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やかましい声



 朝の倉庫街は、驚くほど人がいなかった。静まり返った街に響くスケートボードのシャーーという音が空まで響いていた。

 仲介屋から送られてきたカメラ型デバイスには、倉庫街の監視カメラの位置が記されたマップが、楓の動きに合わせて移動するから、分かりづらい場所に設置された監視カメラですら、すぐに見つけることができた。


 暫く同じような動きを繰り返していた楓は、ふと、人の話し声に気がついた。朝の静けさのせいで一人ひとりの声が響きわたり、近くにいるのか、遠くなのか、その感覚がよく分からなかった。

 何人いるのだろうか?

 やけに賑やかだ。五、六名ほどが無作為に喋っている感じだ。

 その時、カメラ型デバイスから、ニュースで近所の人がインタビューを受けているような加工音声が聞こえてきた。


 ー楓君、前方に三人男がいる。もしかしたら、君に危害を加えるかもしれない。でも、手を出したらダメだ。後から厄介なことになるかもしれない。用心してー

 加工音声が言った。

 三人?

 「えっ?逃げた方がいい?」と、楓が言っているうちに、倉庫の影から顔を出した男に見つかった。

 「あっ、見つかった」と、楓が言っていると、倉庫の影から飛び出して来た男が、凄まじい速さで駆け寄って来る。

 楓は、フリーズした。

 何だ?

 続けて二人目も三人目も倉庫の影から飛び出してきた。

 「そいつを取り押えろ!」と、二人目の男が叫んだ。

 「と、取り押える?」と、楓が鸚鵡返しに呟いた時には、男の片手が楓の肩を掴みかけていた。咄嗟に楓は、逆にその手を掴み、男の勢いに任せて投げ飛ばした。

 「あっ!?」

 ーどうした?ーと、加工音声が言った。

 「投げ飛ばした」

 ーばぁか。逃げろ!ー

 「おぅ!」と、踵を返したところで二人目の男に背中の衣服を掴まれた。やはり楓は衝動的に反応してしまい、勢いよく振り返り男の腕を掴んで、また投げ飛ばしてしまった。

 「あぁぁあ…」

 ー今度はどうした?ー

 「二人目も投げた」

 ー何してるんだ。いいから逃げろー

 「いや、こいつら犯人だろう?」と、楓が言った。

 ー犯人って何だ?ー

 「こいつらなんだろう?カメラぶっ壊したのは?」

 ー何言ってるんだ?ー

 その時、三人目の男が楓の前に立ちはだかった。

 三人目の男は少し不気味だった。三人のなかで一番若い。そして、鋭い眼光を放っていた。

 こいつ…。強いな。と、楓は思った。

 「犯人とはどう言う意味だ?」と、男が言った。

 男は、投げ飛ばされた男たちが起きあがろうとするのを、軽く手のひらで合図をして、阻止した。

 「お前はここで何をしていた」男が尋ねた。

 「えっと、スケボー」

 「こんな朝早くにか?お前、高校生だろう。その制服見覚えがあるな。明鳳館めいほうかん高校か?えっ?名門じゃないか?そんな生徒がこんなところで他人に暴力か?」

 「いや、そっちが先に手を出した」と、楓の視線がくうを泳いだ。

 「いや、手は出していないな。お前が先に彼の腕を掴んだのをわたしははっきりこの目で見たが…」男が言う。

 「いやいやいや、凄い勢いでこっちに向かって来たら、普通殴られると思うでしょ」と、楓は主張した。

 「それはお前の勝手な想像だ。お前の想像でいちいち投げ飛ばされていたら、周囲の者はたまったものではないな。それで…、お前は学校から距離もあるこんなところでいったい、何をしている?スケボーなどの誤魔化しは、このわたしには通用しないが…」と、男が詰め寄ってきた。

