↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷姫の旗を掲げよ~秘めたる愛影に抱かれて~  作者: 椎名将也
第2章 レウルキアの神槍

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/29

6.雷天の宿将、絶望の海

挿絵(By みてみん)


【登場人物紹介】

ノア=ローゼンブルク

・23歳。

・165cm、48kg。

・セリカ神国ローゼンブルク勇爵家の第一公女。ディアナの幼なじみ。

・蒼薔薇騎士団長(ブラウ・ロード)。ノーラという名で冒険者としても暗躍する。

・蒼銀色(プラチナ・ブルー)の髪と蒼青色(アイス・ブルー)の瞳を持つ美女。天恵は【剣姫(ソード・メイデン)】。

・男勝りに気が強く、剣士としてはS級以上の技量を有する。

・一見するとクールビューティだが、実は可愛いものが大好き。


※【登場人物紹介】は、ネタが切れるまで続ける予定です(^_^;



 七日間に及ぶ足止めを経て、ガザリアの港湾区を離れてから、およそ二時間(ザン)――

 アードラー騎士団の一千名と十台の輜重馬車を分散して乗せた五隻の魔導装甲艦は、不気味なほどに重く垂れ込めた暗雲の下、激しい白波が牙を剥く国境の<アドリア海域>を進んでいた。


 ドンッという不穏な船体の揺れに合わせて、旗艦である第一装甲艦の船倉からガタガタと歯の根を鳴らすような情けない音が漏れ聞こえてくる。ザックに突きつけられた斧槍(ハルバード)の恐怖に未だに怯え、包帯を巻いた首筋を押さえながらも、軍務尚書の命令書という『後ろ盾』にしがみついて同乗してきた監軍総官ヴァイス=アシュラッド伯爵の震えだった。


「参謀長、前方に魔力反応! レウルキア王国軍の大型鉄甲魔導艦、計十隻の大艦隊が、我が方の航路を半月状に包囲しながら接近してきますッ!!」

 見張りの団員の緊迫した叫び声が、激しい潮風を切り裂いて甲板へ轟いた。


「くッくッ……。やはり、アシュレイ公爵家が仕掛けた『第三の罠』は、この荒れ狂う洋上で待ち受けていましたか」

 参謀長バルハルトが丸眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、『龍刻の長煙管』を白い指先で弄(もてあそ)んだ。彼の脳裏では、【軍師(ストラテーガ)】による「深謀深慮の先読み」が幾千にも及ぶ勝利の計算式を導き出していた。


 アードラーの行く手を阻むのは、全長二百m(メッツェ)に及ぶ、赤黒い防魔鋼鉄の装甲で覆われたレウルキア王国軍の大型鉄甲魔導艦隊であった――

 その大艦隊の先頭に立ちはだかる一際巨大な威容を誇る総旗艦――その舳先(へさき)に激しく飛び散る白波を浴びながら、微動だにせず厳然と直立している一人の老将の姿があった。


「誰――いえ、何なの、あれ(・・)は……!?」

 その老将の姿を眼にした瞬間、ディアナは生まれて初めて『戦慄』という言葉の意味を知った。恐怖――いや、「畏怖」のあまり全身が硬直し、震えが止まらなかった。

 蒼灰色(ヘイズブルー)の瞳を愕然と見開くと、ディアナは無意識に<蒼月刀(アズルーナ)>の柄を右手で握りしめた。その手がブルブルと小刻みに震え、喉がカラカラに渇いた。ディアナはゴクリと生唾を呑み込んだ。


 それは紛れもなく武の化身――地上に顕現した<武神>そのものであった。


(あれ(・・)は、人間じゃない……! あれほどの覇気を……人が出せるはずが、ない――!!)

【氷姫(アイス・ドール)】の仮面など、彼が放つ超絶な威圧感(プレッシャー)を前にして一瞬で剥がされた。その老将を見つめるディアナの姿は普段の冷徹な騎士団長ではなく、二十一歳という年相応の無力な少女そのものであった。


 一見すると、外見は普通の老人と大きく変わらない。だが、その全身から放たれる圧倒的な<武の臭い>は尋常ではなかった。


 浅黒く陽に焼けた精悍な顔に、年輪のように深く刻まれた皺――陽光を反射して白銀に輝く髪を後ろへと流し、太い顎の輪郭を白髯(はくぜん)が厳かに縁取(ふちど)っている。髪も髯も、峻烈な白一色に染まっていた。

 広く頑健な額の左側には、凄まじい死戦の証たる『十文字の裂傷』が、血の残響を想起させるかのように赤黒く刻まれていた。


 その古傷の直下――猛禽が双翼を広げたかの如く鋭角に吊り上がった白眉と、冷徹さを極めた鋭い黒瞳(こくどう)は、見る者を萎縮させる圧倒的な眼光を放っている。それはまるで、底知れぬ深淵そのものであった。

 威厳に満ちた鋭い鉤鼻と、一文字に固く引き結ばれた唇――

 幾多の戦場を戦い抜き、五十七歳という年齢を重ねてなお、その肌には岩石の如き張り詰めた緊張感と、対峙する者すべてを本能的な恐怖で圧殺する「圧倒的な武威」が厳然と立ち込めていた。


