第14話 男の旅路、時々突き当たり
土の上で体を休めていると、二人の腹の虫が激しく主張を始めた。
いつの間にか日が傾き始めている。そういえば胃には朝のパンしか入っていない。
「ちょっと、お腹すいたね」
「ちょっとどころじゃねーや。歩こうぜ、餓死しちまう」
二人はゆっくり腰を持ち上げると、道なりに歩き始める。 しばらく進んでいると、ジンが足を止め、耳を澄まし始めた。生活の喧騒を捉えたらしい。
第一に食事、あわよくば第二に寝床。淡い希望を胸に、二人は街へ向かった。
*
──工場地帯の広がる郊外の街。
カナメとジンは真っ先に小さな店に入り、昼食兼夕食を味わった。
腹も膨れ、足の疲労感が抜けた頃には、太陽はもう地平線に触れようとしてる。
思いの外長居してしまったことに気づき、慌てて店を出た。
しかし、腹は膨れたが寝床がない。
二人はどこか、泊まれる場所がないか探すことにした。
「泊まるって言ったって、お金にも限度があるからね」
「それなんだよなぁ……。適当に選んで失敗とかしたくねえし、ちゃんと見て……ん?」
ジンは足を止め一瞬辺りを見回したが、「気のせいかも……」と再びすぐ歩き出す。
ジンのその言い方は気になったが、気のせいと言っているし、特に深追いすることなく、ジンの背中を追いかけた。
少し人通りの多い道だった。
工場が近いからか作業着姿の男性がほとんどで、たまにちらほら女性もいるなと思うくらい。
丁度仕事終わりの時間なのだろう、人の波に流されながら、カナメたちは進んでいた。
そんな人混みの中、反対側から歩いてくる、一際目立つ人影が視界に入った。
絹のような黒髪が長く揺れ、顔はよく見えないものの、脚から指先に至るまで、所作に一切の隙がない。
たかが歩き方ひとつ。それなのに、洗練された動きだけで、その風貌を想像させるほどだった。
ほんの一瞬の邂逅。それでも強烈な印象が瞼に焼き付いた。
女性が通り過ぎた後、ジンは背後を確認すると、カナメに耳打ちした。
「なぁ、今の女……」
「え? あぁ、凄い綺麗な人通ってたよね」
「馬鹿、能力者だったぞ」
「えっ!?」
驚いて背後を見る。
だが、既に女性の姿は見えなくなっていた。
「……ほんと?」
「あぁ……。でも、向こうは気づいてないのか、普通に通り過ぎて行ったな……」
念の為、背伸びしてもう少し探してみるが、結果は変わらない。
「気付いてないなら、いっそそのまま戦わなくてもいい、よね……?」
「それでいいだろ。俺だって何遍も戦うのは勘弁だぜ」
そんなことよりも、寝床を求めて街の散策を再開することにした。
空はもう茜色から紫へ移り変わろうとしている。
……今夜は野宿かもしれないな。
*
──嫌な予感は当たってしまった。
どこを探しても宿がない。厳密に言えば無いわけじゃないが、懐事情と天秤にかけると、どこも選択肢に残らなかった。
気がつけば空は真っ黒に染まっている。街中の明かりもほとんどなく、僅かな街灯が周囲を照らしてるだけだった。
「逃避行するならたまには野宿もあるかなって思ったけど、こんな早く野宿になるなんてね……」
「ほんとだな。きっともう日も跨ぐぜ。こんだけ探して見つからないんじゃ、受け入れるしかねぇな」
ここは小さな公園。
宿探しを諦め、ひっそりと寝れる場所を求めてやってきた。
候補はベンチか、遊具の屋根の下だろうか。
「ホームレスも大変なんだな」
すっかり歩き疲れたジンは、先にベンチに横たわりながら呟く。
カナメは横になれる所を探しながら、ため息をついた。
「ホームレスの方がいいところで寝てるよ。段ボールとかで寝床作ってるんでしょ?」
カナメは滑り台にさしかかる踊り場に座り込んだ。狭くて体は伸ばせないが、平らな場所で寝れるだけでもマシか。
諦めてそこで寝ようかとリュックを下ろした時、ジンが飛び起き、カナメを呼んだ。
「え、どうしたのジン?」
「気配が……」
「え?」
ジンの視線を追う。
街灯が一瞬だけ、こちらに向かう人影を映した。
すぐに分かった。
夕方すれ違った、能力者の女性だ。
あの無駄の無い歩き方、そうそう忘れない。
「やはり二人いたのか、能力者は」
背筋がぞわりとした。
こちらを突き刺すような、冷たく、鋭い声色。
追ってきていたのか?
「な、なんだよ……」
ジンはカナメの前に立ち、少しだけ構える。
しかし女性は、それを見ても動じずに近寄ってきた。
「おかしいと思ったんだ。私はその気弱そうな男の気配しか感じ取れていなかった。だがすれ違った時、私に気づいたのは隣のお前だったな」
女性はさらに距離を縮め、ようやくその顔がハッキリと見えた。
整った顔立ち、しかしそれ以上に蛇のように冷えきった目付きが、こちらの視線を縛り付けていた。
「……や、やんのか……?」
「まさか。貴様、声が震えているぞ? 無意味な牽制は辞めておけ」
彼女の声色には挑発も殺気も感じられない。
ただ冷たく事実を突きつけてくるだけ。
ジンは気圧され歯を食いしばりながらも、何とか口を開いた。
「じゃ、じゃあ……何しに来たんだよ」
女性は何一つ表情を変えずに言い放った。
「貴様らに寝床を提供してやろうと思ってな。悪い話ではあるまい。もちろん条件はあるがな」
「えっ……?」
条件次第では願ったり叶ったりだが……本当に信じても良いものなのか。
女性の瞳を探っても、見えるのはただ冷たく凍った覇気だけだった。