 「えっと…お前、俺のことお前と言うな!」と、言うと楓は、素早く逃げた。道路に転がっていたスケートボードに飛び乗り、超速で移動した。

 一人目の男が起き上がり、素早く追いかけようとするのを三人目の男が止めた。

 「放っておけ。高校も分かっている。慌てるこたぁない」と、男は言った。


 超速スケートボードは、あっという間に男たちとの距離を離した。見る見るうちに男たちの姿が豆粒のようになった。

 「おい、なんだあいつら、冷静に考えたら、犯人とも言い難い。犯人だったら、あんな勢いで肩など掴もうとしない。絶対飛び蹴り入れて来る。それに、取り押えろ…って言ってた。あれはもしかして刑事…ではないのか?」と、楓は、加工音声に尋ねた。「…、て言うか、お前は誰だ?仲介屋か?」

 ー1度に何個も聞くなよ。まず君が言っている犯人というのが、何の事件についての犯人を指しているのか、わたしには分からない。それからわたしの推測では、三人の男が刑事だという確率は75パーセント。刑事の可能性は高い。だからと言って君が何らかの事件の犯人が飛び蹴りを入れてくるという根拠がない。だから絶対とは言えない。最後の質問だ。わたしは君が言うところの仲介屋が、君のために設定したAIだ。わたしは、君に依頼した仲介屋の仕事をスムーズに押し計るためにサポートするのが主な役目だ。他に何か聞きたいことがあるか?ー

 「へぇーお前AIなのか。何でそんな馬鹿っぽい、ニュースに出てくる犯人の同級生だったやつにモザイク掛けられた、目立ちたがり家のインタビューの時のような加工された音声なんだ?」

 ー君が馬鹿っぽいな。気に入らないなら、変えるさ。そしてわたしをお前と言うなー と、AIは途中で音声を変えた。

 今度は、同級生にありがちな声だった。

 「生意気なAIだな」と、楓は言った。

 ー君の方が生意気だー

 「えぇぇぇ、何だ?まったく、最近のAIときたら…それであの刑事が俺を探しに…そうだ、学校がバレたが、探しに来るだろうか?」

 ーあれが刑事だとしたら、部署にもよるな。まぁ、せいぜい40パーセントだ。知らんけどー

 「本当にAIかよ!」 

 ーわたしはAIであってAIではない。君が言うAIと言う定義がわたしをAIたらしめているのだったらわたしはAI。ただ、それだけのことだ。それは君がわたしをどう思い、どう見るか、それにつきる。それはわたしのことだけではなく、周囲のすべてのものに言える…。


 AIの話は暫くずっと続いた。楓は、途中から聞いていなかった。

 遅刻する…。

 楓は、静かな朝の、透き通った風を切って次第に人が溢れる、馬鹿でかい乃木亜の本社ビルが見える、不快な喧騒の中へと入っていく。その頃には楓は人には見えない鎧を身にまとい貝のように口を閉ざし始めた。



 それは、教室に入った時から始まり、ずっと続いていた。

 激しい頭痛と、ボリュームを上げまくった耳鳴り…のなかに混じる、とりとめのない声。誰の声かさっぱり分からない。ただ、悠亮ゆうすけ以外の声が耳鳴りのなかに混じるのは初めてのことだった。

 君子の席は、一番前だ。その為に何度も後ろを振り返り、声の主を探した。しかし、耳鳴りの合間に聞こえる言葉の声を識別するのは結構至難の技だ。集中すると、耳鳴りで頭痛がしてくる。

 それに一番後ろの席を見ると、ひどく不愉快になる。

 中央の一番後ろの席の雨観あまみがいつも、窓際の男子を虐めているからだ。

 雨観あまみがいつも窓際の男子のことを執事と呼んでいるから、クラス中が皆、彼のことを執事と呼んでいた。

 だから、君子は、彼の名を知らない。君子は、そんな虐めが見え隠れしているクラスには興味がない。だから、クラスメートの名はほとんど知らないし、知ろうとも思わなかった。

 だが雨観の名は知っていた。

 クラスに虐めを根付かせた、乃木亜の社員の息子だ。

 執事君は、おそらく昔からこの街に住んでいた子。乃木亜本社が移って来た頃に新設された私立高校、明鳳館めいほうかんは、すでに名門と持て囃されているが、そんな高校に入学したのだから、執事君は、そこそこの家柄で優秀な子には違いないのだ。だが、そこに待っていたのは、虐められる地獄。

