第15話 容姿端冷の女
彼女が提示した条件は三つ。
一、泊めてる間、敵の気配を確認次第報告すること。
二、一切手を出さない。
三、破ったら即殺す。
「最後の殺すはともかく……敵の気配を確認って、どういうこと、ですか……?」
カナメは恐る恐る尋ねる。女性の放つ空気に圧倒され、徐々に言葉尻が小さくなってしまう。
彼女は顔色一つ変えることなく続ける。
「私は気配を消すことが出来なくてな。一人で出歩くとまぁ襲われるんだ。まずは、周囲の安全がわかればいい」
「でもよ……」
すかさずジンは口を挟む。その声には、疑いの色が滲み出ていた。
「気配を感じたところで、俺が嘘を言う可能性だってあるだろ。あんたに得があると思えない」
「ああ、それなら……」
彼女の目は鋭い切れ味を保ったまま、二人を交互に見やる。
「お前たちにはそもそも戦う意思がないと踏んでいる。仮に私に嘘を言ったとしても、周囲に敵が居るなら逃げ出すと判断した」
「……根拠は?」
「すれ違った時だ」
女性はジンの泳ぐ目を指差す。
「……あの時も、そうやって目が泳ぎ、身体が強ばっていたぞ?」
ジンはハッとして目を逸らす。自分でも気づかなかった挙動を見抜かれていたからか、居心地が悪そうに肩を竦めた。
「あの時、気づかれたと確信した私は、すぐ裏路地に身を隠した。普通の能力者なら追ってくるからな。だが、貴様らはそうしなかった。油断を誘っている可能性も有り得たが、どれだけ離れようとも探しに来る様子はなかった」
女性は一息置いた。
「つまり、はなから戦うつもりは無いということだ」
カナメは得体の知れない恐怖に震えた。
この女性にひと睨みされるだけで、考えていること全てを暴かれてしまう、そう思えてならなかった。
「後はそのままだ。私に触れたら殺す。それが泊めてやる条件だ。さて、土の上か屋根の下、どちらか選ぶんだな」
カナメとジンは顔を見合わせ、沈黙が続く。目線のやり取りだけをしばらく交わした後、二人は屋根の誘惑に負けて女性に頭を下げていた。
*
──道案内の途中で、お互いの自己紹介を終えた。
彼女の名はマリア。この町に住んでいるらしい。失礼な話だが、意外にも女性らしい名前だったことに、少し驚いてしまった。
「あそこだ」
マリアの指の先には、有名な単身用ホテルが見えた。
宿を探していた時、一瞬だけ候補に入れたものの、財布と相談した結果諦めた場所だ。
不服そうにジンが口を開く。
「……ホテルじゃんかよ。なに、俺ら全員の宿泊費でも払ってくれるわけ?」
「私はタダであそこに寝泊まりしている。その部屋に泊めてやると言ってるんだ」
──……は?
カナメの思考が一瞬止まる。
……その部屋に、泊めてやるって、言った……?
「待って、あのホテル……単身用、だよね?」
カナメは思わず尋ねてしまった。
そんなカナメには目も向けず、マリアは当然のように「それがどうした?」と答える。
「はぁ!? お前何言ってんのか分かってんのか!? 単身の部屋に女一人と男二人だぞ!」
「貴様らが変な気を起こさなければいい話だ。死にたいのなら別だがな」
マリアはただ淡々と冷たく言い放つ。
正直普通の女性の感性をしているとは思えない。
横からジンが、マリアに届かない声で「変な気起こす気にもなんねぇよな、ああいう女」と耳打ちしてきた。凄い失礼。
しかし何を言っても、既に乗りかかった船。
マリアの厚意を断った先には野宿しか待っていない。
そうこうしている内に、ホテルに着いた二人はマリアに促され、狭い個室に押し込まれるように入っていった。
──そこは、最小限の家具家電が置かれた、小綺麗な部屋だった。特段豪華という訳では無いが、不思議と体を休めるには十分な気がした。
もちろんベッドは一つなので、男二人は床で寝る。普段なら避けたいところだが、ここは柔らかめのカーペット床で、土と比べたら遥かに快適だ。
しかも、マリアは何を考えているのか、シャワーを浴びさせてくれた上に、ランドリーまで案内してくれた。
これがとても優しそうな男性であれば素直に感謝するのだが、今回ばかりは違う。
優しそうでもなければ女性だ。
彼女の意図が読めず、むしろ不気味にさえ感じていた。
二人でランドリーから戻ってくると、マリアはベッドに座って窓の外を眺めていた。
こちらを見ている訳では無いのに、何故か隙が見当たらない。彼女の纏う凍てつく空気は、誰一人として近寄ることを拒絶していた。
やがて沈黙に耐えきれなくなったのか、ジンが気まずそうに口を開く。
