身近な因果
君子や草理のクラスを模倣し、実際の人物をアバターにして、それを操るユーザーは、制作者から招待された人物だ。招待された人物は、神のような高次元の存在を体感でき、高揚感を味わう代わりにポイントを投じる。はまってしまうと、ある意味中毒性を伴う。
だが、ここまで中毒性を伴ってしまうのなら、招待されたユーザーは、このゲームの本当の趣旨を理解している可能性が高い。
常にその場にいる者はある程度限られた人物、現実のアバターの存在を知っている人物であることが考えられる。
だからこそ、純粋な高揚感が生まれるのだろう。
君子のAIは、最初の段階で、ゲームを探すためのワードを絞り込み、まずネットを彷徨いながら、ひとつひとつファイルを覗いてコード内の当該ゲームの認証コードを推測し、検索した。一見膨大な作業に思われるが、君子のAIにかかれば、瞬時に終わる。だから早い段階ですでに当該ゲームを探し当てていた。だが、君子のAIは、人間が持つようなものとは違う、 AI独自の先入観に遮断され、そのゲームをスルーしてしまったのだ。しかし、君子のAIは、作業を続けている途中で、ふと、先入観という非効率で無意味な隙間を排除した。
当該ゲームは、小学生が制作したゲームを集めたマンモスサイト『Gキッズプロジ』の中に存在していたのだ。コアユーザーは、小学生低学年から中学生だ。高校生や大人はそのサイトには入らないといった先入観が、AIのなかにあらかじめ刷り込まれていた。だが、改めてSNSでそのサイトの評価を見てみると、AIと共に制作している小学生のゲームのクオリティは高く、かなりの高評価を得ている。中でも幾人かの恐るべき小学生が存在し、すでにスター並みの人気を博していた。
一般的に語られている『Gキッズプロジ』のコアユーザーは、社会に与える影響を加味したサイトの広告の文言にすぎず、そのキャッチコピーは、社会の認識の中に深く定着していた。君子のAIと同じように刷り込まれていたのだ。しかし、実際は子供から大人まで幅広いユーザーを獲得していた。
小学生が制作したゲームはシナリオや技術面、グラフィック制作にしても、ピンからキリまでアップされて、その数は膨大だ。しかし、その中でも優秀なゲームがランキング上位百位まで画像と共に、ゲームの概略が動画やホログラムで紹介されていた。残りのゲームはタイトルの文字のみの紹介だった。
当該ゲームは文字の中に隠れていた。招待制だからたいしてユーザー数も増えない。だいたいランキングの順位も移動しないで、下位にとどまっている。しかし間違えてライトユーザーがゲーム内に紛れ込んでくるのを避けるために、文字情報から中に入ろうとした時には、404not foundが表示されるようになっていた。カモフラージュだ。404に偽装された悪質な隠れギミックが仕込まれているなど誰にも分からない。
そして、招待されたユーザーは、手順通り、すんなりゲーム内に入ってくる。
「えっ、それで…?君子君のAIは何もかもすっ飛ばして、ゲームに入ることが出来るのか?」と、驍が言った。
驍の部屋には、『Gキッズプロジ』内から当該ゲームの404not foundを流れるように通り過ぎた、君子や草理、雨観の教室の風景がホロ・プロジェクターによって映し出されていた。
アバターはアニメでそれぞれの生徒がそっくりのキャラに描かれいた。君子は、わりと上品に整っていた。草理は、思いの外端正な顔立ちの割に心なし野生的だ。そのバランスが絶妙だった。雨観は、何故か金髪に改変され、若干軽さが見える。
「何、これ。まるで学園ものの恋愛アニメだ」と、君子が苦笑する。
「ふっ!名門学園大パニックって言うタイトルだ。まぁ、それなりだな」と、驍が真面目に言う。
「草理君はメガネで見ているのでしょう。見えてる?」と、君子が尋ねる。
「おおぅ、まるでその場にいるようだ…」と、草理が感動している。
「えっと、そっちじゃない。ゲームを見て」 君子には草理がグラスの機能の臨場感に感動しているのがよく分かる。そんな天然さが、何故か最近くせになりそうだ。「野生児なの…?」
—これは現在のゲーム内の教室です。今はユーザーは誰も来ていない様子。さて、わたしもアバターで教室に行ってみます—
