第十三話 訓練、開始
# 第十三話 訓練、開始
それから、毎晩。
私とコレットは、グスタフの工房の裏の空き地で、訓練した。
最初に、コレットに、教えたのは——
「呼吸」
「呼吸?」
「うん。歌うときの、踊るときの、呼吸の、取り方。これが、できないと、サビで、息が、切れる」
私は、コレットに、腹式呼吸を、教えた。
前世で、軽く齧った、合唱部の友達からの、又聞きの知識。
それでも、エトワール王国の人前芸では、誰も、こんなこと、教えていなかった。
「ふー、ふー」
コレットは、お腹に、両手を当てて、必死に、呼吸を、覚えた。
「すごい、お腹、膨らむ」
「でしょ? これで、息が、長くなる」
次に、教えたのは——
「表情」
「踊ってるときの、顔、見せて」
コレットは、いつも通り、無表情で、踊った。
「うん、無表情、ね。それは、一段階目の、悪い癖」
「悪い、癖?」
「下手な踊り子は、無表情。普通の踊り子は、笑顔。でも、最高の踊り子は——」
私は、コレットの、緑の目を、見つめた。
「——目で、語る」
「目?」
「うん。踊りの、各シーンで、感情を、変える。怒り、悲しみ、喜び、恍惚、決意。全部、目で、表現する。観客は、踊り手の、目を、見る。目に、感情がないと、退屈する」
コレットは、目を、見開いた。
「やってみて。怒り」
コレットは、頑張って、目を、ぎゅっと、細めた。
「うん、それは、便秘」
「ぐっ」
コレットの、頬が、赤く、染まった。
「待って、待って、もう一回」
「いいよ、ゆっくり、ね」
私は、コレットに、表情の、作り方を、ひとつずつ、教えた。
時間は、かかった。
最初の一週間で、できたのは、「微笑み」と「真剣な目」の、二つだけ。
それでも、コレットは、めきめきと、上達した。
——天才、だ。
——この子、本物の、天才。
二週間目には、コレットは、自分の踊りに、「物語」を、つけ始めた。
「リリア、聞いて」
ある夜、コレットが、私に、踊りながら、囁いた。
「あたし、今、お母さんに、会いに行く、踊りを、してる」
「うん」
「最初は、お母さんを探して、迷子になってる女の子。次に、見つけて、駆け寄る。最後に、抱きしめる」
コレットは、踊りながら、表情を、変えた。
迷子の不安。
発見の歓喜。
抱きしめる温もり。
——ああ。
——もう、出来上がってる。
私の、目に、涙が、滲んだ。
——よし。
——次は、ステージ、デビューだ。
「コレット」
「うん」
「来週から、街頭ライブ、二人でやろう。私の歌に合わせて、君が、踊る」
コレットの、緑の目が、輝いた。
「ほんとに?」
「ほんとに」
「……怖い」
「うん、怖いよね。でも、大丈夫。私、ずっと、君の隣にいるから」
コレットは、しばらく、考えてから、頷いた。
「うん。やる」
——よし。
私は、心の中で、ガッツポーズした。
——歌い手、リリア。
——踊り手、コレット。
——私の、芸能事務所の、デビューユニット、誕生。
ただ、もうひとつ、課題が、あった。
——コレットにも、拡声魔石を、持たせなきゃ。
私は、グスタフに、二号機の発注を、入れた。
銀貨五枚は、もう、私の貯金で、十分、賄えた。
「グスタフのおじさん、二号、お願い」
「……お前、本当に、化け物だな、リリア」
グスタフは、ため息を、吐きながら、青晶石の、選別を、始めた。
その夜、私が、地下牢に、戻ると——
オーレリアンが、扉の前に、座って、待っていた。
「遅いな」
「ごめん、コレットの、稽古、長引いた」
「……稽古」
「うん。新しい、弟子。前に話した、踊り子」
オーレリアンの、紅い瞳が、ふと、揺れた。
——あれ。
——いま、ちょっと、寂しそうな、目?
「……お前は、忙しいな」
「うん、忙しい。でも、毎晩、ちゃんと、来てるでしょ?」
「……ああ」
オーレリアンは、目を、逸らした。
横顔が、月明かりに、白く、浮かんだ。
——あれ。
——もしかして。
——ちょっと、嫉妬、してる?
私は、心の中で、にやり、と、笑った。
——可愛い。
——尊い。
「オーレリアン」
「……何だ」
「あなたが、第一号。これは、絶対、変わらないから」
「……」
「私の、最初で、最後の、推しは、あなただから」
紅い瞳が、ゆっくりと、私を、見た。
そして、ぽつりと——
「……変なことを、言うな」
ちょっと、頬が、赤かった。
——可愛い……っ!
私は、心の中で、悲鳴を、上げた。
——大丈夫。
——絶対、私が、世に出してやるから。
——あなたを。
——絶対。
---




