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第三話 モンフォール侯爵家、三姉妹

朝。


地下の奉公人棟に差し込む光は、本邸の使用人が運んできた、貧しい蝋燭の明かりだけだった。


「起きろ。朝食じゃ」


私たちの前に、薄い麦粥の入った木椀と、固いパンの欠片が置かれた。


私は、椀を受け取りながら、隣に座る最年長の少女に、にっこりと笑いかけた。


「おはようございます。私、リリアです。あなたのお名前、聞いてもいいですか?」


少女は、麦粥をすすりながら、ちらりと私を見た。


「……マリカ」


「マリカさん。よろしくお願いします」


「……名前なんて、覚えなくていいわよ。半年もすれば、半分はいなくなるから」


——いなくなる、ね。


私は、その単語の意味を、ちゃんと理解した。

死ぬ、ということだ。

肩代わりで魔力を使い果たして、衰弱して、死ぬ。


「では、半年後も生きている人の名前は、しっかり覚えますね」


「……あんた、変な子ね」


——うん、知ってる。

——昨日、別の人にも言われた。


私は、麦粥を一気に飲み干した。

味は、はっきり言ってひどかった。

塩気もなく、麦の粒は半生で、舌の上でジャリジャリした。


でも、これが、私の燃料だ。

リアナを迎えに行くための。

オーレリアンを世に出すための。


——食べるしか、ない。



朝食が終わると、使用人頭が地下に降りてきた。


「リリア・ベルナール。本日より、お嬢様方の魔力肩代わりに就いてもらう。今すぐ、本邸に来い」


私は、立ち上がった。

他の少女たちは、誰も、私の方を見なかった。


「行ってきます」


私が小さく挨拶しても、返事はなかった。


——別に、いいよ。

——いつか、私が、この子たちにも何かしてあげる日が来るから。


地下の階段を上り、裏庭を抜け、本邸の裏口から入る。

昨日とは違う廊下を抜けて、案内されたのは、二階の——


「奥様の私室の隣、お嬢様方のお茶の間じゃ」


——えっ、令嬢のお茶会の部屋?


