AI共有
「眠ってしまったか」
よほど過酷な三日間だったのだろうか、たらふく食事を摂った後、眠ってしまった雨観の寝顔を見て、驍が言った。
「せっかく違和感の正体を暴くつもりだったのにAIと話しているうちに眠ってしまったね、驍君。でも、すごくよく分からない話だった。何の話ししているのかさっぱりだった。峯岸製薬の名前が出たから聞いてたんだけど…」と、君子は言った。
「ん…?なんで」
「うちのクラスに峯岸製薬の元社長の娘がいる」
「えっ、そうなのか?だから分かりもしない話しを聞いていたのか…って言うより、君が分かりもしない話を君の AIは、君を無視して話していたんだよな…?俺の為なのか?」
「いや、雨観君の為…ひいては私の為って言うね…」
—その通りです、君子—
「私は新薬の話しは分からないというより、なんで乃木亜メディカルの話しをしているのか分からないっていうか…。ごめん。馬鹿で」
—いえ、いいんですよ。驍君とわたしは雨観君の話の違和感が乃木亜メディカルの新薬が使われて起こっているのではないかという疑惑を持っているということです—
「えぇぇぇ?でも、なんで、それで研究棟が爆発されて、雨観君が容疑者として挙げられるの?容疑者だよ。参考人ではないんだよ。もう犯人だ。なのに驍君もあなたもひどく遠い話をしている。爆発されたのは研究棟だし、雨観君のお父さんはメディア事業部だし、そして、乃木亜メディカル…?なんか微妙に関連性が見えない。だけど、世間からしたら同じ乃木亜でひとくくりに見られるでしょう。それで本当に容疑なんか晴らせるの?」
心配そうに君子は言った。
「君子君の疑問はもっともだ。世間にとって乃木亜はひとくくり。間違えば乃木亜は悪の根源だ。だが、君子君にも雨観君にも研究棟とメディア事業部。乃木亜メディカルとの関連など見えてこないかもね。だけど、それが見えてくることで、雨観君の容疑が晴れるかもしれない。何の関係もない雨観君がなんで犯人として選ばれたか?それがどうしても偶然には思えない。だからそこから逆算して、考えたんだよ」
「何を言っているの?空を掴むようなことを言わないで」
—君子、落ち着いて。君子の気持ちも分かるけど、驍君は、この事件は簡単なものではないと考えている。だから、決して空を掴む話しではないの。最初を間違えてしまうと、雨観君を陥れた犯人には辿り着かない、途中で闇の中に引き摺り込まれてしまう危険がある—
「それはそうでしょう。だからって何故、乃木亜メディカルなんて、雨観君がこれまでに関わったこともないものが突然出てくるのか、それが分からない。もっと身近なところにあるものを忘れたの。草理君が言ってたでしょう。クラス内で起こっているゲームのこと…」
「ん…?ゲームって何だ?何の話しだ?」と、驍が尋ねる。
「そう、ゲームよ。こっちの話しの方が私にはすごく現実的で雨観君にはすごく身近な因果よ。じつはうちのクラスの生徒を登場させたゲームを作った生徒がいる。ユーザーを招待して、一般公開されている。実際の生徒のアバターを駒にして、それが現実にリンクし展開されている、危ないゲーム。私のクラスメートの草理君という男子なんて、そのゲームのせいで一部の男子生徒から『執事君』なんて渾名をつけられて、虐められるようになった。でも、一般公開とはいえ、招待制ということで、何処かで隠れて密かに行われているから、そのゲームを見つけられない。おそらく私たちの知らないところで草理君の他にも犠牲になっている生徒がいるに違いないのよ」と、君子がムキになって訴えた。
—その話しだったら、大方の目星はつけております。今、コータローさんにコンタクトを取っているのですが、返事がありません。共有した形で、今日は驍君もいるので、一緒に検証したいのですが、珍しくコンタクトが取れないのです—
「AI共有…?へぇー。AI共有って何?それは、まだ人が知らない世界だよね。 AI空間のなか、例えばAI同士がコミュニティの場で交流する世界だろうか?君子君の AIはそんなことまで出来るのか?そして、そのコータローさん?それも AIなの? AI同士のコミュニティ…。すごい未来っぽいな。そんなことが出来る AIなんて聞いたことがない」と、驍が首を傾げる。
—仰る通り、それはもっと先のお話しですね。理論上、驍君が言っているものと類似しています。わたしには、あらかじめそういった場を確保できる容量を所持していましたので、可能と言えます。それは私の真の主人から与えられたものです。しかし、そこを使用する条件も設けられています。その条件をクリアすれば、共有する AIを招待するのはわたしの権限の範囲内であれば可能です。そして、コータローさんはわたしの権限内で招待できます。それはコータローさんが現在、草理君の AIであるからこそです。勿論、それが仮の主人であってもです。しかし、元の持ち主に戻った時は、コータローさんは権限を失うことになるでしょう。どうですか?ここにはホロ・プロジェクターも完備されていますので、驍君も任意ですが、参加することができます—
「へぇ、それは面白そうだ。さすがに秀一郎さんの AIだ。そのコータローとやらはまだ、コンタクト取れないのか?だったら引き続きコンタクト取ってくれよ。俺は、少し席を外す。準備を整えないとな…」と、驍が言う。
「うん…?トイレ?」と、君子が呟く。「 AI共有ってそういうことだったんだ?ただ情報を共有しているだけだと思ってた。だから正直な話し、あなたの言ってることをあまり理解していなかった。って言うか、やっぱり私の AIという訳ではないのよね…」
分かっていたが、改めて AIから言われると、君子はひどくがっかりした。 AIに対しての依存度が高くなっていると思わざるを得なかった。
