閑話① 不死鳥の檻にて 〜オーレリアン視点〜
人間の足音が、遠ざかっていく。
俺は、目を閉じて、その足音が完全に消えるまで、聞いていた。
——変な、子ども。
それが、あの少女の第一印象だった。
いや、第二印象も、第三印象も、たぶん、ずっと、そうだろう。
俺は、不死鳥の一族に生まれた。
東方の、霊峰のさらに奥、雲の中に隠された、小さな村。
百を超える世代、人間に見つかることなく、ひっそりと、歌い継いできた一族。
俺たちの歌は、魂を癒やすと言われている。
聞いた者の心の傷を、燃やして、灰にして、新しい命に変えると。
だから、俺たちの歌は、神へ捧げるためにだけ、存在していた。
他の誰のためでもない。
ましてや、人間のためなど、一度も。
——だが、それも、もう、終わった。
二年前。
人間の傭兵団が、村を、襲った。
母の歌声が、絶えた。
父の歌声も、絶えた。
祖母も、姉も、弟も、皆、燃やされた。
唯一、俺だけが、生き残った。
それは、慈悲ではない。
ただ単に、まだ羽根の生え揃わない俺の方が、奴隷市場で、高く売れるからだ。
俺は、両手を縛られ、目隠しをされて、何ヶ月も馬車に揺られた。
言葉も通じぬ、見たこともない西の国へ、運ばれた。
そして、競り落とされたのが、このモンフォール侯爵という男だった。
侯爵は、俺を「珍しい飾り物」として買ったらしい。
だが、買ったあとで、何の役に立つのか分からなくなった。
不死鳥の歌は、神へ捧げるものであり、人間の前で歌うことを、俺は、自分自身に禁じている。
歌わぬ不死鳥は、ただの、痩せた少年にすぎない。
だから、俺は、地下に放り込まれた。
鎖に繋がれて、忘れられて、二年が経った。
時々、夜に、ひとりだけ、歌った。
それは、遠い故郷の、家族へ捧げる、鎮魂の歌だった。
——人間に、聞かせるためではない。
そう、思っていた。
昨日まで、ずっと。
◆
少女は、嵐のように、俺の前に現れた。
息を切らして、汗だくで、五歳児の小さな身体で、鉄格子に取りすがって、目を、見開いて。
そして、言った。
「私、あなたを、世に出す」
俺は、人間の言葉を、もうほとんど忘れかけていた。
それでも、その言葉は、なぜか、はっきりと、耳に届いた。
世に、出す。
俺を。
鎖に繋がれた、奴隷の不死鳥を。
——馬鹿な。
そう、思った。
人間の世界に、俺たち不死鳥の居場所など、ない。
俺たちは、神への祈りのために生まれた一族で、人間の娯楽のためにいるのではない。
それなのに——
なぜか。
俺は、その小さな少女の言葉を、笑い飛ばすことが、できなかった。
「お前は、変な子だな」
俺の口から、勝手に、そんな言葉が、漏れた。
二年間、誰にも、笑いかけたことなど、なかった。
それなのに、俺は——
唇の端を、ほんの少しだけ、上げていた。
少女は、満面の笑みで、それを受け止めた。
——そして、今夜も、来た。
「ねえ、オーレリアン。今日も、歌、歌ってくれない?」
俺は、首を、振りかけた。
俺の歌は、神への祈りだ。
人間の娯楽ではない。
そう、答えるはずだった。
それなのに——
俺の唇は、勝手に、開いた。
そして、歌い始めた。
人間の少女のために。
不死鳥の歌を。
——馬鹿な。
俺は、歌いながら、自分自身に、呆れていた。
——馬鹿な。
——だが。
鉄格子の冷たさに頬を寄せて、目を閉じて、俺の歌を聞いている、あの幼い少女の表情を見ると——
俺は、なぜか。
故郷で、家族の歌を、初めて聞いた、あの幼い夜のことを、思い出していた。
——「ファン、第一号」、と、お前は言ったな。
俺は、心の中で、少女に向かって、呟いた。
——その意味は、まだ、よく分からない。
——だが、お前が、俺の歌を、こんなに、嬉しそうに聞くのなら——
——もう少しだけ、お前のために、歌ってもいい。
——もう少しだけ、生きていてもいい。
——そう、思わせるくらいには、お前は、変な子だ。
俺の歌声は、月明かりの差し込む地下牢に、長く、長く、響いた。
そして、その歌は——
俺自身も、まだ気づいていなかったが——
二年ぶりに、神への祈りではなく、ひとりの少女のために、歌われた歌だった。
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