第13話 右腕に勇気を
満身創痍で座り込むジンの横で、カナメは右腕を擦っていた。
自分が弱虫なばかりにジンが一人で戦い、傷を負ってしまった。
本当は、何度も手伝わなければと思ってはいた。
だが、腕を突き出そうとする度に、脳裏で血に塗られた過去の記憶が暴れ回り、どうしても盾を出すことが出来なかった。
それでも、ジンが死ぬかもと思ったあの一瞬、気がついたら盾で攻撃を防いでいた。ほとんど無意識だったと思う。
──その代償として今、ありもしない“塊を潰した感覚”が右腕に居座り続けている。
カナメはひたすら、それを誤魔化すように、ただ腕を擦り続けていた。
「大丈夫か? 腕、痛むのか?」
不意にジンに話しかけられる。
自分の方が余程腕を怪我してるのに、この程度で心配かけるわけにはいかない。
「あっ、ごめん。そういう訳じゃないんだ。気にしないで?」
カナメは手を止め、背中に隠す。
掌が汗ばみ、僅かに震えていた。
「手、見せてみろよ」
「あ……っ」
右腕を掴まれる。ジンはそのまま、じっくりと腕を眺めた。
「怪我……はしてねぇな。大丈夫か? 盾の衝撃とかで痛むとか?」
「ほ、ほんとに違うんだ……。俺なんかより、ジンの方が大変だよ」
「俺のはいいんだよ。それより何か隠してないか?」
ぎゅっと口をつぐんでしまう。
トラウマのことを知ってるジンに、隠す必要なんて全くない。それなのに、言葉にするのが嫌で言い出せなかった。
「……よし。じゃあカナメ、等価交換だ」
「?」
「隠し事のな」
ジンはいたずらっぽく笑う。けれど、その瞳の奥はどこか苦しげに揺れているように見えた。
何を言い出すんだろうと、カナメは息を呑む。
ジンは一呼吸置くと「今からずりぃ話するけどさ」と前置きし、語り出した。
「今朝も言ったけど、俺、ずっと自分が化け物になったような気がして、実は結構滅入ってたんだよ」
ジンは寝転がり、空だけを見つめる。伸びた草に阻まれ、その表情は見えなかった。
「戦いに足踏み入れたらいよいよ化け物、逃げ回ってるうちはまだギリセーフ……なんて変に線引きして逃げ回ってよ。そんなの、何の意味もねぇんだけどさ」
一拍。 ジンは深く、肺の空気を吐き出す。
「本当はさ、俺もずっと逃げ出したかったんだよ。自分が化け物だって現実からさ」
そして、ゆっくりと言葉を運ぶその声は、少しだけ震えていた。
「カナメなら俺の事、絶対に見捨てないって、ついてきてくれるって思っちまった。だから、“一緒に逃げよう”なんて言っちまったんだ。巻き込んで悪かったな」
「そんな……」
むしろ、ジンが逃げ道に誘ってくれたから救われたんだ。一人では絶対耐えられなかった。
ただ弱いから、ジンに誘われるまま付いてきただけだ。
そう伝えたかった。 けれど、ジンはカナメの答えを待たずに告げる。
「そんなんだからさ、さっき“戦う俺を見ても友達でいてくれる”って言ってくれて、実際に今もこうやって話してくれてること……すげえ感謝してるんだ。お前がいれば、俺、この先も大丈夫かも」
「え……その……」
照れと困惑が同居する。 ジンの真っ直ぐな言葉は素直に嬉しい。 ……でも。
「そんな感謝してもらうほど、俺、何もしてないよ……」
「いいんだよ、俺が勝手に感謝してるんだ」
ジンは起き上がると、カナメを指差しニヤリとした。
「うし、俺は喋ったぞ。今度はお前の隠し事を聞かせてもらう番だ」
「えっ、えぇ……っ!?」
突然の宣言に思わず仰け反る。等価交換ってそういうこと……?
「ハハ……なんてな。ま、俺が勝手に伝えときたかっただけだ」
そう笑うジンの口元は、一瞬だけ真剣な色が見えた気がした。
「でも、お前も隠し事あるならあんまり溜め込むなよ? いつでも聞くからさ」
カナメは自分の右腕に目を落とす。
いつかちゃんと向き合わなければならない。
でないとその内、自分の一瞬の迷いでジンの命を落とすことになるかもしれない。
先程の戦いだって、あと少し遅れていたらジンは死んでいた。
これからもずっと、ジン一人に命を張らせる訳にはいかない。
頭ではそう思っていても、声に出すには少しばかり、勇気が足りなかった。




