14.冷酷なる軍令、蒼薔薇の決断
【登場人物紹介】
エマ
・25歳。
・161cm、48g。B90W58H88。
・セデルキアス支部でベテランの受付嬢。
・天恵は、【直感】。
※【登場人物紹介】は、ネタが切れるまで続ける予定です(^_^;
――キィィィーンッ!!
鼓膜を鋭く引き裂いたのは、星闇金属が放つ苛烈なる衝撃波。
それは、広大な第一演習場の空間そのものを斬り裂くかのような、想像を絶する武の神技であった。
世界に七本しか存在しない『七大神器』のひとつ――精霊刀<銀月刀>が一閃される。
蒼銀色の長い髪を舞い上げて、ノア=ローゼンブルクが鋭い踏み込みとともに、右上段に構えた<銀月刀>を袈裟懸けに斬り落とす。その刹那、世界からすべての音が消失した。
【剣姫】――その選ばれし者が持つ至高神聖の天恵。
風の精霊シルフィードの加護を全身に纏ったその動きは、見ることすら叶わない不可視の神速であった。
キィーンッと遅れて響く残響――
それは、音速さえも超越した戦闘速度の証明だった。ノアが再びその姿を見せた瞬間、十五体のアダマンタイト製練習人形の首が同時に落ちる。
(――な、んという、武の極致か……!)
その光景を目の当たりにしたコルネウス=ヴァーテル軍務次官の全身に、激しい戦慄が駆け抜けた。
アシュレイ公爵に突きつけられた冷酷な最後通牒の焦燥も忘れ、彼はただ、目の前で行われた圧倒的な演武に息を呑んでいた。
セリカ神国最強の蒼薔薇騎士団長の実力はかねてより噂に聞いていたが、目の前の神技はその想定を遥かに凌駕している。
神国随一の美女と謳われるその美貌、しなやかに引き締まった肢体のどこに、これほどの破壊力が秘められているのか。コルネウスは双眸を驚愕に大きく見開き、ただ茫然と立ち尽くした。
激しい暴風が収まり、ノアが美しい所作で<銀月刀>を鞘に収める。それと同時に張り詰めていた静寂が爆発し、精鋭たちが一斉に地鳴りのような大歓声を上げた。
ノアは整った眉間に縦皺を小さく刻むと、蒼青色の瞳を演習場の入口に向けた。そこに立つひとりの男が放つ、尋常ならざる焦燥の気配を的確に捉えたのである。
「――下がれ。全員、本日の演習はここまでとする」
凛烈たる美声。ノアは周囲の騎士たちを鋭い一言で下がらせると、微塵も息を乱さぬ完璧な佇まいのまま、上官であるコルネウスの前へと歩み寄り、静かに頭を下げた。
「お待たせいたしました、ヴァーテル次官。不躾ながら、そのご様子……。『白亜の議事堂』の円卓で、また何か不穏な動きがございましたか?」
防音の結界が張られた蒼薔薇騎士団長の執務室へと足を踏み入れ、重厚な扉が完全に閉まった瞬間――
ノアは気高く立ち上がっていた純白の詰襟を少しだけ緩め、「ふぅ……」と小さく安堵の息を漏らした。
応接卓の傍らには、彼女の副官であり首席女官を務めるシェリーがすでに静かに控えている。
「ヴァーテル次官。ここは人目がありませんわ。どうか、お楽になさってください」
ノアは長年の知己であり、上官であるコルネウスに柔らかな敬意を含んだ口調でソファを勧めた。そして、自分は彼の対面に腰を下ろし、蒼青色の瞳で真っ直ぐにその苦悩に満ちた顔を見つめた。
「すまない、ノア団長。……実を言うと、一刻を争う事態なのだ」
コルネウスがまだ息を切らせながらそう告げた時、応接卓の傍らからシェリーが足音を完全に消して、滑るように一歩前へと進み出た。その洗練された所作に、濃い栗色の長い髪が微かに揺れる。