『緋の三聖』――


 その名を耳にしたことがない冒険者はいない。

 かつて、ザックとともにA級冒険者として名を馳せたディアナも例外ではなかった。

 ムズンガルド大陸全土で数千人いると言われる冒険者――その頂点に立つ三人を、畏怖と戦慄を込めて『緋の三聖』と呼ぶ――


 SS級冒険者……【雷神(ライトニング)】アルヴィン――

 S級冒険者……【戦乙女(ワルキューレ)】ブリュンヒルデ――

 S級冒険者……【精霊術士(エレメンタリスト)】シルヴァラ――


 今、アードラー騎士団の前に立ちはだかっているのは、『緋の三聖』の筆頭であり、唯一のSS級冒険者である【雷神(ライトニング)】アルヴィン、その人であった――


 頑強に鍛え上げた肉体を漆黒の総革鎧に包み込み、臙脂色(えんじいろ)の外套(マント)を激しく風に靡かせているその姿は、周囲を圧する威風に満ちていた。

 その右手に握るのは世界に七本しかないと言われる神話級(ミソロジー)の武器――七大神器のひとつ、神槍<エリュシオン>――

 オリハルコンを超えるという伝説の緋緋色金(ヒヒイロカネ)から作られた、全長百九十五cm(セグメッツェ)、重さ二千百g(ゲム)の長槍であった。


 その全世界最強の一角である【雷神(ライトニング)】アルヴィンが、伝説の神槍<エリュシオン>を手にして、アードラーの前に立ちはだかったのである――


(何故……『緋の三聖』の筆頭と言われるアルヴィンが、レウルキア海軍の先陣に立っているの……!?)

<蒼月刀(アズルーナ)>を握る右手の震えは、単なる武の威圧に対する恐怖だけではなかった。


 本来、国家と冒険者ギルドは、面従腹背の関係だ。冒険者は総じて自負が高く、特定の国家や権力に縛られることを嫌う。

 まして、その頂点にある『緋の三聖』が、国家の猟犬として戦場に出てくることは絶対にあり得なかった。


 だが、現実に冒険者ギルド唯一のSS級冒険者である【雷神(ライトニング)】アルヴィンが、レウルキア王国の総旗艦に乗船し、セリカ神国のアードラー騎士団の行く手を塞ぐかのように立ちはだかっていた。

 この事実は、大陸の常識を覆す驚愕の事象に他ならなかった。


(これが、アシュレイ公爵家が敷いた『第三の罠』だというの……?)

 ただ一人で一国の戦力に匹敵するとまで言われた『緋の三聖』――その筆頭である【雷神(ライトニング)】アルヴィンを敵に廻すことは、今のディアナにとって『アードラーが壊滅する未来』――悪夢以外の何ものでもなかった。


 ――死ぬ。

 ディアナの本能が警鐘を鳴らした刹那、絶望にすくみ上がる彼女の視界を遮るようにして、漆黒の影が音もなく滑り込んだ。


「ディアナ様、あれ(・・)は危険です……! 退ってくださいッ!!」


 元暗殺者ギルドで『最高傑作(マグヌス・オプス)』と言われた暗殺者――二十六歳になるアードラー騎士団副官のシンディであった。

 肩で切りそろえた漆黒の髪を風に靡かせ、【黒鴉の眼(ヘヴンズ・アイ)】の二つ名で呼ばれる鋭い眼光で、彼女は怖れることなくアルヴィンを見据えた。その両手には古代遺跡で入手した古代級(エンシェント)の双刀<冰刀(アイス・ダガー)>が、雲間から射す陽光を反射して蒼光を放っていた。


 水の精霊ウンディーネの加護を宿す刀身が、アルヴィンの放つ青白い雷光を妖しく照らし返し、周囲の海風を絶対零度の冷気へと変えていく。

 対峙する武神との距離はおよそ三十m(メッツェ)――

 白波が爆ぜる海流が二人の視線を隔て、直接に刃を交えるにはあまりにも遠かった。だが、【黒鴉の眼(ヘヴンズ・アイ)】は、すでに宿将の首筋を冷酷に射すくめていた。


「ほう――お主が【アードラーの黒鴉(くろからす)】か……? その身のこなしと構え……、なかなかのものだ。だが、儂の相手をするには、まだ足りぬ――」

 アルヴィンが高々と神槍<エリュシオン>を掲げた瞬間、その穂先から峻烈な閃光が天に向かって迸った。


 バリッバリッ、バリバリーッ……!!


 次の瞬間、空間を引き裂く激烈な紫電が天空に広がり、巨大な雷雲が陽光を喰らい尽くすように頭上を埋め尽くしていった。


「ディアナ様、逃げてーッ!!」

 人智を遥かに超えた超常的な力を目の当たりにして、シンディが死を覚悟して絶叫した。精霊の加護を受けた<冰刀(アイス・ダガー)>を以てしても、自分にあの【雷神(ライトニング)】を抑える力がないことを、シンディは一瞬で悟った――


 それは、想像を遥かに超越した絶望そのものであった。

 アルヴィンが神槍の穂先をわずかに傾けただけで、大気さえもが物理的な質量を伴って重く軋み、喉元へ見えない白刃を突きつけられたかのような絶対的な窒息感が周囲を席巻した。


 これまで幾多の死線を潜り抜け、いかなる逆境をも力ずくで捩じ伏せてきたアードラーの武人たちであっても、目の前の老将が放つ底知れぬ武威の前には、己の未来さえもが砂上の楼閣の如く崩れ去るのを幻視せざるを得なかった。


 アードラーが今まで武器としてきた『知略の盾』も、『強固な連携』も、この男の前では暴風に抗う硝子細工の玩具に過ぎない――


 ディアナは氷を切り裂くような悲鳴を上げていることにさえ気づかずに、かつてない恐怖に凍りついた。ただ、アルヴィンという天災が引き裂いた絶望の奈落へと引きずり込まれながら、魂の芯からすくみ上がるしかなかった――



お待たせしました!

第6話「雷天の宿将、絶望の海」をお届けします!

『緋の三聖』筆頭の【雷神(ライトニング)】アルヴィン、お年寄りなのに怖いですねぇ……。

次回は絶望のどん底に落とされたディアナがどうするのか? 楽しみにお待ちください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。