第八話 噂の少年、噂の歌
それから、二週間。
下町の広場には、毎夜、人垣が、できた。
最初は、五十人。
次は、百人。
ある夜は、二百人。
「歌う少年が来る広場」は、下町の名物に、なった。
そして、私の知名度は、思いがけない速度で、街を走り始めた。
「なあ、知ってるか? 例の歌う少年、最近、新しい曲を持ってきたんだぜ」
「あの、サビが頭から離れねえ奴か?」
「そう、それ。誰が作った曲か、誰も知らねえらしい」
——うん、そりゃ知らないよね。
——前世の韓国アイドル曲だもん。
私は、毎夜、前世のヒット曲を、エトワール王国語に翻訳して、披露した。
PRODUCEシリーズの優勝曲。
推しのソロ曲。
韓国系ガールズグループのキラーチューン。
往年のJ-POP。
無尽蔵に、ストックがあった。
私は、二十八年間、推し活オタクとして、何千曲も、聞いてきた。
そのストックを、ひとつずつ、エトワール王国に、放流した。
そして、稼いだお金で、毎夜、オーレリアンに、ご飯を、運んだ。
二週間で、オーレリアンの頬は、明らかに、ふっくらしてきた。
肌の色も、白すぎるくらいだった陶器肌から、健康的な色味を、取り戻し始めた。
紅い瞳の光も、強くなった。
——よし。
——順調。
そして、十六夜目の夜——
私は、新しいことを、始めた。
「オーレリアン」
私は、いつものように、鉄格子の前に、立って、ご飯を、差し入れた後で、切り出した。
「あなた、今夜から、私と一緒に、ハミング、しよう」
「ハミング?」
「うん。私の歌に合わせて、低く、ハモる。歌詞は、いらない。鼻歌でいい」
「……なぜ」
「あなたの声を、私が、ちゃんと、覚えるため」
私は、にっこり、笑った。
「いつか、あなたを、世に出した時の、デビュー曲を、作るために、私、今のうちに、あなたの声の特性を、研究したいの」
「……」
「お願い。一緒に、歌って」
オーレリアンは、しばらく、考えてから——
頷いた。
そして、私が、鼻歌で、簡単なメロディを、歌い始めると——
彼は、その下に、低く、深い、和音を、添えた。
——ぞくり、と、私の背筋が、震えた。
私の鼻歌は、たぶん、エトワール王国のレベルでも、上の中。
でも、オーレリアンが、低く、ハモると、それは、一気に、神話的な、何かに、なった。
まるで——
凡人の歌に、神様が、伴奏を、つけたかのよう。
「やば」
私は、思わず、日本語で、呟いた。
「やば、やば、やば」
「……どうした」
「オーレリアン、あなた、ヤバい」
「ヤバい、とは」
「すごい、すごすぎる、っていう、意味」
私は、興奮で、震えていた。
「いつか、必ず、あなたの歌を、街の広場で、披露する。その日のために、私、もっと、稼ぐ。もっと、力を、つける」
オーレリアンは、ふっと、微笑んだ。
——微笑んだ!
——今、確かに、微笑んだ!
——尊い……っ!
私の心臓が、悲鳴を上げた。
——大丈夫、リリア。
——倒れるな、リリア。
——お前は、まだ、五歳の幼女、いや、もう少しで六歳だ。
——推しの微笑みで、心臓発作は、起こすな。
私は、必死に、自分を、制御した。
——でも。
——絶対、いつか、この笑顔を、世界中に、見せる。
——絶対。