ゴージャスな両開きの扉が、開かれた。


天井には、シャンデリア。

壁には、淡いピンクの薔薇模様の壁紙。

床には、ふかふかの絨毯。

中央のテーブルには、銀のティーセットと、三段重ねの菓子皿。


そして、テーブルを囲んで——

三人の、令嬢が、座っていた。


「あら、新入りね」


最初に口を開いたのは、長女だった。

たぶん、十七歳くらい。

プラチナブロンドの巻き髪を高く結い上げ、深い紫のドレス。

顔立ちは整っているが、口元に浮かぶ笑みが、いかにも貴族的に冷ややかだった。


——うん、顔はいい。

——でも、目つきが嫌い。


私は、瞬時に判定を下した。


「あなたが、私たちの新しい『道具』ね。名前は?」


「リリアと申します。本日より、お世話になります」


私は、教えられた通りに、深々と礼をした。


「お行儀は知ってるみたいね。妾腹って聞いたから、もっと薄汚いのが来ると思ってたわ」


これが、長女エレオノール。

モンフォール侯爵家の華。

社交界デビュー済みで、近々、王太子妃候補の選定にも名前が挙がるかもしれない、と噂されている。

ただし——魔力は、規定の十分の一しかない。


その隣で、退屈そうに紅茶を飲んでいるのが、次女マリエル。

十三歳。

くすんだブロンドのおさげ。

長女ほど派手ではないが、利発そうな鋭い目。

貴族院在学中。

こちらも、魔力は規定の三分の一。


そして、足をぶらぶらさせて、菓子を頬張っているのが、三女エルネスティーヌ。

十歳。

ピンクブロンドのふわふわの髪。

丸い顔に、不機嫌そうに尖った唇。


「ねえねえ、新入りー、わたしのお菓子、いる?」


「エルネスティーヌ、奉公人にお菓子を与えるなんてはしたないわ。やめなさい」


長女が、ぴしゃりと窘めた。


「えー、だってー」


「だって、ではないわ。さっさと魔石を出して、肩代わりを始めさせなさい」


——ああ、なるほど。

——構図が、見えた。


長女エレオノールは、家の名誉を背負った優等生で、奉公人を「道具」と呼ぶ典型的貴族令嬢。

次女マリエルは、姉を観察しているクールな分析家。

三女エルネスティーヌは、まだ幼くて純粋で、ある意味、唯一「人間」としての常識を持っている。


——これは、攻略可能。


二十八年間、職場の人間関係を泳いできたOLの嗅覚が、瞬時に判定した。


「では、お始めいたしますね」


私は、テーブルの上に置かれた三つの魔石を、見つめた。


魔石は、それぞれの令嬢の名前が刻まれた、青く光る、卵ほどの大きさの石。

ここに、私の魔力を注ぎ込めば、それが本人の魔力税として神殿に納められる。


私は、最初の魔石——エレオノール様の魔石に、両手を添えた。


「魔力、流します」


そして、目を閉じた。


リリアの記憶が、教えてくれる。

魔力の流し方。

身体の中央、お臍の少し下にある「魔力の器」を意識する。

そこから、温かい液体のようなものを、汲み出す。

両手から、魔石へ、流し込む。


——いきます。


ぐらり、と、目眩がした。


身体の芯から、何かが、引き抜かれる感覚。

血を抜かれる、のとも違う。

熱を、奪われる、感覚に近い。


魔石が、青から、白へ、白から、淡い金色へと、色を変えていく。


——もう、いい。

——これで、エレオノール様の今月の分。


両手を離した時、私は、ふらりと、よろめいた。


「あら、もう倒れそう? 情けないわね。まだ、私の分だけよ?」


エレオノールが、扇で口元を隠して、笑った。


——あと、二人分。


私は、額の汗を拭いて、次の魔石に向かった。

マリエルの分。

それから、エルネスティーヌの分。


三人分の魔力を注ぎ終えた時、私は、文字通り、立っていられなかった。


膝が、勝手に、絨毯に崩れた。


「ふらつきすぎね。これでは、長くは持たないかもしれないわ」


エレオノールが、つまらなそうに呟いた。


「お父様には、もう少しマシな奉公人を買うようにお願いしないと」


——上等じゃないの。


私は、絨毯に手をつきながら、心の中で、にやりと笑った。


——あんたたち三人分の魔力税を、毎月、私が注いでやる。

——その間に、私は、私の力を、どんどん大きくしていく。


——魔力の器は、使えば使うほど、大きくなる。

——筋トレと、同じ。


——あんたたちが私を使い潰そうとしている、そのことが、私を、最強にしていく。


「申し訳ございません。次回までには、慣れます」


私は、絨毯に座り込んだまま、深々と頭を下げた。


俯いた顔は、誰にも見えない。

だから、誰にも、ばれなかった。


——私が、にっこりと、笑っていることに。



その夜。


私は、また、隠し通路を抜けた。


——いや、行っちゃダメだ、リリア。

——今日、初めての肩代わりで、身体が限界に近い。

——ちゃんと、寝なきゃ。


——うるさい。

——会いたいから、行く。


私は、自分の理性を、また踏み潰した。


鉄格子の前に立つと、オーレリアンは、目を閉じて、座っていた。


歌は、歌っていなかった。


「オーレリアン」


私が小さく呼びかけると、紅い瞳が、ゆっくりと開いた。


「……来たのか」


「うん。来たよ」


私は、鉄格子越しに、にっこり笑った。


「今日、初めて、お嬢様方の肩代わりした。三人分。倒れそうだった」


「……」


「でもね、平気。だって、私、推し活オタクだから。推しに会うためなら、たぶん、地球の裏側まででも歩ける」


「……お前は、本当に、変だな」


オーレリアンは、ふっと、目を逸らした。


横顔が、月明かりに白く浮かんだ。


——尊い……。


私は、心の中で、呟いた。


——三人分の魔力削った疲れも、全部吹っ飛ぶ。


「ねえ、オーレリアン。今日も、歌、歌ってくれない?」


「……俺の歌は、客に聞かせるものじゃない」


「客じゃないよ、私は」


私は、首を振った。


「ファン、第一号、だよ」


紅い瞳が、また、私を見た。


そして、長い、長い、沈黙のあとに——


オーレリアンは、唇を、開いた。


低く、深く、けれど、どこまでも澄んだ、不死鳥の歌が、また、地下の通路に、響き始めた。


私は、鉄格子の冷たさに頬を寄せて、その歌を、全身で、浴びた。


——ああ。

——大丈夫。

——私、絶対、長生きするから。


——絶対、あなたを、ここから出すから。


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