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魔蝕のレゾンデートル  作者: 古里古
第一章
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第17話 冷戦


 チャイムを押すと、マリアはすんなりと二人を部屋に入れてくれた。

 

 椅子に腰掛けると、ティーカップをひと口飲み、こちらに向き直る。

 甘い香り。今朝と同じ紅茶だろう。

 

 そんな香りの中心にいながら、彼女の瞳は無機質で、相も変わらず胸の内が読めない。


「また戻ってくるとは思わなかったぞ。要件はなんだ」


 少しでも気を抜いたら、すぐに威圧されそうだ。言葉を間違えてはいけない、そんな緊張感が背筋を走る。

 唾を飲み込み、口を開く。


「マリアの気持ちを、聞きたくて」


「ほう。断った側の話題とは思えんな。それに、私のことなら既に伝えたはずだが」


「そ、それは、そうなんだけど……」


 ピシャリと言い放つその声色はやはり冷たい。簡単には聞きたい答えを引き出せないのは分かりきっていた。カナメは負けじと食い下がる。


「敵かも分からない能力者に同行したいって言うなんて……どうしてなんだろうって……」


「それも伝えた。ただの生存戦略だ」


「ジンも言ってたけど、俺たちが騙してるかもしれないし、そうじゃなくても俺たちが役立たずで足引っ張る可能性だってある。生存戦略にしては、腑に落ちなくて……。だから、やっぱちゃんと話を聞いてから考えたいなって……」


 マリアの眉が動き、前屈みにカナメを凝視する。

 息が詰まる。時間がゆっくりに感じる。それでもカナメは、絶対に目を逸らさなかった。


「……まず、貴様から感じ取れる気配は、とても弱々しい。万が一何かあれば、戦うのは恐らく相方だけ。しかも貴様を庇いながらな。であれば二人いたところで何の驚異にもならない。貴様らと行動するのはリスクよりも、メリットの方が多いと踏んだ。以上だ」


 マリアは足を組み直し、カナメの表情を見ると不敵に笑った。


「不満そうな顔だな? 逆に聞こうか。貴様は他にどんな理由があると考えているんだ?」


「え……っ」


 急な質問に面食らってしまった。答えが見つからず口をつぐんでしまう。


「意地が悪かったか? だが……」


 冷たく無機質だった彼女の目は、いつの間にかこちらの心を探ってくるような、得体の知れない色を纏っていた。


「正直、気配だけでなく精神性も脆弱かと思っていた。それがここまで土足で踏み込もうとしてくるとは、案外肝が据わっている。認識を改めよう。……とは言え、貴様らが驚異でないことに変わりは無いが」


「そ、それは……褒め言葉、でいいのかな…?」


「好きに受け取れ」


 返事に困ってしまい、後ろで壁によりかかっているジンに目を向ける。 ジンは「俺に聞くなよ」とばかりに首を振っていた。ごめん。


「……で、貴様の疑問については説明がついたと思うが、その不服そうな顔は何だ?」


「…………」


 カナメは黙る。

 確かに論理的にはそうなのだろう。だが、微かな違和感がつっかえて取れない。絶対他に理由がある、そう思わずにはいられなかった。


 だから、自分の直感を信じて、カナメはゆっくりと口を開いた。


「……マリアは昨日、本当は一瞬だけ、俺たちのこと信じてくれたんじゃないかって、そう思ったんだ」


「信じる?」


 一度口を開いたら、自然と言葉が続いた。何かが溢れて止まらない。


「マリアが何考えてるかは……正直分からない。でも、もしマリアが俺たちを信じてくれてたのだとしたら……俺もマリアを信じてみたいんだ」


「おい貴様、何の話をしている……?」


「やっぱり変だよ。一時的な協力ならともかく、推測で力量を測っただけで、命を預けるなんて。たとえ驚異がなくたって割に合わない。もし何かあるなら、俺もマリアの力に──」


 力になりたい。そう言いかけたところで、何故か言葉が出なくなった。

 空気の温度が……下がった気がした。

 

 マリアの瞼が、ほんの少し瞳を隠す。

 だが、次の瞬間には──強烈な敵意がこちらを射抜いていた。


「──どうしても私からありもしない答えを引き出したいようだな。勘違いも甚だしい。お帰り願おう」


 彼女から、全身が串刺しにされたのかと思うほどの、鋭く痛い拒絶が吹き荒れた。


*

  

 結局、カナメとジンは圧に負けて、彼女の部屋から出てきてしまった。

 ドアが閉まる瞬間、凍てつくような拒絶の圧の中に、なにか別の感情が混ざっていた気がした。しかし、もう確かめる術はない。


 ……結構、頑張ったんだけどな。


 今一歩届かなかった自分の無力感に落ち込み、カナメはとぼとぼとホテルを背にした。


 ──冷たく重い空気の中にほんのりと漂っていた、甘い紅茶の香りが、やけに印象に残っていた。

 


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