第12話 初陣
男が両手を地面に叩きつけた瞬間、耳が震えた。
大地が軋む。低く唸る。
嫌な予感が全身を駆け巡り、ジンは反射で地を蹴った。
飛び退いた刹那、残った砂埃目掛け、地中から鋭い岩柱が突き上がる。
着地と同時にさらに別の地響き。
体を捻りそれをかわすと、新たな岩柱が空気を切り裂き、鼻先を掠めた。
「な、避けられた……っ!?」
全ての攻撃をかわされ、男が一瞬狼狽える。
ジンはその隙を逃さず、獣のように一気に間合いを詰めた。
顔面めがけ右脚を振り抜いたが、惜しくも両腕に弾かれ距離を取る。
その瞬間、足元が鳴動した。
背後へ飛ぶと同時に、殺気を纏う岩柱が目前を貫く。 殺しに躊躇がない。
「な、なんで当たらないんだ……っ!」
男の声に焦りが混じる。
ジンは荒く呼吸を吐きながら確信した。
相手の技は地中で地響きを伴う。音さえ聞こえれば、独壇場だ。
《よく見切ったな。なんだ、できるじゃないか。常日頃音に悩まされた甲斐あったな》
──お陰様でな。
止まっている暇は無い。
一瞬姿勢を落とし、再度接近を試みる。
自分の攻撃方法はただ一つ。とにかく殴る、蹴るのみ。
地中から襲ってくる岩柱を次々にかわし、男を射程圏内に捉えた。
《ジン、避けろ!》
「 !?」
グルザの声を合図に、本能が体を突き飛ばす。
地面に転がる一瞬、 二の腕に熱が広がった。何かが掠め肉を抉ったのだ。
振り返るとそこに地面からの隆起はなく、鋭い岩片が飛び散っていた。
──音、聞こえなかったぞ……。
《あれは掌から飛ばされた岩片だ。聴覚だけに頼るな、感覚を研ぎ澄ませろ!》
構える男の手を凝視する。
今はたまたま助かったが、もろに食らったら命はない。
「この……クソッたれが……ッ!!」
男は焦りに吠え散らかし、右手を振り回し始めた。 周囲には次々と岩片が突き刺さっていく。ジンはとにかく掌の向きに集中し、ギリギリでかわし続けた。
「──!!」
そして見逃さなかった。 男が左手で、地面を叩いていたのを。
──岩片の着地と同時に、岩柱が隆起する……!!
とにかく横に飛び岩柱を避け続ける。
しかし、回避に必死で一向に距離が縮まらない。 このままでは無駄に体力を消耗するだけだ。
だが、それは男も同じだったのか一瞬腕が下がり、攻撃が止まった。
ここしかない!
ジンは最短距離で男に向かう。
しばらく動きを止めさえすれば、あとはカナメを担いで逃げればいい。狙うは男の顎。
足を振りかぶった瞬間──。
目の前に、掌。
「やべ……っ!」
研ぎ澄ました視覚が時間を引き伸ばす。
ゆっくりと岩片が迫ってくるのが見えた。
もう、終わ……
──バキィィィン!
「!!?」
金属が何かを弾く轟音。
目の前には、そびえ立つ盾。
「カナメ!? 助かった!」
最後のチャンスだ。
勢いそのまま、盾の消失とともに全力の蹴撃で男の顎を撃ち抜く。宙を舞った男は地を滑り、倒れ伏せた。
振り返ればいつの間に出てきたのか、カナメが震えた足で立ち、こちらを見ていた。
肩を大きく上下させながら、両手を突き出している。
「危なかった……ありがとな……」
《慢心するな、まだ生きてるぞ! 早く息の根を止めろ!》
グルザの声を無視し、倒れている男を一瞥する。このまま放置するのも心苦しいが、逃げなければ殺される。
カナメの元に駆け寄り、おぶろうとした瞬間──背後で砂利を踏みしめる音が鳴った。
「!!」
歯軋りが響いて聞こえる。振り返ると男はふらつきながらも、もう立ち上がっていた。
《そら見た事か。早く殺してしまうべきだったのだ》
「馬鹿言うな、んなの出来るかよ……」
正直、体がもう限界だった。
過度な集中で、頭が締め付けられるように重い。
それでもジンは、震えるカナメの前に出る。
しかし、男はこちらを確認すると、急に身を翻した。
「クソッ!! 二人もいたのかよ、畜生!!」
そう吐き捨てると、男は猛スピードで地平線の向こうに消えていった。
「た……助かったのか……?」
数秒の静寂が訪れる。
生を実感した途端力が抜け、ジンはその場に腰を着いてしまった。
カナメもつられて膝を折り、大きく息を吐いていた。
「……へへ。盾、使っちゃった」
カナメは目を落とし、右腕をさする。
「ありがとうな。あの盾がなかったら死んでたわ……ん?」
ジンの緊張の糸が切れた瞬間、右腕の痛みが一気に噴き出した。
「うお、痛え! 俺こんな怪我してたのか!?」
知らないうちに右の半袖が血に染まっている。途中で受けた傷だ。戦いに夢中ですっかり忘れていた。
「えっ、だ、大丈夫!? 服真っ赤! 痛そうだよ!?」
カナメは慌てて自分のリュックからタオルを取り出す。腕をきつく縛り止血させたかと思うと、そのまま器用にタオルで傷口を保護した。
手当を終えると、安心したようにカナメは笑った。よく見知った、いつものカナメだ。
ジンはほっと胸を撫で下ろす。
ついに自分を化け物たらしめる力を全力で使い、人間ではあり得ない殺し合いの舞台に、足を踏み入れてしまった。
もう、自分はれっきとした人間なのだと、胸を張れる自信はない。
──けれど、隣にカナメさえいれば、もう自分が何者でも、なんとかなる気がした。
「……ありがとな」
「ううん……むしろ俺のせいでこんな怪我させちゃって……」
悲しそうな顔に少し困り、返事を誤魔化すようにカナメの頭を鷲掴む。
……この傷は、親友を守れた勲章だな。




