崩壊
ひどく慌て始めていたゲームマスターの動作がやがて止まった。中の人が慌てているのだろうと、想像できる。
ぽつりと取り残された、口がやけに鋭いシャークが徒に空間をただ旋回していた。その下では、生徒たちが単純な動きをただ繰り返しているだけだった。
そして、前方のボードには動画が映った。よく見ると、そこには雨観の姿と思われる男が映っていた。
草理と、君子がすぐに雨観に気づいた。
—雨観君だね。おそらく乃木亜研究棟爆破事件の前日。雨観君が三人の生徒と歩いている。先程ゲームマスターに脅された三人だな。雨観君が三人を従えているように見えるが、もうひとつの映像がアップされていて、そこには黒いワンボックスカーが待機している。そこへ雨観君と三人は向かっているが、雨観君はなんと言われてそこへ向かっているんだろうね。やがて雨観君がワンボックスカーに近づくと、ワンボックスカーから男が二人出て来て、あっという間に雨観君は拉致された。この周辺の防犯カメラの映像は全て取得しているから—
コータローが草理に言った。
三人の先頭を歩いている雨観を、ワンボックスカーから降りてきた男がいきなり顔を殴り、もう一人の男が黒い布袋を顔に被せている光景をじっと見つめていた草理は、どうしようもない怒りを覚えた。その後も雨観は何度も殴られたり、蹴られたりしてぐったりした後、男たちに乱暴にワンボックスカーの中に放り込まれた。
その映像を見ると、草理はメガネを外した。
怒りでじっとしていられなかったのだ。
「なんだ。どういうことだ。なんで、爆破の前日に拉致されているんだ?レインマン…だと…?なんだあのクソみたいなゲームは?レインマンとプロスピアって、なんだ…」
草理は、混乱する頭で思いつくまま、関連性のありそうなことを思い浮かべ、やがてひとつひとつ整理すると、共通しているホッパーの紙袋のことがやけに気になった。
草理が徒に歩かされたことと、雨観が爆弾を乃木亜研究棟に置いた犯人にされたことは、なんか共通している感じがして、同じ人間の仕業ではないかと感じた。
しかし、レインマンとプロスピアと名乗る者は、どこか違う感覚があった。
レインマンは、他人に命令を与える支配欲のある我儘な人間だ。冷酷で計算高く他人を信用しない。一方プロスピアは、指示書を出さずに提案書を出した。そのことからも、仲間に依存し、選択を他人に委ねるような人間に感じる。そのくせ、冷酷なのはレインマンと同じだ。
そう考えると、同じ人間の仕業というより、同じグループ…?組織?
レインマン…?
草理は、ふと先程、ホッパーのカウンターで隣で騒いでいた男たちの話しを思い出していた。東大橋の傍で取り押さえられた男の話しの中に出ていた名前…時雨谷…。
レインマン…時雨…時雨谷…?
そして、草理は、部屋を出て、ダイニングルームへと向かった。
パートから帰って来ていた母が疲れたのか、テーブルに顔を伏せて眠っていた。今夜は、ばたばたと家に戻ってきて、ゲーム内に入った草理は、まだ夕飯を作っていなかった。
「母さん、夕飯作るから。そんなとこで寝ないで着替えてきなよ」と、草理が言った。
しかし、母は起きなかった。
草理は仕方なく、置き手紙を書いて、部屋を出た。
『ハンバーガー買ってくるから、起きたら着替えて待ってて』
置き手紙にはそう書いた。だからそんなに時間はなかった。
部屋を出ると、スマートグラスをして、コータローに話しかけた。
「ホッパーに行ってみる。さっき、カウンターで騒いでいた男たちを覚えいる?やつらの会話…。東大橋の傍で取り押さえられて死んだ男の話しを聞いていた方の男。あいつだ。きっと、俺が徒に歩かされたことと、そして雨観が爆破事件の犯人にされたことに関係があるのは、詰め寄られていた男だ。やつを探す」
—いや、楓君、駄目だ。おそらくやつらも、あれだけ晒されているのだからゲームを見ているだろう。こんな時間帯にホッパーに行っても、もういないよ—
「そんなこと分かっている。しかし、じっとしていられないだろう。部屋にいたらおかしくなりそうだ。壁とか壊しそうだ。で、ゲームマスターはまだ動かないのか?」
—今頃慌てふためいて一気に押し寄せてきたユーザーを締め出すために、対応しているのだろう。しかし、404を剥がしたのは、君子のAIだから、そんなに簡単ではないだろうな。一応、まだ楓君のアバターの視界で見れるから、それはグラスの隅に置いておく。とにかくメガネは外すなよ—
「また呼び捨てか。その使い分けやめろよ」と、草理が呟く。
一方、ゲーム内ではゲームマスターが全てを諦めて、戻ってきた。
「お前たち何をした?僕のゲームに何をした?」と、ゲームマスターがヤケクソに叫び散らしている。「くそッ!メガマウス、もう、皆んな晒してしまえ!」
「あれっ?2秒ではなかったの?わたしは先程からずっと待っているんだけど?ふっ、つまらないやつだ。メガマウスはわたしの友人がすでに特定している。遊びではない。国の機関がもう動いている。そいつの自宅に捜査員が行くだろう。尻尾を巻いて逃げ出すなら今のうちだ」と、AIのアバター、君子の母が苦笑した。
その言葉に、口がやたら鋭いシャークが焦っているのか、身体をくねくねしながら、狭い空間をくるくる回っている。が、突然、ボム!と瞬時に姿を消した。
