閑話⑤ コレットの夢 〜コレット視点〜
# 閑話⑤ コレットの夢 〜コレット視点〜
(語り:コレット、十歳)
うちには、お父さんが、いない。
お母さんは、一年前まで、いた。
毎晩、咳をしていた。
血を、吐いていた。
それでも、笑っていた。
「コレット、おまえ、踊るときの顔が、いっとう、可愛いね」
「ほんとう?」
「ほんとうだよ。お母さん、おまえの踊り、世界一、好きだよ」
——お母さん。
お母さんは、世界で、たったひとり、あたしの踊りを、ほめてくれる人だった。
孤児院の先生たちは、踊るたびに、ぶった。
近所のおばさんたちは、「あの子、将来、娼婦になるよ」と、囁いた。
同じ孤児の女の子たちは、「変な子」と、笑った。
それでも、あたしは、踊った。
踊らずには、いられなかった。
身体が、勝手に、動いた。
音楽を聞くと、心臓が、跳ねた。
お母さんが、生きてる間は、踊って、お母さんに、見せた。
お母さんが、死んでからは、誰にも、見せなかった。
夜、孤児院の屋根裏で、ひとりで、踊った。
窓ガラスに映る、自分の影だけが、観客だった。
——でも、寂しかった。
寂しかったから、ある日、勇気を出して、下町の辻で、踊ってみた。
最初の夜は、誰にも、見られなかった。
ふた晩目に、酔っ払いが、銅貨を、一枚、投げてくれた。
三晩目に、人垣が、できた。
あたしの心臓は、爆発しそうだった。
——見て。
——あたし、見て。
——お母さん、見て。
——空にいる、お母さん。
——あたし、踊ってるよ。
そして——
ある夜、人垣の外側に、小さな少年が、立っていた。
土まみれの帽子。
継ぎ接ぎだらけのシャツ。
薄汚い顔。
最初は、ただの、観客だと、思った。
でも、その目が——
違った。
その目は、あたしを、ただの「踊る孤児」じゃなくて、「化ける可能性のある、誰か」として、見ていた。
それが、生まれて初めての、視線だった。
そして、その少年は、肉まんを、奢ってくれた。
「私の、最初の弟子に、なってくれない?」
少年は、笑って、そう、言った。
あたしは、即答した。
「やる」
——やる、しか、なかった。
——だって、生まれて初めて。
——あたしの踊りに、価値を、見出してくれた人が、現れたから。
◆
リリア、と、その少年は、名乗った。
不思議な子だった。
肉まんを買ってくれるくらい、お金は、持っているけれど、孤児院に住んでるあたしと、同じくらい、貧しそうにも、見える。
そして、五歳。
——五歳?
あたしより、五つも、年下。
なのに、話し方は、まるで、大人のおばさん。
時々、知らない言葉を、ぼそりと、呟く。
「すいーつ」「いどる」「ぷろでゅーさー」。
あたしには、分からない言葉だった。
でも、リリアは、あたしに、毎日、踊りを、教えた。
姿勢の、取り方。
呼吸の、合わせ方。
表情の、作り方。
お客の、心の、掴み方。
リリアの、教え方は、的確だった。
まるで、リリア自身が、何百人もの踊り子を、見てきた、みたいに。
——リリア。
——あんた、ほんとに、五歳の、子ども?
あたしは、何度も、聞こうとした。
でも、聞かなかった。
——どうでも、いい。
——だって。
——あたしの踊りを、「芸術だ」と、言ってくれたのは、リリアが、生まれて初めてだったから。
——お母さん、死んでから、あたしを、抱きしめてくれたのは、リリアが、生まれて初めてだったから。
あたしは、心の中で、決めた。
——リリア。
——あたし、あんたの言うこと、何でも、聞く。
——あたし、絶対、あんたが言う、「世界一」って奴に、なる。
——だって、あたしの踊り、世界一だ、って、お母さんも、言ってたから。
——あんたが、ふたり目だ。
その夜、あたしは、お母さんが死んでから、初めて、笑顔で、眠った。
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