「……あのさぁ。確かに屋根の下で寝れるのはありがてぇけど……一体何のつもりなわけ?」
ベッドに座っているマリアは、鼻で笑うように顎を上げる。
「理由は先程伝えたが? それ以上でも以下でもない」
「初対面の能力者にこんな親切にする義理なんざないんじゃねぇのって言ってんの。てか、能力者じゃなくても、普通部屋に男なんか上げねえよ」
「心外だな。これほどの厚意を受けておきながら信用して貰えないとは」
「怪しすぎるだろうが。それに、ここにタダで寝泊まりしてるっていうのも意味わかんねえし。お前、この町に住んでんじゃねえのかよ」
マリアは少し黙ると、身を乗り出し足を組む。こちらを値踏みしているのか、カナメとジンを舐めまわすように睨みつける。
カナメは思わず「変なこと聞いちゃったんじゃ……」とジンの体を揺さぶった。
値踏みが終わったのか、マリアは足を直すと、窓を指さした。
「向こうに一箇所だけライトが当たっている区画がある。見てみろ」
そう言うとマリアはベッドから離れる。
カナメとジンは促されるまま、カーテンを開けて窓の外を見た。
そして、嫌でも目に入る異様な光景に、胸の内がすぅっと冷えた。
「……!! あれ、何……?」
「戦いの跡か……?」
ガラスの向こうでは、どれだけ深い夜でもはっきり見えるほどの強い照明が、一つのエリアを照らしていた。
家が潰れて瓦礫になっているどころではない。地面が抉れ、広場は灰と化し、瓦礫にこびり付く大量の血痕すらもくっきり見えていた。
「中心地にいると気づかないが、町の外れはああなっている。このホテルは、そこの被災者に無償で部屋を提供しているんだ」
「あそこの被災者に……ということは、マリアも……」
言葉が詰まり、カナメはついマリアに目を向ける。しかしマリアは顔色一つ変わらない。
「あぁ。あの中に、私の家があった」
息を呑む。
だがそれ以上に、淡々とした、それでいて重い言葉が、二人の体にのしかかった。
「私を狙った能力者が、一帯を焼き払った。だが、皮肉にも能力を持つ私が生き残り、普通の人間だった家族は全員死んだ」
絶句。
脳は言葉繋げられず、喉は声を遮る。
かける言葉が見つからないどころじゃない。凄惨な景色が、思考の邪魔をする。
そんなカナメたちを他所に、マリアは続けた。 なんの感情もこもっていない、冷たく、無機質な声だった。
「被害の規模、血痕の量からして想像がつくだろう。死んだのは私の家族だけではないし、勿論このホテルに泊まっているのも、私だけではない」
信じられるかとばかりに、ジンは疑いの眼をマリアに向ける。だが、「現に部屋が宛てがわれていることが証明だ」と冷たく返され、ハッとしたように口を噤んだ。
しかし、絶句しているだけのカナメとは違い、ジンは恐る恐るではあるものの、次の質問を彼女に投げた。
「……ちなみにだけど、警察とかって……」
「浅はかだな。凶器は能力だ。殺しの証拠が何一つ残らない。捜査なんてすぐに打ち切られた。警察にできるのはせいぜい死体の回収か、意味の無いパトロールを増やすのが関の山だろうな」
あんまりすぎる……。
そんな感想しか抱けなかった。
こんなに大きな実害が出ているのに、もし被害を受けても頼れるものは何もない。
世の理不尽さに、言葉一つ出なかった。
だが、マリアはさほど気にしていないかのような声色で、カナメたち二人を現実に引き戻した。
「……先にも言った通り、女一人のせいか、私はよく狙われている。あの瓦礫の時だけではない。何度もだ。もう、独りでの戦いには正直辟易している」
マリアは真っ直ぐ二人を見る。その瞳の奥に、先程まで覗かせていた鋭さはない。
初めて見た表情だ。
「本音を言うなら、明日まで貴様らの様子を見てからにしようと思ったが、この際だ、単刀直入に言おう」
マリアは一瞬だけ小さく息を吐いたかと思うと、そのまま呼吸も置かずに続けた。
「……生き残る為にも、同行させて欲しくてな」
「はっ!?」「えっ!?」
驚きのあまりに、自分のものと思えない声が出た。
カナメとジンは思わず目を合わせる。情報が多すぎて脳が処理しきれない。
マリアはベッドの上で向かい合っているカナメとジンを追い払うと、「ま、考えといてくれ」とだけ告げて、電気も消さずに布団に入った。
電気を消したくて軽くスイッチを探してみたが、ジンの「警戒してる相手の前で部屋を暗くしたくない」という言葉で諦める。
二人はそのまま床に体を預け、眠りにつくことにした。




