↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷姫の旗を掲げよ~秘めたる愛影に抱かれて~  作者: 椎名将也
第3章 虚飾の夜会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/29

8.至純の誓い、金瞳の奸計

挿絵(By みてみん)


【登場人物紹介】

シェリー

・24歳。

・162cm、50kg。

・濃い栗色の髪と琥珀色の瞳を持つ美女。ノアの副官。

・騎士爵。天恵は【隠密】。

・元暗殺者でノアの生命を狙ったが、彼女に救われた恩義から仕える。

・古代級(エンシェント)の双刀<焔刀(フレイム・ダガー)>を愛用する。


※【登場人物紹介】は、ネタが切れるまで続ける予定です(^_^;


<アドリア海域>の天空を真っ白に染め上げていた白銀の氷華が、霧の彼方へと静かに溶け消えていった。

【戦姫(ヴァルキュリア)】の神翼が霧散した瞬間、冷徹な【氷姫(アイス・ドール)】の仮面の奥から、二十一歳の少女としての剥き出しの恐怖が再び怒濤のように押し寄せた。神気を解いたディアナは、血濡れの甲板へと膝をつき、ぐったりと横たわるザックの頭を狂おしく抱き起こした。


 彼女が震える手で騎士団長服の懐から取り出したのは、琥珀色の輝きを放つ秘薬が入った硝子の小瓶――欠損部位さえ瞬時に復元すると言われる『上級回復薬(アドバンスド)』であった。


「お願い、ザック……逝かないで……!」

 ディアナは迷うことなく小瓶の栓を歯で引き抜き、琥珀色の液体を三分の一ほど自らの口へと含んだ。命を繋ぎ止めるほろ苦さが、彼女の口内に広がる。

 そして、彼の唇に自らの唇を重ね、硬く結ばれた歯列へ自身の柔らかな舌先をそっと滑り込ませた。傷つけぬよう優しく、しかし確固たる意志でその噛み合わせを押し開き、彼の喉奥へと『上級回復薬(アドバンスド)』の薬液を少しずつ流し込んでいく――


 どうか生きて――という祈りにも似た熱情が、彼女の唇を通じてザックの冷え切った身体へと注がれていった。

 ザックの喉が、本能的な嚥下(えんげ)の反射で小さくコクンと動くのを見届け、彼女は一度唇を離した。


「もう少し……」

 すぐに二度目の薬液を口に含み、再び彼の唇を塞ぐ。愛しい男の体温が刻一刻と奪われていく恐怖に胸を締め付けられながら、ディアナは口の端から液体をこぼさぬよう、壊れ物を扱うように慎重に優しく注ぎ込んでいった。

 青白いザックの頬に、蒼灰色(ヘイズブルー)の瞳から溢れた涙が落ちて光る――


 そして最後のひと口……。

 小瓶に残ったすべての薬液を口に含んだディアナは、祈るような想いで三度目の接吻を交わした。自らの体温で温まった最後の一滴までを彼の体内へと送り届けると、彼女は息を詰めてザックの胸に耳を当て、薬効がその強靱な肉体を巡り始めるのをじっと待つのだった。


 ドクンッ――


 ザックの巨躯の内奥から、重厚な脈動が確かに一つ爆ぜた。

 次の瞬間、眩いほどの光輝が彼の身体を包み込み、シュウーッという音を立てながら細胞を蘇生させていった――

 肉の繊維が爆発的な速度で編み直されていき、「漆黒の金属鎧」さえも突き破って胸板を深々と貫いていた致命傷が一瞬にして修復されていく。秘薬の絶大な薬効は、内側から焼き焦がしていた【雷神(ライトニング)】の紫電さえも消し去ったのである。

 死の淵から強引に引き摺り戻されるその凄まじい生命の奔流に、ザックの大きな身体がビクリッと跳ね上がった。


「ゴフッ……! ゲホッ……!!」

 激しく血の塊を吐き出しながらも、固く閉ざされていた彼の瞼が力強く見開かれる。そこに現れたのは、<アドリア海域>の昏い霧を灼き尽くすほどの、凄烈な蒼炎を宿した双眸であった――

 その視線が、涙を流しながら自分を見つめている最愛の女の姿を映した。それが死の淵で見る幻ではなく、確かな現実であることをザックは認識した。

(無事だったんだな……ディアナ……)


