第十一話 下町の踊り子
# 第十一話 下町の踊り子
街頭ライブを始めて、半年が経った頃。
私は、自分のステージのスタイルが、限界に近づいていることを、感じていた。
「歌う、だけじゃ、足りない」
ある夜、グスタフの工房で、私は、つぶやいた。
「次は、踊りだ。歌と踊りを組み合わせれば、視覚的なインパクトが、倍以上になる」
「お前、自分で踊らねえのか」
「私は、踊れない」
「は?」
「あー、いや、ちょっとは踊れる、かな。前世……いや、前に、見た振り付けを、真似ることは、できる。でも、私の身体で、人前で踊るのは、難しい」
リリアの身体は、まだ、五歳。
正直、踊って観客を魅せるには、ビジュアルが、子供すぎた。
それに、私は、本能的に、感じていた。
——私は、プロデューサーだ。
——前に立つ人じゃ、ない。
「だから、踊れる、誰かを、見つける」
私は、グスタフに、宣言した。
「次の弟子。その第一号を、今夜から、探す」
◆
その夜、私は、いつもとは違う広場に、足を延ばした。
下町の中でも、特に、芸人や、香具師や、流しの音楽家が、集まる、賑やかな辻。
ここなら、踊り手の、卵が、いるはずだった。
人垣を、ひとつずつ、覗き込んだ。
ジャグリングをする男。
火吹きの大道芸人。
古い、不格好な人形劇。
——うーん、違う。
——もっと、若くて、伸びしろがある子。
私は、五つ目の人垣の、一番外側に、立った。
そして、息を、呑んだ。
人垣の中央で、痩せた、十歳くらいの少女が、踊っていた。
色褪せた、薄汚れた、長い赤毛。
継ぎ接ぎだらけのスカート。
裸足。
でも——
身のこなしが、違った。
跳躍。
回転。
腕の動き。
首の角度。
——なに、この子。
——プロが、見たら、絶対、欲しがる、原石。
リズム感、柔軟性、運動神経、表現力。
全部、規格外だった。
ただ、技術は、未熟だった。
誰にも、教わっていない、独学の動き。
天性の感覚だけで、踊っている。
——磨けば、化ける。
——化ける、っていうレベルじゃ、ない。
——爆発する。
私は、確信した。
少女が、踊りを終えると、観客が、銅貨を、地面に置かれた木皿に、ぱらぱらと、投げ入れた。
少女は、頭を下げて、銅貨を、拾い集めた。
私は、ゆっくりと、近づいた。
「ねえ、君」
少女が、振り返った。
汚れた顔の中に、緑色の、強い目。
「何?」
「君、踊り、上手いね」
「……ありがと」
少女は、警戒した目で、私を、見た。
「お前、どこのガキ?」
——よし。
——ガキ仲間、認定。
「こっちのガキ。歌、歌ってる、奴」
「……あ。あんた、噂の、歌う少年?」
「そう」
少女の緑の目が、見開かれた。
「うわー、本物だ。あんたの歌、聞いたことある。すごい、良かった」
「ありがとう」
私は、にっこり、笑った。
「ところでさ。君、名前、なんて言うの?」
「コレット」
——コレット。
私は、その名前を、心に、刻んだ。
——私の、第二号、推し。
「コレット、ちょっと、相談あるんだけど。あっちの、屋台で、肉まん、奢る。話、聞いてくれない?」
「……肉まん?」
コレットの緑の目が、ぱっと、輝いた。
——よし。
——食い物に弱い子、認定。
「行く!」
私たちは、屋台で、温かい肉まんを、二人で、頬張った。
そして、私は、コレットに、最初の質問を、した。
「ねえ、コレット。君、その踊り、誰に、教わったの?」
「誰にも」
コレットは、肉まんを、口いっぱいに頬張りながら、答えた。
「あたしんち、孤児院。先生たちは、踊りなんて、教えてくれない。でも、あたし、踊るのが、好き。だから、勝手に、覚えた」
「孤児院」
「うん。聖アンナ孤児院。下町の、はずれの」
——孤児院、出身。
私は、心の中で、メモを、取った。
「家族は?」
「お母さん、一年前に、病気で、死んだ。お父さんは、知らない」
「……そっか」
コレットは、肩を、すくめた。
「だから、いまは、孤児院で、暮らしてる。でも、孤児院の、ご飯、まずいから、夜は、ここで、踊って、屋台で、食べる」
——強い子、だ。
私は、コレットを、見つめた。
そして、もうひとつ、質問した。
「コレット。君、もし、毎日、ご飯、お腹いっぱい、食べられて、もっと、上手な踊りを、覚えられて、いつか、大舞台で、踊れる、って言われたら、どうする?」
コレットは、肉まんを、噛むのを、止めた。
緑の目が、私を、見た。
「……それ、ほんとに、できるの?」
「私が、する」
私は、にっこり、笑った。
「私の、最初の弟子に、なってくれない? コレット」
「弟子?」
「うん。私は、いつか、芸能事務所を、作る。歌と踊りで、世界一を、目指す。その、第二号。第一号は、私の、推しの、男の子。第二号は、君」
コレットは、しばらく、私を、見つめていた。
それから、口を、もぐもぐ、させて——
「……肉まん、毎日?」
「毎日」
「踊り、教えてくれる?」
「教える。私が、知ってる、全部」
「あたしを、有名に、してくれる?」
「絶対」
コレットは、肉まんの最後の一口を、飲み込んで——
「やる」
緑の目を、強く、光らせた。
「やる、よ。あたし、やる」
私は、コレットの、汚れた、小さな手を、握った。
「コレット、これから、よろしくね。私の、二人目の、推し」
「『推し』って、何?」
「あー、また、それか。説明、長くなる。今度、ね」
私たちは、二人で、笑った。
下町の屋台の、湯気の中で。
私の、二人目の、推しが、できた、夜だった。
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