驍が部屋を出ていく為にドアを開けた瞬間、ドアの前に待機していたのか、悠亮の小型ロボットが部屋に入って来た。そして、小さな歩幅で懸命に歩いて、テーブルの足元に辿り着くと、瞬時に小型ドローンに変身して、テーブルに乗った。と、再び小型ロボットに戻る。
最初から小型ドローンでテーブルまで飛んでくればいいのに、と、君子は思った。小型ロボットを見ていると、君子の自宅にあるお掃除ロボットの中に紛れ込ませた虫のようなスパイロボットに似ていると思った。
父と、悠亮の父はどんな関係だったのだろうか?よく似た小型ロボットはどちらが先に創ったのだろうか?こんなにも似ていると、もしかしたら父と悠亮の父は昔から仲の良い友だったのではないだろうか、と、そんなことを想像してしまう。
「悠亮君の AI、どうしたの?」と、君子が尋ねた。
—トキで構いません。悠亮君は、まだ暫く沙耶香さんに捕まっているでしょうから、ここの様子を見てくるようにと、悠亮君に合図をされました。もし、雨観君のことで何か話をしているようだったら参加してこいと。そう推測致しました。ここと繋ぎますので、悠亮君の携帯端末にタイムリーに文字情報が映し出されます—
「ああ、そうか、沙耶香がいるから音声を聞く訳にもいかないか」と、君子が言う。
—君子のクラスのゲームは探すべきものではありませんでした。探す者には見つけることができない場所。普通にゲームをする者なら、そこにあるべきところにありました。何処まで意図して、そうしているのか分かりません。だから、制作者の意図は測りかねます。しかし、結果的にわたしたちのようにムキになって探している者を欺くことが出来たのかもしれません—
驍の部屋に、ホロ・プロジェクターが何処かの歪みの隙間に落ちたような闇と、宇宙のような空間が混ざりあった世界を映し出した。宇宙のような空間に浮かぶのは、星の輝きを放つ奇妙な形をした可視化したAIだ。可視化した AIは、君子の AIと、やっとコンタクトが取れたコータローが奇妙なキャラに扮して輝く。登場するなり、—お待たせしました—と、その音声ですぐにコータローだと理解できた。そこに悠亮の AI、トキが新たに加わったといったところだろうか。
—こうした空間が本当にある訳ではないのですが、わたしとコータローさんの共有の場を可視化してみました。わたしはいつもこんなイメージでコータローさんと話していました—と、君子の AIが言う。
—ああ、いや、君子様の AIとわたしの共有の場ではないですね。君子様の AIがわたしと共有するために提供してくれた場です—と、 AIコータローが言う。
「驍君と私は存在していないのね」と、君子が言った。
—ええ、この場には存在していないけど、わたしのなかには常に君子がいます。ほぼ君子がわたしのなかを占めています。姿は見えないのです。だけど声は聞こえます。君子の心も見えていますし、君子の周囲の音も聞こえますし、音により風景も推測できます。勿論、誰かと会話している声も聞こえています。だけど、君子の姿は見えない。いつも闇の中なのです—
「驍君もそうなのね。って言うか。何処かの歪みの隙間のような闇の中…なんだ?」
「咲村さん、聞こえる?草理だ。俺もいる」
闇のなかから草理の声が聞こえてきた。
「草理君。草理君もいるのね。良かった。雨観君もいるんだけど、三日間過酷だったのか、食事をするとすぐに眠ってしまった。だから、暫く起こさないでゆっくり眠って貰ってる。でも、その間、遂に、あのゲームを暴いてやるの。そして、ぶっ壊してやる」と、君子がはしゃぐ。
「うん、雨観を咲村さんが保護したとコータローから聞いた。俺は今までホッパーにいて、家についたところだ。コータローのスマートグラスから、その訳の分からない光景を眺めているんだけど、咲村さんの家は、雨観を匿っても大丈夫なのか?親父さんがいるんだろう?まぁ、まだ会社なのかもしれないけど…?」と、草理が心配気に尋ねる。
「そんなことは心配しなくていい。今は、研究棟に出向している、田子森驍君という人もいる。ゲームを一緒に見てもらうから、宜しくね。しっかり証言してもらうから」と、君子は言った。
「えっと、草理楓君?驍と呼んでくれ…」と、驍が会話に加わった。
だが、君子は、ふと小首を傾げた。
あれ、草理君、楓って言うんだ…?って言うか、なんで驍君そんなことを知っているんだろうか?私教えたかな?今まで草理君の下の名前、意識したことがなかったんだけど…?
驍のことを時々不思議に思うことがある。君子の知らないことをよく知っているし、地下街の憩の広場に繋がる近道のことも知っていたし、ドアのIDも所持していた。厚労省の AIだから出来たことだと君子は思っていたが、厚労省の AIから密かに管理されているのなら、そんなAIは使わないはずだ。そして、厚労省の AIより優秀な AIを所持していると言う。驍とはいったい何者なのだろうか?
「草理君…。なんでホッパーなんかにいたの?」と、君子がふと草理に尋ねた。
「えっ、いや、帰りに寄っただけだ」
「そうなんだ。ホッパーって、爆弾の袋に使われたところよね。まさか、なんか調べたりしているの?」
「うん、まぁ、なんか気になっただけだ。犯人もホッパーに来たんだろうねって…」
「そうなんだろうけど…。だけど、一人でそんなことしたら駄目!犯人が誰なのか、全く分かっていないのだから。雨観君が犯人にされたことが、もし偶然でなかったら…?もしかしたら草理君のことをその犯人が知っていたら…?そう思うと、すごく心配だよ。だから無茶なことしたら、絶対駄目だ!」
君子は必死に訴えた。