「ザック……ッ! 良かった……ッ!」

 堰を切ったような安堵の吐息がディアナの喉の奥から漏れ出し、彼女は耐えきれずにザックの逞しい胸元へと崩れ落ちた。

 その華奢な肩を支えるように、ザックの血に染まった大きな右手がゆっくりと――だが、力強さを取り戻して彼女の背中へと回される。


「悪ぃな、泣かせちまって……」

 チェーンを失った留め金だけを胸元に残したまま、ザックは愛おしげに彼女の細い肢体(からだ)をしっかりと抱き締めた。

 身分が何であろうが、過去に何があろうが関係ない。ただ、愛する女(ディアナ)の騎士として、彼女の無事を守り抜いたという強い自負だけがあった。彼女の温もりこそが、二人の魂を繋ぐ唯一無二の証明(きずな)であった。


「……そこまでです、この野蛮人! いつまで団長を抱き締めているつもりですか。それ以上続けるなら、不敬罪でその腕を斬り落としますよ」

 低く冷徹な、だがどこか笑いを含んだ声色が騒がしい海風をくぐり抜けて甲板に響き渡った。


 いつの間にかすぐ傍らに立っていたのは、それまで両手に構えていた<冰刀(アイス・ダガー)>を、すでに腰の鞘に収めた副官シンディであった。肩で切り揃えられた漆黒の髪を風に靡かせ、【黒鴉の眼(ヘヴンズ・アイ)】と呼ばれる切れ長の双眸で、彼女は呆れたようにザックを睨み据えていた。


「おいおい、手厳しいな、シンディ。命懸けで団長を護り抜いた男への最初の言葉がそれか……?」

 ザックは苦笑交じりに応じながらも、ディアナの背中に回していた大きな右手をゆっくりと離した。


「……ッ!!」

 その瞬間、ディアナは自分が団員たちの目前で、ザックに口移しで『上級回復薬(アドバンスド)』を飲ませたという事実に思い至り、言い訳のしようがない羞恥に耳の付け根まで真っ赤に染まった。

 彼女は慌ててザックの身体から飛び退くようにして立ち上がると、流れる銀髪を乱暴に振り乱しながら、【氷姫(アイス・ドール)】の冷徹な仮面を必死に被り直そうと声を張り上げた。


「シ、シンディ! これは、その、違うわ……! 私はただ、騎士団長として、瀕死の部下に『上級回復薬(アドバンスド)』を投与しただけであって――」

「ええ、ええ……、分かっておりますとも、団長」

 ディアナの必死の弁明を悠然と遮るようにして、コツ、コツと軍靴(ぐんか)の音を響かせて歩み出てきたのは、参謀長バルハルトであった。


 バルハルトは前ボタンを外した騎士服の胸元で『三本』の金チェーンを揺らし、丸眼鏡を右手でクイッと持ち上げながら、どこか喰えない大人の笑みを浮かべて『龍刻の長煙管』を白い指先で弄んだ。


「書類の手続きを経ずに、あれほど至近距離から、それも『三度にわたる口移し』で、ご自身の唇を重ねて秘薬を注ぎ込む規定が宮廷規則にあるとは、我が天恵【軍師(ストラテーガ)】の先読みでも流石に計算外でしたねぇ」

「バ、バルハルトッ……!!」


「全くです……。見ているこちらが恥ずかしくなるほどの、濃厚な接吻(くちづけ)でしたね。意識のない男の口内へ、自身の舌を滑り込ませて押し開くなど……。私にはとても真似できません」

 シンディまでもが、笑いを押し殺した表情のまま、確実にディアナの退路を断つような揶揄(からか)いの追撃を放ってきた。


「な、ななな……何を言っているの、二人ともッ!!」

 ディアナは茹で上がったように赤面すると、普段の冷徹な声音など忘れ果てて、気恥ずかしさと狼狽とで両拳をブルブルと震わせた。そして、威厳を取り繕うように蒼灰色(ヘイズブルー)の瞳で二人を睨みつけた。


「私はただ、ザックが固く口を閉じていたから、薬液を確実に喉奥へと嚥下させるために、致し方なく、物理的かつ解剖学的な兵站処置を執行しただけよッ! それを、そんな……破廉恥な言葉で私を揶揄(からか)うなんてッ! これ以上続けるなら、二人まとめて<アドリア海域>の底に沈めて凍らせてあげるからッ!!」


 真っ赤になって怒るディアナの姿を甲板に寝転がったまま見上げていたザックは、彼女の温もりが残る口元を緩め、「ククッ……」と愉快そうに笑い声を漏らすのだった。


 ふと、ディアナの足元で、潮風に揺れる小さな光がきらめいた。血だまりの縁に落ちていたのは、【雷神(ライトニング)】の刺突によって断ち切られた、『一本』の銀のチェーンだった。

