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窓に映る光景



 教室に入ると同時に始まった、見えない声。耳鳴りに混じった声が“雨観あまみ”を呼んでいた。

 君子は、教室内で、目立ってキョロキョロしたり他人をじろじろ見たり、そんな落ち着きのない行動を取るのは好ましく思わないたちだった。

 だから、カバンを机の上に置いたら、前方の窓辺に背中を向け、何気に教室内へと視線を向けた。まず雨観あまみを探したが、見当たらなかった。

 要は、昨日渡り廊下で見かけた男子生徒を見つけることができれば、その生徒が声の主であるはずなのだが、昨日から何気に教室中見渡しているが、見当たらない。

 何故なのか?

 教室のなかにいるはずの声の主の姿を見つけることのできない不思議。


 君子は小首を傾げ、諦めたように、教壇の目の前の席に着いた。


 声は消えていた。

 ただ、脳が補完する、その声音に聞き覚えがない。

 それに、声が聞こえるということは、悠亮と同じように、その男子生徒も思念伝達ができるということになる。


 だが、ふと君子は思った。

 考えてみたら、悠亮の声が聞こえていたことをこれまでに一度も疑問に思わなかった。子供の頃から耳鳴りに混じっていた声だ。喋れない悠亮が身につけた思念伝達だと真面目に思っていたが、改めて考えると不思議な気がした。

 悠亮の思念伝達を受け取るのはいつも君子だけだった。何故、沙耶香に送れないのだろう。あんなに必死になって悠亮のことを知ろうとしている沙耶香には聞こえない。


 そして、別の人の思念を受け取った。

 だが、それは、悠亮のように君子に向けられた言葉ではなかった。


 独り言を呟いているような言葉ばかりだ。わざわざ君子が受け取る必要のない言葉が一方的に流れ込んでくる。

 この現象はいったい何なのだろうか?

 あの男子生徒の声を聞かなければ、おそらくこんな疑問は抱かなかったはずだ。


 そんなもやもやを感じているうちにあっという間に昼休みになった。


 授業中、聞こえてきた声は、やはり雨観あまみを心配する声ばかりだった。

 君子は、雨観あまみをあまりよく思っていなかった。

 教室中に響き渡る声で、他の生徒を誹謗し追い詰めるようなことばかりしている。そんな雨観あまみを心配している声の主の正体が想像できない。

 雨観あまみがいないせいか、昼休みに入っても、あの嫌な叫び声が聞こえこない。


 だが…。


 耳鳴りと共に、まるで電波を受信するように声を拾う。


 ザザザーーザザー

 何、こいつら?

 何言ってるんだ?

 ウザい

 殴っていいかな?

 ピーピーピーピーっと!

 くそっ!

 何で…雨観あまみ休んでんだよ!

 何とかしろ!


 そして、教室の後ろで固まって騒いでいる男子生徒の声が聞こえる。

 「おい、執事君!パン買って来てよ」

 「執事君、俺の分も頼む」

 「俺は弁当がいい。飲み物も買って来てよ」

 「おい、執事、ぼーぅっとしてないで、メモしろよ!」

 「君は雨観あまみの専属執事と思っていやしないか?あいつ今日はいないんだぜ!」

 「だよな…。あいついつも偉そーにしているけど、お前は皆んなの執事なんだよ。勘違いするなよな」


 君子に男子生徒の不愉快な声が聞こえてきた。


 えっ?

