第11話 風が鳴らす警笛
しばらく歩くと、住宅街が途切れ、代わりに水のせせらぎがジンの耳に届いた。
どうやら近くに川があるらしい。
町の喧騒から離れ、ようやく雑音の煩わしさから解放されたこともあり、ジンは耳を休めたくて少しだけ休憩を提案した。
「悪いな。気が滅入ってるとだいぶ耳が敏感になっちまうみたいで……いつもなら“よく聞こえるな”って思うぐらいなんだけどさ」
人の声ひとつ聞こえないだだっ広い河川敷。
川のせせらぎと草の匂いに包まれ、ジンの耳もようやく静けさを取り戻していた。
原っぱの上で、ジンは大の字に寝転がる。
「いいね、それ。青春みたいじゃん」
ジンにつられてカナメも横になる。布団はなくとも、草の絨毯が心地がいい。
「体調、大丈夫?」
「ん? あぁ、心配かけて悪い」
目を瞑ると、流水の音と草の擦れる音がよく聞こえる。ここから離れるのは勿体ないと思うほど、心が癒された。
「……ここはいい所だな。色々、落ち着いてくる」
思えば連日、色んなことがありすぎた。疲れが溜まっても仕方がない。
気がつくとジンの意識は、安らぎに包まれながら深く落ちていった。
*
《──……ろ。おい、起きろ》
虚ろな意識の中、呼ばれている気がする……。
《起きろジン、敵だ!》
「!?」
グルザの声に脳内を揺さぶられ、ジンは瞬時に飛び起きた。
チラリとカナメの影を見る。浅く寝息を立てていた彼を、強くゆさぶって起こした。
「……ん、おはよう……なに……?」
「起こして悪い。敵だ」
「……えぇっ!?」
このままカナメを担いで逃げるか。
そう考えた瞬間、背筋に寒気が走った。
この気配は知っている──。
《気づいたか。昨日追いかけてきた男だ。奴は速いぞ。少しばかり厄介だ》
昨日、かなりの時間全力疾走してようやく撒けた能力者だ。疲労が残っている今、一人背負って逃げ切れる自信はない。
「……グルザ、どうする?」
《戦うしかあるまい。今まで逃げ回ってたツケだ。観念しろ》
「んなこと言ったって戦ったことないのにどうしろっつうんだよ……!」
汗ばんだ手のひらが足元の土を拾う。
とにかく考えろ。どう切り抜ければいい。
「ジン、戦うの……?」
「……悪いけど、今回は逃げ切れる自信がねえ。何とかしねぇと……」
本当は、一度も戦いたくなんかなかった。
ただでさえ体が人間じゃないみたいなのに、戦いの為に力を行使し始めたら、本当に人間に戻れなくなるなりそうで。
だから、いつも逃げていた。
でももう、自分がやらないと、二人とも殺されてしまう。
今までは逃げる為の脚力だけに使っていた身体強化を、皮膚、筋肉、五感、身体の全てに施す。
身体中に力が漲り、肌が空気の粒すらも感じ取る。それを実感するたびに全身の人間味がじわじわと何かに塗り替えられ、寒気が背筋を撫でた。
体が人でなくなっていく怖さに、震えが止まらない。
ジンは、“自分が人間である証”を求めずにいられなかった。
「………なぁ、カナメ。俺頑張るからさ……。お前なら大丈夫だと思って聞くんだけど……」
敵の気配はどんどん近づいてくる。風に紛れて人間の吐息が聞こえる。もう悩んでいる猶予はない。
ジンは突っかかって出てこない言葉を、無理矢理喉から押し出した。
「……俺が戦ってるの見ても……友達でいてくれるよな……」
「……!」
カナメの喉から、唾を飲み込む音が聞こえる。
そして一拍遅れて、迷いのない声が、ジンの背中を押した。
「もちろんだよ……!」
ジンは小さく息を吐いた。
……もう、躊躇することは無い。
「それが聞けて……よかったぜ」
《──お喋りはそこまでだ。くるぞジン!》
「よし、隠れてろカナメ!」
カナメは慌てて少し離れ、身を伏せる。
一瞬遅れ、反対側の空気が切り裂かれた。反射で伸ばした手が、喉元を狙ってきた腕を掴みとる。その先には刃物。ジンは躊躇いなく目の前の顔面を蹴り飛ばした。
男は草の上を滑りながら身を翻し、両脚が地面を捉えた。
──ただ親友の為に。
ジンの視線は刃のように、鋭く男を射抜いていた。