「わっ、ずるい。私も行きたい」と、君子が拗ねる。
—了解です。でしたらせっかく君子や草理君のアバターがいることだし、そこに入ってみましょう—
「えっ?俺は…」と、咄嗟に驍が言った。
—前から思っていましたけど、驍君、あなた子供ですよね。おそらくわたしがアバターとして、教室内に入ったら、教室が動き出します。教室が動き出すと、誰かが来ます。きっと…。驍君は、暫くそこで俯瞰してて下さい。誰かユーザーが入って来た時には、わたしか、コータローさんが驍君に発言権を行使します—
「あなたって本当に何でも出来るんですよね。もしかしたら、こんなゲーム、赤子の手を捻るくらい簡単に破壊できるのではありませんか?」
—当然です。わたしだけではなく、おそらくコータローさんにもその程度のものです。このゲームはそんなに難しいものではありません。問題は、ここに集まった人の悪意の方です。悪意はゲームではありませんから—
「なるほど…、あなたはもしかして、全員特定するつもりですか?」
—驍君、それをわたしにさせるつもりですか?あなたの厚労省のAIは本当役立たずですね。あなたのAIだったら瞬時に特定できるのでしょう—
「確かにそうなんだけど、俺は今回、こうした調査報告をひとつも上に上げていないからな。結構面倒くさいんだよ。自分の管轄ではないものに踏み込むのは…」
—そうとは言い切れない。驍君がこのゲームを検挙した経緯はわたしが適当に考えます。例えば、雨観君が、本当に新薬を使用させられたとしたら、君子の言う通り、ここは身近な因果と思いませんか?—
「なるほど、全ては繋がっている。ひとつひとつのパーツを見ていても本質が見えないってことだな」
「うーん?私もまったく見えてこないのだけど…」と、君子が言う。
「だったら、この前、東大橋を渡ったところで取り押さえられた薬中の男が死んだことって、何か関係ない?」と、突然、草理が言った。
「えっ?」と、驍が反応する。
—それは、もっと以前の事件ですね。5月…、篠塚竜二、19歳。ドラックの取引現場とされる公園から逃走し、東大橋を渡ったところで捜査員に取り押さえられ、圧死したと当日報道された為に、捜査員がSNSで炎上した事件ですね。しかし、死因は誤報だった。死因は薬物によるものと、後日訂正されましたが、炎上は止まらなかった—
「なんで、また…?」と、驍が言う。
「うーん?多分、新薬とか言うから咄嗟に思いついたまま言ったんでしょう…?」君子が苦笑する。
「あっ、ごめん。考えなしに言った。さっき、ホッパーで傍にいた、すごい悪そうなやつらが、その話しで騒いでいたから、つい…。あっ、もう喋らないんで…」と、草理が心なししょんぼりする。
「えっ、でも…さっき、憩の広場で…」と、君子が考える。
—ええ、君子、わたしにも聞こえてきました。確か、雨観君を追いかけていた男だから、刑事か何かですね。ニュースの捜査員と関係あるかもしれませんね。雨観君を誰かと間違えていた…—
「うん、ニュースの男だ。篠塚…!と、叫んでいた。でも、あの時、あの人、扁桃体を指向性のある超音波とか電磁波に攻撃されていたから…。錯乱していた可能性あるけど…」と、君子がAIの言葉を引き取って言った。
草理の話しはやけに盛り上がった。だが、草理は、雨観の爆弾事件と、最も共通していたホッパーの袋のことは言えなかった。その事件の同時刻に偽のメッセージによって、草理がホッパーの袋を持って徒に歩かされていたことは、君子には知られたくなかった。
—さてと、どうやらコータローさんが準備を整えてくれたようです。もしかして、今の草理君の話し、まんざら馬鹿にした話しでないかもしれません。先入観を捨てて…行きますよ。君子、携帯端末の付属のゴーグルは持って来ていますか?アバターに移った時、ゴーグルがアバターの視界になります。草理君は、そのままメガネがアバターの視界に移行します。アバターに移ったら、暫く黙って様子を見てて下さい。騒がず、慎重に行動して下さい—
「オッケー」と、君子が返事する。
草理は、おどおどしていた。
「何、えっ、どうなるんだ?まったく想像できない…」
視界に、いつも通っている教室が映し出された。なんの違和感もない教室だった。こんなにも現実の世界をすっかりコピーできるものなのだろうか?