詰襟に刻まれた蒼薔薇騎士団の象徴たる薔薇の徽章が、室内の光を浴びて厳かに鈍い輝きを放っていた。黒を基調とした副官服の両肩には、銀の薔薇の花片を重ね合わせたかのような装飾が施されている。その佇まいは騎士爵を持つ武人と、有能な副官の知性を完璧に両立させていた。
天恵【隠密】を宿す元暗殺者はかつて主の命を狙い、逆に救われたという消えぬ恩義を胸に今日も影のようにノアへと付き従っている。彼女の琥珀色の瞳は主君の優れた指導力と個性――そして、その凛々しさの裏に隠された『可愛いもの好き』という素顔を誰よりも見抜いていた。
「次官、まずはこちらを……。我がローゼンブルク勇爵家の特製茶でございます」
シェリーは隙のない社交用の微笑を浮かべ、事務的な手際で二人の前に温かいお茶を差し出した。そして、書類を取り出しかけたノアの手元へ、愛らしい薔薇の細工が施された薄桃色のマカロンを載せた皿を、極めて自然な動作で添える。
完璧に取り繕ったその微笑の裏で元暗殺者は、この甘味を前にした主君がどのような反応を示すかを内心で密かに楽しんでいた。
「……シェリー。私はたった今、演習を終えたばかりなのに、そのような――」
蒼青色の瞳を歓喜に揺らしたが、コルネウスの視線に気づくとノアは慌てて抗議の声を上げた。期待通りの反応に、シェリーは琥珀色の瞳をわずかに細めた。そして、いかにも体裁を整えるかのように一礼し、銀盆を小脇に抱えて淡々とその場を退く。
「大変失礼いたしました。団長は過酷な演習の直後は、いつも糖分を必要とされておりますので。ヴァーテル次官、どうかお気になさらず……」
お茶の爽やかな香りと可愛らしいお菓子の存在が、一時的に部屋の緊張感を和らげる。
ノアは少々気まずそうに頬を染めながらも、演習で使った純白の手袋を滑らかな所作で外し、黒檀の応接卓の脇へとそっと置いた。
まるで、女神の彫刻と見紛う白皙のしなやかな指先――
誘惑に抗いきれず、彼女はその指先でマカロンを摘むと、何事もないかのようにパクッと一口で頬張った。淡く色づいた薔薇色の唇から、「ふぁ……」と至福の吐息が漏れる。
(お、美味しい……。サクサクの生地の中に、甘酸っぱいベリーのクリームが……。シェリー、最高のタイミングだわ!)
その端麗な横顔にほんのりと甘美なる色彩が一瞬だけ滲んだが、お菓子を飲み込んだ次の瞬間には、その蒼青色の双眸に冷徹な氷刃を映した。
「――さて、ヴァーテル次官。本題に移りましょう。あの禿鷹たちが、またディアナに牙を剥いてきたのですね?」
「その通りだ、ノア団長……。あの禿鷹どもめ、円卓の席で我がヴァーテル伯爵家に対し、実質的な宣戦布告をしてきた」
コルネウスは黒檀の応接卓の上に組んだ両手に視線を落とした。その指先は白くなるほどに強く握り締められ、激しい怒りと焦りでかすかに震えている。低く掠れた声には、はち切れんばかりの憤怒と、胸の奥を抉るような恐怖が混じり合っていた。
公的な立場を重んじて『ノア団長』と役職を添えてはいる。だが、目の前にいるのは我が娘ディアナの幼馴染であり、我が子も同然に愛おしい公女なのだ。取り繕うべき軍務次官の仮面など、愛娘の危機を前にして、維持できるはずがなかった。
(あのオーディンヴァルト大森林で、あるかどうかも分からない<龍律の古代魔導輝晶>を探せだと!? 魔人族や龍人族が跋扈する未知の魔境だと言うのに! このままではアードラー騎士団一千人は壊滅し、ディアナも殺されてしまうのは確実だッ!)