 合ってる。

 現実で聞こえてくる声と、耳鳴りに混じる声のタイミングが合致している。

 だが、すごい違和感を覚える。


 あそこの席に座っている生徒は、理由は分からないが、執事君と呼ばれる、雨観あまみがいつも昼休みに怒鳴っている相手だ。

 昨日、わざわざ隣のクラスから沙耶香がやって来て、雨観あまみから庇おうとした生徒だ。

 教室ではいっさい喋らなくなったという。


 違和感の正体はすぐに分かった。

 君子が受信する言葉と、その席に座っている生徒のイメージがまるで一致しないからだ。

 雨観あまみを心配する言葉。昨日の渡り廊下では、母親のことを心配していた。

 しかも、倉庫街で刑事のような男たちをぶん投げてしまったことをすごく心配していて、それが母親への心配へと繋がっているようなことを言っていた。


 君子の頭の中にクエスチョンマークが無数に踊っている。


 君子は、生徒がたむろしている、窓際の後ろの席に用心深く歩み寄る。その間、制服のスカートのポケットから携帯端末を取り出し、たむろする男子生徒に向けた。


 「そこにたむろしている生徒を全て記録して!」と、君子は携帯端末のAIに言った。

 「漏れなく全て!全員の名前を記録して。そして、この人たちの行動を全部記録するのよ!」

 ー承知いたしました。名前と行動全て記録しました。さて、君子どうしましょう?理事に通報しますか?一人の生徒を取り囲んで、買い物を強要しています。これは虐めと認定されるでしょうー

 「そうね。通報…」と、君子が言うと、男子生徒が一斉に君子を見た。

 その瞬間、君子はドキッとした。僅かな恐怖を覚えた。


 その時、耳鳴りの中に声が聞こえた。

 ザザーザザザーーザ

 えっ?この子…?渡り廊下の異次元から現れた子だ。ザーザザーーシャーー


 「異次元…?」 君子は、囲まれていた男子を見た。


 「あれぇ、咲村さん。いつも俺たちなんか目もくれずに無視しているのに、何だよ突然…?」と、一人の男子がいう。

 「通報して恥をかくのは咲村さんだよ。これは虐めではない。ビジネスだよ。だってそうだろう。なっ、草理くさり君」

 「だよな。草理くさり君は貧乏人なんだ。こうやって僕たちの買い出しを手伝って、手数料を稼いでいる。草理くさり君だって助かっているんだよ」


 ザザーーザー

 び、貧乏人とか言うな!恥ずかしいだろう!ってか、てめぇらから手数料なんか貰ってねぇ…ザザザーーザザザーシャーー


 ーいえ、どう見ても強要です。彼、草理君は、彼らの申し出を受けておりません。一方的に強要されています。今の記録してますので、君子、通報したら虐めは認定されます。いかが致しますか?ー


 「決まってる。何がビジネスだ。ビジネスがなんたるものかも知りもしない青二才どもが…」と、君子は緊張しながら言った。


 「ちょっと待ってよ、咲村さん。突然、この場に現れて、撮影して通報だって、あまりにも乱暴だな。君はいつだって冷静だと思っていたのだが、少しがっかりだな…」と、極めて冷静そうな男が言った。


 「何を上から目線で言っている。誰だ?」 君子は苛立って言った。

 ー君子、この男子は青木龍生君。ゾアシステム検定試験全国18位。明鳳館高校でも優秀な成績を収めておりますー

 「えっと、それなんか関係あるのかな?成績が良ければ、虐め認定を免除してくれるとか?それに、あなたにがっかりされたところで私は、あなたが誰だか知らない。いくらでもがっかりするといい。全国18位とは、また微妙だ」 君子は苦笑した。

 ーこれは君子、下衆いなこと申しました。この場において成績の良し悪しなど、まったくどうでもいいことです。ましてや人間性の良し悪しについてもまったく同様。虐めを行う人間は、くそです!ー