 ディアナは誰にも気づかれぬようにそれを拾い上げると、指先についた血をそっと拭い、騎士団長服の懐へと大切にしまい込んだ。

(貴方の誇りまで、こんな海の上に置いていかせはしないわ……)




 歓声と安堵に沸き立つ上層甲板の喧騒とは対照的に、第一装甲艦の船底に位置する監軍総官室は、陽光の届かぬ冷たい鉄壁と昏暗(こんあん)の静寂に支配されていた。

 航行を再開した軍船のズシン、ズシンという振動に合わせて、部屋の隅に置かれた魔石灯の光が幽鬼のように揺れている。


「くッ、くそが……! アードラーの野蛮な有象無象どもが、揃いも揃ってこの私を愚弄しおって……ッ!」


 ガタガタと歯の根を鳴らしながら、ベッドの端に腰を下ろしたヴァイス=アシュラッド伯爵は、首筋に巻き付けられた白い包帯をガリガリと血が滲むほどに爪で掻き毟った。

 ザックに<フレイム・ハルバード>の斧刃(おのば)を突きつけられ、生まれて初めて味わった本物の殺意への恐怖――

 その屈辱と、<アドリア海域>を割ったあの超絶な神撃への衝撃が、彼の高慢な美貌を醜く歪めていた。


 だが、怒りに狂うヴァイスは、漆黒の眼帯に覆われた禁忌の金瞳(きんどう)――天恵【看破(インサイト)】の魔眼を左手で強く押さえながら、ニヤリと嗤った。


「……見たぞ。私はこの金色の眼で、アードラーの致命的な『綻び』を暴き出したのだ……!」


 ディアナから使用を固く禁じられた金瞳は、眼帯をしていても『魔力の乱れ』を知覚することが可能だった。ヴァイスはそれによって、ディアナの神撃による衝撃波を受けた際に、第一装甲艦の中央魔力炉から放出される『魔力障壁』に異常が生じたことを認識したのだ。


「クククッ……。ヴェルグランツに入港すれば、魔力炉を停止させるはずだ。そうすれば当然、『魔力障壁』も消える。その時を狙って、魔導通信を――」

 ヴァイスは『五本』の金のチェーンが揺れる騎士服の懐から、法務尚書ブライアン=アシュレイ公爵から直々に授かった魔導通信機――『銀の懐中時計』を取り出すと、その白い指先で竜頭(りゅうず)のネジを巻き上げた。


「いや、だめだ……。軍船の内部から直接魔力を発信すれば、あの忌々しいバルハルトの【軍師(ストラテーガ)】に即座に探知されてしまう。ならば……」

 ヴァイスは銀時計の盤面に刻まれた魔導回路を見つめ、声に出さぬ不気味な嘲笑とともに、脳内で裏切りの道筋を組み立てていった。


「ユピテル皇国の国教は、聖サマルリーナ教だったな……。これから上陸するヴェルグランツの街にも、聖サマルリーナ教の教会があったはずだ。たしか、そこの司教は以前にアシュレイ公爵領の司祭をしていたはず……」

 現在の聖サマルリーナ教ヴェルグランツ教会のゲオルグ=アイゼンハイド司教が、司祭時代にアシュレイ公爵から莫大な寄付金を受けていたことを、ヴァイスは思い出した。アイゼンハイドはその金を着服してユピテル皇国に渡り、ヴェルグランツ教会の司教に成り上がったのだ。


「ブライアン様の寄付金を着服していたことをバラすと脅せば、奴は私の忠実な手足にならざるを得ないはず……。司教の立場なら、レウルキア王国の教会関係者とも連絡が取れる。そのツテで、レウルキアの軍部を動かせれば……」

 自分が直接レウルキアに向けて魔導通信を行う訳にはいかないが、教会関係者を利用すればバルハルトも気づかないとヴァイスは考えた。この『銀の懐中時計』を使用すれば、ヴェルグランツの教会にいるアイゼンハイドまでならば、魔導通信を送ることが可能であった。


「思い知るがいい、ディアナ=ヴァーテル。そして、ザックめ……! 私を侮った罪は、百倍にして返してやるッ! ヴェルグランツを貴様らの墓場に変えてやるぞッ!」

 暗黒の船底で、ヴァイスは狂ったような悦楽の笑みを浮かべながら、アイゼンハイド司教に連絡を取る手段を嬉々として考え始めた。



いよいよ第3章「虚飾の夜会」のスタートです。

今回は第8話「至純の誓い、金瞳の奸計」をお届けします!

もうすぐ舞台はムズンガルド大陸本土に移ります。

様々な危機がディアナを待ち受けていますので、お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。