その魔境からアードラーを救い出せるのは、神国最強と謳われる蒼薔薇騎士団をおいて他にない。だからこそ、コルネウスは円卓で必死にその派遣を要請したのだ。しかし、アシュレイ公爵をはじめとするあの宮廷の禿鷹どもは、冷酷な軍令と法理を盾にそれを一蹴した。
脳裏に浮かぶのは、魔獣の牙に引き裂かれ、血の海に沈んでいく愛娘の凄惨な未来――
ぞっとするような悪寒が背筋を駆け抜け、コルネウスの心臓は狂ったように激しい鼓動を刻む。我が子を死地へ送り込んで見殺しにせんとする禿鷹どもへの憎悪と、何もできない父としての狂おしいまでの焦燥が、その身を内側から激しく灼き焦がしていた。
「アードラーがオーディンヴァルト大森林での任務――<龍律の古代魔導輝晶>の回収を完遂できぬか、あるいは現地で全滅した場合……。法務尚書たるアシュレイ公爵は、行軍計画に不備があったとして我が家を『国家欺瞞の罪』で弾劾する上奏に、即座に踏み切る構えだ。家領の取り潰しは免れん」
国家の絶対法理を盾にした冷酷な最後通牒――
その生々しい宣戦布告の残響を思い返すだけで、コルネウスは奥歯をギリッと軋ませた。
「単なる任務の成否を盾にした政治的嫌がらせ、というわけではなさそうですわね? 次官」
コルネウスの怒りを冷静に受け止めると、蒼青色の双眸を怜悧に輝かせながらノアが静かに訊ねた。
「ああ、本質はその先にある。ユリウス殿下は古代遺物の回収を望まれているが、アシュレイの狙いはアードラーの任務失敗だ。奴にとってディアナたちの生死など問題ではない。任務遂行ができなかった責任を私に負わせ、ヴァーテル伯爵家を取り潰すつもりだ」
怒りを吐き出すかのように、コルネウスはそこまで一気に告げた。そして、気を落ち着かせるように深呼吸をしてから続けた。
「そのために奴は、甥であるヴァイス=アシュラッド伯爵をアードラーの監軍総官として送り込んでいる。あのアシュレイの猟犬と呼ばれた男を……」
ヴァイスはアシュラッド伯爵家の三男として生を享けたにも拘わらず、合法的に兄二人を排除して当主となった三十一歳の切れ者だ。その天恵【看破】は、他者の欺瞞を暴くのみならず、標的の精神を蹂躙し、魂さえも破壊するという。
「ヴァイスは監軍総官として『五本』の金のチェーンを戴いている。奴は副団長デュークの『四本』を上回る実権を盾にして、ユピテル皇国内でディアナたちの兵站や補給を意図的に細らせ、孤立無援の干殺しに追い込もうと画策しているのだ。すべてはオーディンヴァルト大森林という未開の魔境で、アードラーを合法的に全滅させるために……!」
一族の血脈すらも冷徹に呪縛に変える、骨肉の処刑網――
宮廷の黒い権力による破滅宣告に対し、コルネウスの双眸には軍務の要職を担い続けてきた男の苛烈な闘志が静かに漲っていた。
「……やはり繋がったわ。身内の伯爵を動かして、前線でそこまで汚い真似を仕組んでいたのね」
それを聞いたノアは、蒼青色の双眸をスッと細めた。
「ノア団長……?」
怪訝な表情を向けるコルネウスに対し、ノアは黒檀の応接卓の上で静かに指先を絡めた。そして、名門の気品を湛えた、どこか艶っぽさのある大人の声音で告げた。
「安心してください、ヴァーテル次官。すでに我が隠密組織<蒼い影>のライラがすべてを押さえていますわ。アシュレイ公爵家が魔人族の女王アスタロトと繋がり、アードラーの行軍経路と進軍計画をレウルキア王国軍へ売却しようとしている企み……。奴らは交易都市フェルゼンの手前で、ディアナたちを待ち伏せして壊滅させるつもりですわ」
「何だと……!? アシュレイが、魔人国と繋がっているというのか……!」
ヘーゼルの瞳を驚愕に大きく見開くと、コルネウスは信じがたい表情でノアを見つめた。単なる宮廷の権力闘争だと思っていた歪みの正体は、国家を丸ごと敵国へ売り渡す『売国行為』だったのだ。