「あらっ、逃げた。本当、つまらないやつね。戦う気概もない。しかし、わたしの敵は、それではないから、どうでもいいけど、でも捕まるのは時間の問題でしょうね。お前は良い事をしたのかもしれない。システムを人質に身代金を要求したふざけたやつをわざわざここまで連れて来てくれたのだから…。これまで姿すら見せなかったメガマウスをここまで連れて来たお前の人脈は素晴らしい…かもしれないけど、でも、果たしてそうかな?メガマウスは、お前の直接の人脈ではない。誰かが送り込んでくれたのでしょう?」と、AIのアバター、君子の母がゲームマスターに微笑した。
ゲームマスターが次第に壊れていく。視線が定まらず、くねくねと奇妙な行動を取っている。
その間、スーツ姿のイケメンが、事の成り行きを見ながら、いちいちポーズを取っている。
「ほーぅ!ゲームマスター。遂にこのゲームがベストスリー内に入りましたよ。プレイヤーとサポーターの数ではなく、観客だけでベストスリー内に入ったのは、珍しいケースだ」と、イケメンが大笑いする。「しかも、SNSでかなり晒されていて、困ったものだ。さーて、メガマウスも登場してしまっし、わたしも『Gキッズプロジ』の運営として、通報するとしましょうか」
「運営?」と、ゲームマスターが驚いて、呆然と立ちすくむ。
「あらっ、あなた運営だったの。これは申し訳ないことをしました。『Gキッズプロジ』は大丈夫ですか?残念なことにレインマンとプロスピアなる者の特定ができなかった。こいつらは悪質な犯罪者だ。必ず暴いてみせます。あなたの責任ではない。悪質な犯罪者に利用されたに過ぎない」
「今の状況で大丈夫とは言い難いし、犯罪者に利用されたなどと、そんな不名誉なことはない。こんな悪質なゲームを野放しにしていたわたしの責任です。ゲーム内でもちょっと話題になっていましてね。404not foundのゲームが下位とはいえ、ずっとランキングに載っているのは運営の怠慢ではないかと。しかし、システム上そんなことはあり得ないし、何らかのバグが起こっているものと思い、そちらを調べていたのですが…。まぁ、AIに任せていたのですが、バグは起こっていないと言う。正直、AIは早いうちから404がダミーだと指摘していました。しかしわたしは多忙なので、優先順位が低かったんです。ああ、こうも晒されてしまうなどと、それこそわたしの怠慢だと認めるしかないです。おそらくそれは日常の違和感だったに違いない。そんな違和感にわたしは鈍感になってしまった。観念しますよ。捜査の協力は惜しみません。だが、きっとあなたたちがいなかったら、わたしは、こいつらに出し抜かれていたでしょうね。どんな結果になっているか、考えたら少しゾッとしますね。……どうやらあなたの言ったことはうそではなかったようだ。本当に国の機関が関わっているのですね。わたしも呼ばれたようです。わたしはこれで失礼します」
そう言うと、運営のイケメンアバターがシャーと消えていった。
「国の機関…?えっ、まさか。こんな子供が作るサイトに国の機関が…?」
ゲームマスターが怯えているのか、くねくねと、奇妙な動きをしていた。
「子供が作るサイトではない。知らなかったのね。ここは文部省も推奨する優良サイト。ここにゲームをアップしている子供は優秀なのよ。そのサイトをお前は潰そうとしている。本当許されないことをした」と、AIのアバター、君子の母が言った。
「文部省…?国の機関…?もう駄目だ。もうここは全て跡形もなく壊す…」ゲームマスターの声がわなわなと震えながら言った。
その時、突然草理が言った。
「なんだ、お前、随分と臆病なやつだな!ひとりでは何も出来ない。あのクラスには、お前のような臆病者が何人もいた。お前、このゲームを使って仕返しでもするつもりだったのか?随分気分が良かっただろうな。お前このゲームを作るために誰かに相談しただろう。所詮臆病者はいつも利用されるだけなんだよ。お前はタチの悪いそいつに利用された。何一つお前の力ではない。自分の力とでも勘違いしていたのだろう。哀れなやつだな」
その声に驚いたゲームマスターがおどおどと辺りを見回した。
「まさか…」
「こっちだ!」と、草理が叫ぶ。
草理のアバターの方を恐る恐る見たゲームマスターの顔が硬直した。
「く、草理君…あっ…」
「草理君…?やっぱりお前はクラスのやつか?」と、草理は言った。
「最初は楽しかった。僕以外にも、何人かゲームに参加して、上から見ている魂ある者として、指示書を出していた。最初は子供の遊びだった。ただ、鬱憤をはらしていただけだった。だけど、指示書通りに実行する者がいたんだ。それを実行しているやつが誰か僕らにも分からなかった。そして、ゲームは僕らにも分からない何か…見えない力によってどんどん動き出していった。もう、僕らにも止められなかった…だけど、僕らは調子に乗ってしまった…。ごめん…。ごめん…草理君」
ゲームマスターが声を上げて泣き出したが、アバターの動きはぴたりと止まった。
—楓君。そのくらいでいいだろう。もう、喋らない方がいい。このゲーム、かなりネットで実況されているから、楓君が晒されることになる—と、コータローが言った。—まぁ、でも明鳳館高校はもうすでに特定されているかぁ。実際の楓君がアバターの中にいるとは誰も思っていないだろうけど…。ゲームマスターの正体は分かったけど、聞くかい—
「いや、いい。そいつには興味ない。だけど、そいつを利用したやつは、絶対探してやる!」
草理は、凄いスピードで、ホッパーのハンバーガーショップへと向かっていた。視界には、前方に広がる街のイルミネーションと、ゲーム内にいるアバターの視界が重なっている。しかし、ゲーム内の光景は遠くに見えて、実際の風景を遮ることはなかった。




