52.
番の事だけ何も思い出せない。
私に番がいた事だけは思い出せている。
だが、顔もどこの誰だかも思い出せていないのだ。
そしてその声さえも…。
なのに番を追い求める衝動的本能が戻っているから質が悪い。
たとえ番に関する記憶が無くても、番を失った筈の今の私が狂わずにいるのは、彼とその魂が魔銃となってともにいるからだろう。
私は泣いた。
何故泣いているのかわからないまま。
ただ、涙が次から次へと流れて言葉を発する事ができなかった。
賢者が壁に映し出していた私の記憶を観ていたシュタルクもブリーゼ国王も側近のケプラーも言葉を失っていた。
ただ一人、賢者だけが得心がいったように頷きながら白くて長い顎髭を撫でていた。
「なるほどのぅ…。」
賢者がポツリと呟いたのを聞いた国王がそれに気付いて尋ねた。
「何かわかった事がお有りか?」
「じゃな…。不思議だったのじゃよ。消し飛んだ筈の彼らが姿形が変わったとはいえ何故生きておるのか。」
驚きに涙が止まった私は賢者を見た。
「教えて下さい!お願いします!このままじゃ…っ!」
藁にも縋る思いで言うと、
賢者は困ったように眉尻を下げる。
「本当に憶えておらんか?それとも本当に何もわかっておらんのか?」
賢者が何を言いたいのかわからない。
首を傾げる私に賢者が言う。
「お前さんがわしに魔法を教えてくれと言ってきた時、番に関する記憶を取り上げた。モルガーナとの戦いの時、邪魔にしかならんからのぅ。じゃが…戻した筈の番に関する記憶はどこに消えたんじゃ?」
「…わからない。けど名前も顔も…声すら思い出せない。それ以外は思い出せたのに…。」
益々困り顔で溜め息を吐く。
「難儀じゃのぅ…。これから話すのは飽くまでもわしの推測でしかないんじゃが…。ここにいるお前さんと魔銃以外の者が観たのは“記録”であって“記憶”ではないからじゃ。」
何となくではあるが、賢者の言いたい事がわかったような気がして頷いた。
△▽△▽△▽△
─ 賢者の話 ─
お前さんが放った魔法とモルガーナが撃った魔弾がぶつかり合った時、本来ならば皆消し飛んでいた筈だった。
じゃが…お前さんの盾となった男に番としての本能が働いたのじゃろう。
わしに番の記憶を取り上げられておったにも拘わらずじゃ。
恐らく、男の方も同じだったのではないか?
“番忘れ”を飲まされておったというのになぁ。
竜種は番の本能が強いというが…いやはや…。
で、消し飛んだ時…お前さんは何を思った?
自分の盾となった男を死なせまいとしたのではないか?
男の方はお前さんを護る事だけを考えていた筈じゃ。その為に力を求めた。
そして目の前には攻守兼ね備えた最強の武器があった。
お前さんの放った魔法 ──
“魔女の一撃”、その魔法の付与効果は今以て不明…。
じゃが、お前さん達の想いが強すぎた為か叶ってしまった。
お前さんの魔力や記憶、そして二人分命までも代償としてな。
そしてお前さんの番は魔銃“魔弾の射手”として生み出され、お前さんもまた産まれ直したのじゃろうて。
でなければ当時よりも幼い姿の筈はないものな。
△▽△▽△▽△
話し終えた賢者は大きく息を吐き出した。
心做しか、かなり疲れたように見える。
そして、話を聞いていた皆の顔色は一様に悪かった上、何も言葉を発する事ができなかった。
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