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第十一話 下町の踊り子

# 第十一話 下町の踊り子


街頭ライブを始めて、半年が経った頃。


私は、自分のステージのスタイルが、限界に近づいていることを、感じていた。


「歌う、だけじゃ、足りない」


ある夜、グスタフの工房で、私は、つぶやいた。


「次は、踊りだ。歌と踊りを組み合わせれば、視覚的なインパクトが、倍以上になる」


「お前、自分で踊らねえのか」


「私は、踊れない」


「は?」


「あー、いや、ちょっとは踊れる、かな。前世……いや、前に、見た振り付けを、真似ることは、できる。でも、私の身体で、人前で踊るのは、難しい」


リリアの身体は、まだ、五歳。

正直、踊って観客を魅せるには、ビジュアルが、子供すぎた。


それに、私は、本能的に、感じていた。


——私は、プロデューサーだ。

——前に立つ人じゃ、ない。


「だから、踊れる、誰かを、見つける」


私は、グスタフに、宣言した。


「次の弟子。その第一号を、今夜から、探す」



その夜、私は、いつもとは違う広場に、足を延ばした。


下町の中でも、特に、芸人や、香具師や、流しの音楽家が、集まる、賑やかな辻。


ここなら、踊り手の、卵が、いるはずだった。


人垣を、ひとつずつ、覗き込んだ。


ジャグリングをする男。

火吹きの大道芸人。

古い、不格好な人形劇。


——うーん、違う。

——もっと、若くて、伸びしろがある子。


私は、五つ目の人垣の、一番外側に、立った。


そして、息を、呑んだ。


人垣の中央で、痩せた、十歳くらいの少女が、踊っていた。


色褪せた、薄汚れた、長い赤毛。

継ぎ接ぎだらけのスカート。

裸足。


でも——


身のこなしが、違った。


跳躍。

回転。

腕の動き。

首の角度。


——なに、この子。

——プロが、見たら、絶対、欲しがる、原石。


リズム感、柔軟性、運動神経、表現力。

全部、規格外だった。


ただ、技術は、未熟だった。

誰にも、教わっていない、独学の動き。

天性の感覚だけで、踊っている。


——磨けば、化ける。

——化ける、っていうレベルじゃ、ない。

——爆発する。


私は、確信した。


少女が、踊りを終えると、観客が、銅貨を、地面に置かれた木皿に、ぱらぱらと、投げ入れた。


少女は、頭を下げて、銅貨を、拾い集めた。


私は、ゆっくりと、近づいた。


「ねえ、君」


少女が、振り返った。


汚れた顔の中に、緑色の、強い目。


「何?」


「君、踊り、上手いね」


「……ありがと」


少女は、警戒した目で、私を、見た。


「お前、どこのガキ?」


——よし。

——ガキ仲間、認定。


「こっちのガキ。歌、歌ってる、奴」


「……あ。あんた、噂の、歌う少年?」


「そう」


少女の緑の目が、見開かれた。


「うわー、本物だ。あんたの歌、聞いたことある。すごい、良かった」


「ありがとう」


私は、にっこり、笑った。


「ところでさ。君、名前、なんて言うの?」


「コレット」


——コレット。


私は、その名前を、心に、刻んだ。


——私の、第二号、推し。


「コレット、ちょっと、相談あるんだけど。あっちの、屋台で、肉まん、奢る。話、聞いてくれない?」


「……肉まん?」


コレットの緑の目が、ぱっと、輝いた。


——よし。

——食い物に弱い子、認定。


「行く!」


私たちは、屋台で、温かい肉まんを、二人で、頬張った。


そして、私は、コレットに、最初の質問を、した。


「ねえ、コレット。君、その踊り、誰に、教わったの?」


「誰にも」


コレットは、肉まんを、口いっぱいに頬張りながら、答えた。


「あたしんち、孤児院。先生たちは、踊りなんて、教えてくれない。でも、あたし、踊るのが、好き。だから、勝手に、覚えた」


「孤児院」


「うん。聖アンナ孤児院。下町の、はずれの」


——孤児院、出身。


私は、心の中で、メモを、取った。


「家族は?」


「お母さん、一年前に、病気で、死んだ。お父さんは、知らない」


「……そっか」


コレットは、肩を、すくめた。


「だから、いまは、孤児院で、暮らしてる。でも、孤児院の、ご飯、まずいから、夜は、ここで、踊って、屋台で、食べる」


——強い子、だ。


私は、コレットを、見つめた。


そして、もうひとつ、質問した。


「コレット。君、もし、毎日、ご飯、お腹いっぱい、食べられて、もっと、上手な踊りを、覚えられて、いつか、大舞台で、踊れる、って言われたら、どうする?」


コレットは、肉まんを、噛むのを、止めた。


緑の目が、私を、見た。


「……それ、ほんとに、できるの?」


「私が、する」


私は、にっこり、笑った。


「私の、最初の弟子に、なってくれない? コレット」


「弟子?」


「うん。私は、いつか、芸能事務所を、作る。歌と踊りで、世界一を、目指す。その、第二号。第一号は、私の、推しの、男の子。第二号は、君」


コレットは、しばらく、私を、見つめていた。


それから、口を、もぐもぐ、させて——


「……肉まん、毎日?」


「毎日」


「踊り、教えてくれる?」


「教える。私が、知ってる、全部」


「あたしを、有名に、してくれる?」


「絶対」


コレットは、肉まんの最後の一口を、飲み込んで——


「やる」


緑の目を、強く、光らせた。


「やる、よ。あたし、やる」


私は、コレットの、汚れた、小さな手を、握った。


「コレット、これから、よろしくね。私の、二人目の、推し」


「『推し』って、何?」


「あー、また、それか。説明、長くなる。今度、ね」


私たちは、二人で、笑った。


下町の屋台の、湯気の中で。


私の、二人目の、推しが、できた、夜だった。


---


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