表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/25

撹乱



 通りに面した複合商業ビルは『TATOO』という。


 通りから半地下に降りたタットーのエントランス前のスペースが人々の憩いの広場になっている。そこにはホログラムで映し出されたキャラクターたちが出迎えてくれる。


 タットーのビルはガラスとコンクリートでできた無機質な外壁だが、巨大な真っ青な深海がプロジェクトマッピングで装飾され、そこを時折、ホログラムの巨大なクジラが深海から飛沫を上げて飛び出し、再び深海へと帰っていった。


 スマートグラスや携帯端末のカメラを通して見ると、そんな優雅な光景に様々な広告が映し出され、おそろしく賑やかだ。それは、時折ニュース速報を映し出すこともあった。


 乃木亜研究棟の爆弾が収められた紙袋を利用されたハンバーガーショップ『ホッパー』はエントランスのすぐそばにあった。頭がハンバーガーのユニークなイメージキャラクターもホログラムで登場し、訪れる客を『ホッパー』に誘う。スマートグラスで見ると、今なら20%OFF!!とか、ポテトサービス!などのポップがやかましいほどチカチカ点滅していた。

 肉眼で見るのと、スマートグラスや携帯端末のカメラを通して見るのでは、まるで世界観が一変した。巨大なクジラが飛び出して優雅にジャンプする世界がアニメのようにゴチャゴチャしたやかましい世界に変貌するのが、タットーだった。


 草理は、ホッパーでコークを飲んでいた。どうも、ホッパーのテイクアウト用のレトロな紙袋が気になったのだ。

 乃木亜研究棟の爆破事件以前に仲介屋のメッセージだと思って草理は、どうも奇妙な依頼を受けていたことが、今度の乃木亜研究棟爆破事件と関係しているのではないかと考えていた。

 ほとんどドローンでのデリバリーが主流となっていることでテイクアウト用のレトロな紙袋はあまり生産されていないと、ネットにはある。だから紙袋は、希望者のみに渡しているのが現状だとも告知されていた。そのレトロな紙質が評判だった紙袋は結構マニアの間では人気が高い。


 草理が仲介屋の依頼だと思って、わけの分からないことをやらされたことに、ひどくもやもやした気持ちを引きずっていたところに、ホッパーの紙袋が使用された乃木亜研究棟の爆弾騒ぎだ。草理は意外にもあっさりと関係を疑った。だがそういう時はピースの方からはまってくれることがある。


 タットーの並びには三つの高層ビルを挟んでTOBARIBANKがある。そしてその二軒先には乃木亜メディカルのビルがあり、通りの反対側にはにはTOBARIBANKと乃木亜メディカルをまたがるほど結構広い菟針中央公園がある。その公園から東の方向にある菟針東公園まで『ホッパー』の紙袋を持って歩くようにといった内容が依頼だった。

 『ホッパー』の紙袋は、菟針中央公園の乃木亜メディカルのビル側にあるゴミ箱の中に隠しているという。それを受け取って、決して袋の中は見ないようにと、指示があった。

 ただ、その時、草理は違和感を覚えた。

 仲介屋がそんな指示をするだろうか?と、ふと思った。仲介屋にも訳の分からない依頼はあるが、あくまでも草理の勘と言わざるを得ないのだが、犯罪ではないということが分かる。だが、その依頼に関しては、草理の危機感がビンビンしていた。

 菟針東公園は、文字通り東に位置していた。中央と東は大きな川が遮っている。東大橋を渡ると、そこは東区と呼ばれ、まずは倉庫街がお目見えする。そこは以前、草理が仲介屋の依頼で倉庫街の一部の監視カメラを調べた所だ。この時、初めてコータローと話した。そして偽のメッセージのことを聞かされた。

 ある意味草理の危機感が証明していたと言えるのだが、その察知能力の精度を上げなければ、なんと役立たずな感覚だろう。と、草理は思った。


 「この後、同じ道を歩いてみようと思う。なんか気づいだことがあったら、教えてくれよ」と、草理は、コータローに呟いた。

 —それはいいのだが、菟針東公園って、どんだけ遠い?それを歩くのか?—

 「えぇぇぇ?今更?ちゃんとスケボー持って来たよ。監視カメラの撮影の時だって、スケボーだっただろうが…?あっ、AIにはそんなこと分からないか?」

 —そうですか。それは悪かったな。そんなことより、楓君は、なんで君子を放っておくのかな?こんな時は、君が送るべきではないのか?—

 「おぅ、本人がいない時は呼び捨てなんですか?いや、咲村さん、タクシーで帰ってたから心配ない。なんだかんだ、金持ちなんだよね」

 —なんと下世話な!—

 「いやいやいや、俺は明鳳館に通っていようが、下世話な貧乏人だ」

 —楓君のお母様はパートをふたつも掛け持ちして、お金がかかる明鳳館に、君が不自由しないようにしっかりと働いて、通わせている。立派なお母様としか言いようがない。下世話な貧乏人とか言うな!—

 「いやいや、明鳳館になど通わなくていいのだけど。いつもすごく疲れているから、退学したって、俺は全然平気なのに…だけど、学費は、離婚した父親が払っているらしいから、退学だけは許してくれないんだよな。明鳳館は学費だけではなく諸々と金のかかることばっかりだ。って言うか、それは俺の個人情報だ!AIが踏み込んでくるなよ!」

