第五話 魔石職人グスタフの工房
魔石職人グスタフの工房は、下町のさらに奥、職人街の一番外れにあった。
煤けた煉瓦造りの平屋で、看板も出ていない。
扉を開けると、油と硫黄の匂いが、鼻を突いた。
「狭いが、入れ」
私は、興奮を抑えながら、足を踏み入れた。
工房の中は、想像していた以上に、整然としていた。
壁一面に、大小さまざまな魔石が、種類ごとに並べられた棚。
中央の作業台には、鏡、ピンセット、見たことのない道具類。
奥には、小さな炉。
そして、天井から吊るされた、無数の試作品らしき、青く淡く光る石。
——うわあ。
——魔石オタクの聖地だ。
私は、目を輝かせた。
「お前、魔石、知ってんのか?」
グスタフが、作業台の前に座りながら、ぶっきらぼうに尋ねた。
「あんまり、詳しくない。でも、原理は知ってる」
「原理、だと?」
「うん。魔石は、魔力を貯める石。空っぽの魔石に、誰かの魔力を注ぎ込めば、その魔力を、別の形で取り出せる」
「……どこで学んだ、そんなこと」
「拾い読み。前に住んでた家で、こっそり本を読んでた」
——前世で動画見てた、とは、さすがに、言えない。
グスタフは、眼鏡を、ずらして、私を見た。
「で、お前は、どんな魔石を、作りたいんだ」
私は、息を、深く、吸った。
そして——
「歌っている人の、声を、十倍くらい、大きく響かせる魔石。それも、首から下げられるくらい、小さい奴」
グスタフは、しばらく、私を、見ていた。
そして、ぼそりと、呟いた。
「……『拡声』の魔石、か」
「そう。拡声魔石」
「概念としては、ある」
グスタフは、立ち上がって、奥の棚から、ひとつの魔石を、取り出した。
握り拳ほどの、灰色の石。
「これは、軍隊が使う、号令用の魔石だ。指揮官の声を、五百メートル先まで届かせる。ただし、デカい。重い。そして、高い。一個、金貨二十枚」
「金貨二十枚」
——うん、買えない。
私は、空き缶の中の、銅貨四枚を、思い浮かべた。
「お前が言ってんのは、要するに、この『軍用拡声魔石』を、子どもの掌に乗るくらい小さくして、価格を百分の一以下にして、誰でも持てるようにしたい、ってことだろ」
「そうそう、そういうこと」
「無理だ」
グスタフは、即答した。
「魔石の出力は、石の大きさに比例する。小さくすれば、出力も落ちる。これは、自然の法則だ」
——ふむ。
——確かに、それはそうだろう。
でも、私は、にっこり、笑った。
「おじさん。じゃあさ、出力が、十倍じゃなくて、五倍でも、いいの。だって、軍隊じゃないし、街角の小さな広場で歌うだけだから」
「……五倍?」
「うん。五倍。広場の端っこまで届けば、それで、いい」
「ふむ」
グスタフは、顎を撫でた。
「五倍、なら……理論上、可能、ではあるな」
「やっぱり!」
「だが、原料となる『青晶石』が、大量に必要だ。それと、声紋を捉える『反響核』。そして、魔力を循環させる導線。最低でも、銀貨五枚はかかる」
「銀貨、五枚」
——今夜の、銅貨四枚の、約百二十五倍。
——よし。
——五十夜くらい、街で歌えばいい。
私は、空き缶を、グスタフに、見せた。
「これ、頭金。あと四十九回分、稼いで持ってくる。その間、おじさんは、設計、進めておいて」
「……お前、本気か」
「本気」
私は、頷いた。
「本気じゃ、なきゃ、こんな夜中に、貴族街から下町まで、歩いて来ない」
グスタフは、しばらく、私を、見ていた。
そして——
「面白え、坊主」
低く、笑った。
「俺は、二十年、魔石職人を、やってる。でも、お前みたいなガキが、こんなに具体的な発注を持ち込んできたのは、初めてだ。料金は、今、はっきり言っておく。銀貨五枚。それ以下には、まからん」
「もちろん」
「だが、その代わり——」
グスタフは、大きな手を、私に差し出した。
「完成したら、お前のその、変な歌、もう一度、聞かせろ」
私は、その手を、握った。
「契約成立。約束する」
——よし。
——拡声魔石、開発開始。
——第一の発明、始まったよ、オーレリアン。
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