 君子は、そんなクラスのなかでひとり孤立していた。あえて、そうしていた。だが、決して惨めな立ち位置ではなかった。


 耳鳴りと、思念伝達に悩まされたまま、昼休みに入ると、何故か、君子の席の前に、隣りのクラスの乃儀沙耶香が立っていた。

 後ろを振り返って、教室を見渡していた君子が、ふと前を向き直った時にどアップで視界に入ってきた沙耶香に驚いて、「ヒェー」と、声を上げてしまった。


 「何よ。バッカじゃない!」と、沙耶香が言った。

 「いやいや、驚くでしょうが?何か用…」

 「あなたに用はない。ただ、いつもいつも、廊下を歩いている時にあの男の叫び声が聞こえてくる。人を蔑むあの声がひどく不快で、聞くところによると、あの男の親は乃木亜の社員と聞いた…」

 「いや、あんたが言うんか?」と、君子は言った。いつもいつも、マウント取ってくるあんたが…!と、心のなかで続けた。

 「本当、不愉快だわ」

 「だから何なの?あんたには、関係ないことじゃないの?」

 「関係ない?馬鹿言わないで。あなたは、そうやっていつも自分には関係ないといった顔をして、冷静にしているけれど、でも、いつも悠亮君には親切でしょう。あんな子がいるから悠亮君が高校に行けないのよ」と、沙耶香が雨観を睨んでいる。

 「えっと、何をするつもり?」

 「ぶん殴ってやるわよ」

 「いやいや、待ちなさいよ。悠亮が高校に行かないのは虐められたからではないでしょう。ちゃんとAIの教育システムで今の学校教育よりももっと優秀な授業を受けている。学校だけが全てではないでしょう」

 「違うわ。悠亮君は、中学二年から学校に来なくなった。喋れないから虐められたのよ。あなた気づかなかった?まぁ、クラス違ったからね。あなたは見えないものを見ようとしないものね。あの地下四階の悠亮君が全てだと思っているんじゃないの?」

 「いや、待ちなさいよ。殴っちゃ駄目。あんたが殴ったら問題になる」

 「ならないわよ。私は乃木亜の社長の孫。学校では秘密にしているけど、理事長と校長は知っている。あの二人が問題にするわけないでしょう」

 「馬鹿じゃない。あんたがどうなろうと知ったことではない。問題になるのは地下四階のことを言ってる。言いたくないけど、高校になってもあそこがまだ運営されているのは、あんたがいるからだと分かっているからよ。失いたくない…」

 沙耶香は暫く黙った。

 「今日は、やめておくわ。でも、悠亮君を虐めていた男…あなたには言っておくけど、あの男よ…」

 「えっ」 君子は何も言えなくなった。

 「私、ちゃんと調べたわよ。あの男は雨観という子で父親は乃木亜のメディア事業部にいる。そして、あの子に虐められている子は、草理君。母子家庭だって。執事君って呼ばれているらしいわね。こんなことが許せるわけがない。草理君クラスでは一言も喋らないらしいわね。さっき、雨観に命令されて、パン買いに行ったけど、悠亮君みたいにならないといいけど…」

 そう言うと、沙耶香は教室を出て行った。

 君子は、沙耶香の言葉に驚いて、呆然とした。悠亮のことを自分が一番知っていると思っていたが、沙耶香の言ったことは何も知らなかった。

 そして、中学二年生の時、沙耶香が突然地下四階にやって来た理由がはっきりと分かった。


 沙耶香は悠亮の為に来たのだ。

 沙耶香の、そんな素直な行動に、君子は圧倒されていた。


 そして、耳鳴りのなかの声が消えていることに気づかなかった。



2026/4/17 瑞明館という高校名はすでに別の小説に存在するとのことで、別の高校名に修正しました。ご了承下さい。

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