 —それは申し訳ないな。しかし、学費だけではなく、君の養育費をきちんともらうべきだよ。君のお母様は—

 「えっ?何それ?俺はコータローにそんな家の事情話したことがあったか?それって、もしかして仲介屋が俺の家の事情を知っているってことなのか?」

 草理の疑問にAIコータローは答えなかった。そのせいか暫く黙り込んだ。

 「なんだよ…バグか?バグを起こしたんですかね!?」

 そして、草理も黙り込んだ。


 ホッパーでは、草理は窓際のカウンターに座っていた。

 ちょうどその時だった。ふたつ席を挟んだ、結構騒がしい男たちの会話がふっと飛び込んできた。


 「死んだんですよ!納得できないですよ!」

 「あれは、警察の押さえ込みが強かったからだ。アレのせいではないな」

 「いや、確かにそれもあるかもしれませんが、その前からずっとおかしかった。鬱状態だったし、アレを飲み始めてからですよ!」

 「素人が勝手なことを言うな。ころされるぞ!」

 「えっ?それは時雨谷さんから…っていうことですか?」

 「しっ!その名前を口にするな!本当にころされるぞ!」


 男は三人だった。

 一人の男がカウンターの席に座り、二人の男がカウンターの男の傍に立ち、詰め寄っているような状況だった。


 草理は、物騒な言葉が聞こえた時、一瞬男たちの方をちらっと見た。そして、「時雨谷…」と、何かが気になったのか、すごく小声で呟いた。


 草理が一瞬、男たちを見た時、シャッター音がかすかに鳴った。だが、草理は気づいていなかった。


 さてと、物騒な連中もいることだし、歩いてみるか。と、草理は立ち上がった。

 「おい、まだバグか?コータロー聞こえているんだろう。咲村さんにメッセージ送りたい。どうすれば送れるんだ?」

 草理は、カウンターを離れ菟針中央公園に向かった。


 メッセージは無事君子に届けられた。


 そして、草理が菟針中央公園から東公園へと、爽快にスケボーを飛ばして移動した時に AIコータローが言った。

 —バグではない!先程の男たちの話しの内容が気になっていたから、集中していた。楓君分かった。男たちの話しがキーワードとなった。楓君があそこにいたからこそ分かった。もしそれが偶然だというのなら、君には真実の女神がついているのかもしれないな—

 「とてもAIの言葉とは思えない…」と、草理は呟いた。

 —東大橋を渡ったところの路上で男が刑事に取り押さえられ、死亡している。SNSでは、取り押さえた刑事の行動が炎上しているが、そればかり取り沙汰され、男が何をして取り押さえられたのかがぼやけてしまった。実際はドラックの大量摂取による死因がその後報道されている。しかし、刑事の炎上はずっと止まらない。実際報道も過剰に刑事のことばかり取り上げて、ドラックのことをまともに報道している媒体は少ない—

 「俺が公園から公園へ移動させられた日時と同じなの?」

 —同時刻だ。おそらく、男が取り押さえられた時、ドラックの取引が行われていたのだろう。その場所と時刻に刑事が張り込んでいたのではないかと推測できる。炎上した動画によると、数人の警察と身元不明の男が幾人か映り込んで騒然としていた。その身元不明の男の中に、先程ホッパーにいた男が映っていた—

 「東大橋を渡ったところ…?俺の無意味な行動に関係があるのだろうか?」

 —それは分からない。もしかしたら楓君は撹乱に利用されたかもしれない。もしそうだとしたら、君は今頃ドラックの売人として捕まっていた可能性があるな—

 「へぇー、だが、俺は無事だった」

 —そうだな。まぁ、全て推測にはなるが、警察はかなり正確な情報を掴んでいた。だから警察の撹乱に利用された楓君が無事だった。逆に考えたら、楓君が無事だったからこそ、警察がかなり正確な情報を掴んでいたということが言える。で、楓君は何か入ったホッパーの紙袋を菟針東公園まで運んで、その後、どうしたんだ?—

 「公園のゴミ箱に捨てて終わり。さっき念の為ゴミ箱見たけど、もうなかった。まぁ、当たり前だ」

 —楓君は本当に真面目だな。結局、言われた通り紙袋の中身は見なかったんだ?—

 「ああ、仲介屋の信頼だけは守りたい」

 —馬鹿だな。おそらく紙袋の中身は量子ノイズジャマー。警察無線はハッキング出来ない量子暗号通信を使っているから、そいつでないと妨害できない。楓君がそいつを持って歩くことで立派に撹乱できる。それにやつら楓君を警察に確保させる意図もあったのではないか?ここで結構大掛かりな取引があった。そして、死んだ男は橋の向こう側まで逃げた…。取り押さえられて死んだと炎上しているが、実際ドラックで死んだ。楓君、これはもう危険だ。高校生が関わっていい案件ではない。速やかに手を引こう—


 夕方には雨が降りそうだったが、結局降らなかった。薄暗い暗鬱の曇り空のまま夕方になって更に闇に包まれようとしていた。


 —楓君。もう大丈夫だ。雨観あまみ君は君子が保護した。今、君子の AIからメッセージが届いた—


 「えっ?咲村さんが雨観あまみを保護した…?って言うか、咲村さんのことを呼び捨てするな」

 —後はわたしに任せて、楓君は家に帰って下さい。楓君はお母様の晩御飯作っているんでしょう?いつもくたくたになって帰ってくるお母様の為に…。お母様のことを思いやれるのは楓君だけだ—


 「黙れ…。俺の家のことに踏み入るのはやめろ!」

 草理の口調は静かだ。だが、強い意志が込められていた。


  AIコータローは黙った。

 踏み入ってはいけない、人の領域はそんなに容易なものではない。それは AIには理解し難いことでも、その領域をNGにするだけのシンプルな作業にすぎなかった。

 しかし、 AIコータローはそれをしなかった。

 それは、本来の持ち主の意思だったからだ。



2026/6/4 読みづらい箇所を一部修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