君子は、ゆっくりと後ろを振り返って、草理を見た。
草理が小さく手を振った。
なんか可愛いと、思った君子は、ゴーグルの下の頬を赤らめた。
その時、教室の後ろに、一人の大人の女がホログラムに映し出されたようにノイズと共に現れた。すぐにノイズが消えると、黒いスーツ姿の、頭の良さそうな綺麗な女性が教室を見渡していた。
—わたしです—
君子と草理の脳裏で君子のAIの声が響いた。
「えっ、って言うか、あれって…。ママ?」と、君子は小声で呟いた。
AIのアバターは、写真でしか知らない母の姿だ。実際には会ったことのない母の姿がアニメとなって登場した。アニメでなければ良かったのに。と、ふと君子は思った。
—君子、申し訳ありません。わたしのアバターは、あの人しか考えられなかった。咄嗟のことでしたから—
「ママを知っているの?」
—わたしの真の主人です。君子、このことはいずれお話しします。今は目の前のことに集中して下さい。まだゲーム内には誰もいません。すぐに異常を察してゲームマスターか運営が来るでしょう。まぁ、招待したユーザーもさして多くない狭小なゲームですから運営などとたいそうなものはいないかも知れませんが、その前に、爆弾事件の少し前のログから雨観君が容疑者となるまでを表示します—
「おおぅ、咲村さんのAI、こんなふうにコータローと話せますか?」と、突然草理が話に入ってきた。
—なんだ?楓君。話せるけど、今は君子様のAIがマスターだ。わたしに話しかけないで下さい—と、AIコータローが言う。
「何がマスターだ。本当、お前と言うやつは。君子様…?AIに裏表があるなんて聞いたことがないぞ」と、草理が言う。
その時、ぷっと君子が吹き出した。草理とコータローのやり取りは君子にも聞こえている。
—何か用ですか?用がなければ君子様のAIに従って下さい。ただでさえ、楓君の馬鹿がどんどん君子様にばれていますけど…—
「えっ?うそ…。ばれているの?あっ、いや、馬鹿だから仕方ないけど、できたらばれてほしくないんだけど…いや、そんなことどうでもいいだろう!ログが見れるのなら、あの日のログも見たい。偽のメッセージについて俺には何も思い当たることがない。コータローも咲村さんのAIのように出来るのか?」
—分かったよ。楓君がこだわっていないのなら、君子様のAIと共有するから—
「共有って、のんびりだな。ゲームマスターとかが来るかも知れないんだろう?その前に見たいんだが、だからコータローがしろよ」
—楓君分かっていませんよね。わたしたちのそんな作業は一瞬なんですよ。こうして楓君と話していることが無駄な時なのですよ—
「一瞬って…?」
—楓君がひと呼吸するくらいの間で、偽のメッセージから楓君の行動、全ての情報のやり取りができるから、こうして楓君と話している方が時間の無駄なんですよ、楓君—
コータローが得意げに言う。
「なんだよ、何回も言うなよ。俺と話すのが、そんなに無駄なのか…」と、草理は次第に自信を失っていく…。「もう、喋らないんで…」
「楓君って、いい名前よね。私も楓君って言っていいかな…?」と、君子が、何故か突然言った。
—何言ってるんですか、まったく…。ログ、表示しますよ—
呆れたようにAIが言った。