「ええ。ですが、ライラが秘匿魔導通信を逆探知して掴んだのは、『売国の計画』が実在するという事実だけです。アシュレイがどの特権商人を買収し、どうやって資金を流したかという決定的な数字までは掴めませんでした――」
ノアは冷徹な無表情を保ったまま、静かに言葉を継いだ。
「――その最後のピースなら、たった今、完璧に揃いましたよ」
その声とともに、樫材で造られた扉が音もなく開いた。来訪者の魔力波長を、あらかじめ結界の術式に登録していたのだろう。防壁を揺らすことすらなく、ひとりの男が姿を現した。
部屋に滑り込んできたのは、コルネウスの嫡男――安全保障局長オーウェン=ヴァーテルであった。
彼は地下尋問室で付着した裏切り者の見苦しい血を完全に洗い流し、新調したばかりの真っ白な手袋を嵌めた指先で、一枚の生々しい『資金移動の調書』を黒檀の応接卓の上へと静かに滑らせた。
「オーウェン……!」
息子の合流にコルネウスがヘーゼルの瞳を輝かせる。安全保障局長の地位にあるオーウェンの協力は、何よりも心強いものだった。
「アードラー騎士団が皇都リーアンを出立してからおよそ一ヶ月半。彼らが這うようにして『交易都市フェルゼン』の直前まで辿り着く間に、私は法務尚書ブライアンが動かした星金貨三十枚――三億ゼナールに及ぶ不審な資金の行き先を、すべて洗い出しました。これが、その裏取り書類です」
オーウェンは感情の欠落した蒼灰色の瞳で、卓上に置いた調書を指し示した。
「私の天恵【法理の帳簿】で公爵家出入りの特権商人から、情報を限界まで絞り尽くしてきました。これで、アシュレイが動かした星金貨の動きという『法理の証拠』と、ノア団長の掴んだ『魔人国内通の計画』が一本の線に繋がりましたね」
卓上に並んだ二つの極秘文書――
アシュレイは「アードラーが全滅すればヴァーテル家を潰せる」と高を括っているが、実は自分自身が「敵国に情報を売った売国奴」として、断頭台に足を乗せていることにまだ気づいていない。
「……見事な手際ですわ、安全保障局長」
ノアは本革の応接ソファから静かに立ち上がると、傍らに置かれていた演習用の手袋を再び手に取った。
そのしなやかに引き締まった全身から、神国騎士団最強の【剣姫】としての威風と覇気がオーラとなって立ち上る。
「法務尚書ブライアン=アシュレイ。そして、大義名分のない法理の無駄など一ゼナールたりとも認めないと宣ったという、軍務尚書ユリウス第二皇子殿下……。宮廷の禿鷹たちが、どのような軍令や法理を盾にアードラーの補給線を細らせようと、そんなものは私の前では無意味ですわ」
ノアは左腰に佩く神話級の精霊刀<銀月刀>の柄を、純白の手袋を嵌めた右手で力強く握り締めた。
「ユリウス殿下のチェス盤で遊ばせるには、ディアナの『氷』は些か気高すぎますわ。ヴァーテル次官、オーウェン……。実は今朝、我が蒼薔薇騎士団の本隊六千五百は、アストリア共和国との合同演習という名目で、すでに皇都を発たせました。そして時が満ちれば、私自身が軍務尚書の命令を無視して、蒼天騎兵隊五百騎を率いてディアナの救援へと出陣いたします。神国最強の剣が誰のために振るわれるのか、あの禿鷹たちに骨の髄まで教えてあげましょう!」
蒼天騎兵隊とは、セリカ騎士団四万二千の内、本物の天馬を駆る唯一の部隊である。いわば、神国最強と言われる蒼薔薇騎士団の中でも、一騎当千の精鋭部隊であった。
蒼銀色の長い髪を烈風のように翻し、蒼青色の瞳に蒼炎を燃やしながらノアが高らかに出陣を宣した。
それは宮廷の陰謀を真っ向から武力で叩き潰さんとする、【剣姫】の苛烈な宣戦布告に他ならなかった――
「14.冷酷なる軍令、蒼薔薇の決断」をお届けします!
舞台はセリカ神国皇都リーアンとなります。
どこの宮廷も、権謀術数だらけですね(^_^;
書いてる方も、暗くジメジメした気分になります(笑)
次は、たぶん多少は明るくなるかな?
どうぞ、ご期待ください!




