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第十二話 聖アンナ孤児院

# 第十二話 聖アンナ孤児院


翌日から、私は、夜の散歩コースに、聖アンナ孤児院を、加えた。


下町のさらに外れ、古い、煉瓦造りの、二階建て。

壁は、灰色のカビで、まだら模様。

窓は、半分、ガラスが、割れていた。


私が、裏庭の塀の隅で、口笛を、吹くと——


「来たね」


裏口から、コレットが、抜け出してきた。


「先生たち、寝た?」


「うん。みんな、酔っ払って、寝てる」


「酔っ払って、寝てる?」


——え、それ、ヤバい孤児院じゃ、ない?


「先生たち、毎晩、酒、飲むの。子どもは、寝ろ、って、追い払われる」


コレットは、慣れた様子で、言った。


「だから、夜は、自由」


——おい、孤児院の意味、ある?


私は、心の中で、突っ込んだ。


でも、コレットにとっては、それが、当たり前らしい。


「行こ、リリア」


「うん」


私たちは、夜の下町を、二人で、走った。


向かったのは、グスタフの工房だった。


「コレット、紹介するね。これ、グスタフのおじさん。私の、最初の、協力者」


「よろしく、坊主——いや、嬢ちゃん」


グスタフは、コレットを、見て、呆れた顔をした。


「リリア、お前、また、変な子、拾ってきたな」


「変な子じゃない、ものすごい、原石」


私は、コレットを、グスタフの工房の、空きスペースに、立たせた。


「コレット、ちょっと、踊ってみて。さっき、屋台で見た振りを、もう一度」


「こんな、狭いとこで?」


「いいから」


コレットは、戸惑いながら、両手を、上げて、軽く、回転した。


跳んだ。

着地した。

腕を、横に、振った。


ただ、それだけで。


工房の油まみれの空気が、一瞬、輝いて、見えた。


「……」


グスタフが、言葉を、失った。


私は、にやり、と、笑った。


「ね。原石でしょ?」


「……お前、どこから、こんな、化け物、見つけてきた」


「下町の、辻」


「下町の、辻」


グスタフは、頭を、抱えた。


「リリア。お前、本気で、芸能事務所、作る気か」


「本気」


「……分かった。俺も、覚悟、決める。何でも、作るぞ。お前らに、必要なら」


——よし。

——グスタフのおじさんも、本格的に、巻き込めた。


「ありがと、おじさん」


私は、コレットの方を、向き直った。


「コレット。ここから先、君は、私の弟子。私が、君に、教えること、全部、覚えて」


「うん」


「最初に、教えること、あるよ」


「何?」


私は、コレットの、緑の目を、まっすぐに、見た。


「歌は、娼婦の仕事じゃない。芸術だ。その自信を、持って、毎日、踊って、歌って」


コレットの、緑の目が、揺れた。


——ああ。

——やっぱり。

——この子も、教え込まれてる。


リリアの記憶が、教えてくれる。

エトワール王国の下町では、女が人前で歌い踊ることは、娼婦と同じ、と、見なされていた。

孤児院でも、女の子には、「歌うな、踊るな」と、教える施設が、多かった。


それなのに、コレットは、踊っていた。

こっそり、夜に、人前で。


——強い子。

——だからこそ、私が、ちゃんと、伝えなきゃ。


「コレット。聞いて」


私は、両手で、コレットの両肩を、掴んだ。


「君が、踊ることは、汚いことじゃ、ない。素晴らしいことだよ。君の踊りは、誰かの、心を、明るくする。誰かの、人生を、変えるかもしれない。君の踊りは、芸術だよ」


コレットの緑の目に、涙が、滲んだ。


「……ほんと?」


「ほんと」


「……あたし、汚くない?」


「汚くない。むしろ、神様より、綺麗」


コレットの、唇が、震えた。


そして——


「……うっ、うっ」


声を、押し殺して、泣き始めた。


私は、コレットを、ぎゅっと、抱きしめた。


——大丈夫。

——大丈夫だよ、コレット。

——私、絶対、君を、世界一に、するから。


——だって、私、推し活オタクだから。

——私の推しを、汚いって、言わせない。


グスタフが、後ろで、ふん、と、鼻を、鳴らした。


そして、ぼそりと、呟いた。


「リリア、お前、本当に、五歳のガキか?」


私は、コレットを、抱きしめたまま、グスタフに、ウインクした。


「秘密」


——前世、二十八歳の、OLでした、なんて、誰が、信じる。


---


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