 ザザザーーザーー

 くそっ!面倒くさい。もういい。全員殴る!退学…?クソ喰らえだ!ザザザーーザーーシャーー


 声が聞こえた、その瞬間、君子は草理を振り返って叫んだ。

 「駄目です。私に任せて下さい!」


 ザザザーーーザザーー

 駄目…えっ?って言うか、やっぱ、か、かわいい…ザザザーーザザーーシャーー


 「か…わ…?…えっと、黙って、そこに座っていて下さい」


 ザザザーーザーー黙って?ザザーザーーシャーー


 あっ?も、面倒くさ!と、君子は思った。


 その時だった。教室の巨大な窓越しに煙りがもわっと立ち昇ってビルの隙間から炎が見えたかと思ったら、すぐに巨大な和太鼓を打ち鳴らしたような音が響き渡った。


 生徒たちが一斉に騒ぎだして、窓際に駆け寄った。


 「おやっ、あれは、乃木亜ビルの方だ。しかし、角度が少しずれているから、研究棟だ。あれっ、研究棟と言えば、咲村さんの親御さんが勤めているところだったかな?まるで爆破されたようだが、咲村さん大丈夫かな?」まるで先程の仕返しをしているように青木龍生がかすかな含み笑いを浮かべて、冷酷に言った。

 その時、草理が君子の腕を掴んだ。

 「てめぇ、その腐った口を一生閉ざしてやろうか」

 極めて冷淡に草理が言うと、ヒェーと、青木龍生が咄嗟に尻餅つきそうなほど後退りした。


 そして、草理は、腕を引っ張って君子を教室から出した。


 突然の出来事に君子はぼーうっとしていたが、草理の声が耳に焼き付いた。

 リアルで初めて聞く草理の声だった。その勇ましさにただ驚いた。


 ー君子、聞こえますか?今研究棟のAIと共有しました。君子の『お父様』は、スケジュール・ブロックに設定していましたので、研究棟に『お父様』のナビゲーションログは存在しませんでした。安心して下さいー


 「えっ?やっぱり今の爆発は研究棟だったの?」

 ーはい。しかし、被害は最小限にとどまっています。人的被害はありませんので、安心して下さい。そのまま学校にいても問題ありません。学校の方針に従って下さいー


 だが、君子は不安だった。麗香は大丈夫なのか?悠亮の父親やきょうは?顔を見るまでは安心できない。


 君子は、草理に引っ張られるまま、廊下を歩きながら、AIの報告を聞いていた。

 前を歩く草理は何故だか、メガネ型デバイスをつけていた。そして、食堂側へと進んでいる。

 「待って…」君子は、草理に言った。

 だが、草理は、メガネ型デバイスで何かを操作しているのか、君子の声は届かなかった。


 この人、本当に沙耶香が言うように、クラスで虐められていたのだろうか?

 まったく、草理という人が見えない。


 君子は、草理の腕を引っ張った。

 草理が立ち止まった。

 「えっ?どうしたの?俺、乃木亜の近道知っている。心配なんだろう?」と、草理が言った。

 「うん、今、AIが大丈夫だと教えてくれた。それに父は、休暇を取っているから、今は研究棟にいない。あの…、心配してくれたんですか?」と、君子は言った。

 「いやいや、勿論だよ。心配に決まっているだろう。俺があんただったら、もう見境なくぶっ飛んで向かっているよ…」と、草理が言った。


 ああ、やっぱりだ。こんな話し方だったよね。私の中に入って来た時も。


 「AIが慌てなくていいって。学校の指示に従えって…」と、君子は言った。

 「そんなかったるいこと言うな!不安だろ。俺が近道教えてやるから、今日はもう帰れよ。俺もついでに帰ることにしたから…」と、草理が言う。

 「ついでにって?でも、お礼を言う。咄嗟に私の父のことを心配してくれて…」

 「当たり前だ。心配しない方がおかしい」

 「でも、あなた、私のこと知らなかったのでしょう。見ず知らずの人にこんなことできるなんて、あなたすっごくいい人だ」

 「いい人と言うな。いい人って男にとってただの馬鹿扱いに等しい言葉だから」

 「あーーーでも、バカっぽいです。ごめんなさい」と、君子が言うと、草理は何も言い返さなかった。


 あっ。調子に乗った。

 余計なことを言わなければ良かった。と、君子も黙った。


 会話が止まると、君子は唐突に思い出した。

 あっ!これ、悠亮の予言だ。


 そして、草理の声が聞こえてきた。


 ザザーザーー

 バカっぽいって言われたぁぁぁ…!!ザザザーーザーーシャーーー


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