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第七話 オーレリアンへの差し入れ

その夜、私は、屋敷に戻る前に、下町の屋台に、寄った。


「おじさん、これと、これと、これ、ください」


買ったのは、温かい肉まん、五個。

焼き鳥、十本。

新鮮な果物、林檎を三つ。

そして、保温の利く、革袋に詰めた、温かいシチュー。


支払いは、銀貨二枚と、銅貨数十枚。


屋台のおじさんは、私を、ぎょっと、した目で、見た。


「坊主、お前、こんなに食えんのか?」


「うん、食べる」


私は、にっこり、笑った。


——食べるのは、私じゃないけど。


私は、買い込んだ食料を、男物の上着の内側に、隠して、貴族街へ、戻った。


塀を越え、奉公人棟を素通りし、隠し通路へ。


「オーレリアン!」


私は、走るように、鉄格子の前に、辿り着いた。


オーレリアンは、いつものように、月明かりの下で、目を閉じて、座っていた。


私の足音に、ゆっくりと、目を、開けた。


「……今夜は、来ないのかと、思った」


「ごめん、ごめん、遅くなった!」


私は、息を、整えながら、上着の下から、肉まんを、ひとつ、取り出した。


そして、鉄格子の隙間から、彼の前に、突き出した。


「食べて」


「……これは」


「肉まん。屋台で、買ってきた。まだ、温かいよ」


オーレリアンの紅い瞳が、揺れた。


「俺は、二日に一度、固いパンしか——」


「だから、今日は、私が、買ってきた」


私は、にっこり、笑った。


「言ったでしょ。私、稼ぐって。今日、稼いだの。だから、今日から、毎晩、私が、ご飯、持ってくる」


「……」


オーレリアンは、しばらく、肉まんを、見つめていた。


長い、長い、沈黙だった。


そして、やがて——


両手は鎖で繋がれているから、彼は、口だけで、肉まんに、近づいた。


私は、鉄格子の隙間から、肉まんを、彼の口元に、差し出した。


オーレリアンが、ひと口、噛んだ。


——食べて、くれた。


私の心臓が、どくん、と、跳ねた。


「……熱い」


「やけど、しないでね」


「……うまい」


「でしょ?」


「……二年ぶりに、まともな飯を、食った気がする」


オーレリアンの紅い瞳が、潤んだ気がした。


ううん。

たぶん、潤んだ。


私は、何も言わず、次の肉まんを、彼に、差し出した。


オーレリアンは、五個全部、食べた。

焼き鳥も、十本、食べた。

林檎も、三つ、丸ごと食べた。

シチューも、革袋から直接、飲んだ。


不死鳥の食欲は、凄まじかった。


食べ終わった彼は、長く、深く、息を、吐いた。


「……身体が、温かい」


「うん。よかった」


「お前」


オーレリアンが、私を、まっすぐに、見た。


「リリア。お前、本当に、稼いだのか」


「うん。稼いだ。これからも、毎晩、稼ぐ」


「どうやって」


「街で、歌った。新しく作った魔石を使って」


「……お前が?」


「うん」


私は、首から下げた、拡声魔石を、見せた。


「これ。私が、職人さんと一緒に、作ったの。今日、初めて使った。そしたら、銀貨七枚、稼げた」


オーレリアンは、信じられないものを見るような目で、私を、見つめた。


そして、ぽつりと、呟いた。


「お前は、本当に、変な、子だな」


「うん。知ってる。何度も、言われた」


私は、にっこり笑った。


「でもね、オーレリアン。私、もっと、変なこと、するよ」


「……何を」


「いつか、絶対、あなたのその鎖、外す。そして、あなたを、世界一、有名な、歌い手に、する」


「世界一……」


「うん。あなたの歌を、エトワール王国だけじゃなくて、世界中の人に、聞かせる。あなたの歌が、世界中の傷ついた人の魂を、癒す。そういう存在に、する」


オーレリアンは、長く、長く、私を、見つめていた。


そして、やがて——


ぽつりと、聞いた。


「お前、なんで、そんなに、必死なんだ?」


私は、しばらく、考えてから、答えた。


「あのね、オーレリアン。私、前世……ごめん、説明が、難しいんだけど、別の世界で、別の人生を、送ったことがあるの」


「……別の、世界」


「うん。その世界で、私、歌の上手な男の子を、応援してたの。彼が、ずっと、誰にも見つけられないで、隅っこで歌ってるのを、見てて、私は、彼が世に出る瞬間を、見るために、生きてた」


「……」


「彼は、最後に、ちゃんと、世に出た。世界一に、なった。その瞬間を、私は、見届けて、死んだ」


オーレリアンの紅い瞳が、また、揺れた。


「だからね、オーレリアン。私、知ってるの。世界の隅っこに、声を、隠してる、本物の歌い手が、ちゃんと、見つけてもらえる、その瞬間の、すごさを」


「……」


「あなたは、世界の隅っこに、隠されてる。誰も、あなたの本物の歌を、聞いていない。でも、私は、聞いた。だから、私が、あなたを、見つける側になる」


私は、鉄格子越しに、彼の頬に、小さな手を、伸ばした。


紅い瞳が、私の指先を、見つめた。


「私が、あなたの、最初の、ファンで、最初の、プロデューサーだから」


オーレリアンは、目を、閉じた。


「リリア」


「うん」


「……今夜は、いつもより、長く、歌ってもいいか」


「うん」


「……お前が、聞いていてくれるなら」


「うん。聞いてる。ずっと、聞いてる」


その夜、地下牢に響いた歌は、これまでで、一番、長かった。

そして、これまでで、一番、温かかった。


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