっちも聞かなくなってよ! 俺居る意味あんのかよ! んで俺がこんなんなってからようやく俺の方見てよ……なんなんだよお前!」


 叫びに気圧され、手から布がすり抜けた。

 咄嗟に何か言い返したくなり口を開く。だが、漏れるのは息ばかりで、言葉一つ出てきやしない。

 そして、気づいた時には、扉が音を立てて閉まっていた。


「……どうして……」


 匂いも音も何もない世界に、カナメは一人、取り残されてしまった。

 

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