清潔な汚泥
のろのろと歩きながら、矯正院を出た。連れて行かれた先は裏手の薬局だった。
自動ドアがのろのろと開き、むせるような甘さと、消毒薬の混ざった奇妙な臭いが押し寄せてくる。処方箋の品はもちろん、文字通りのドラッグストアでもあり、市販の麻薬や毒薬なども取り扱っていた。
もちろん、自然に害がなく、自然に土に帰るようなものがほとんどだった。だが、人間が使うとき、それが一体どんな差異になると言うのだろうか。
店主らしき男がのろのろと出てきて、三日月の笑いに頭を下げた。
「いつものとおりです、よろしくお願いしますヨ、ここで働かせてあげなさい」
鈍く頷いた店主は緩慢な動作でのろのろと彼の手を取った。生暖かい、白い手でなんとなくウジを連想させるものだった。
むっちりとした身体はウジが吹き出てもおかしくないような、腐敗臭にも似たなにかの臭いをまとっていた。彼の中では振り払いたい、という気持ちがぐるんと回ったが、一周して消えてしまう。そのまま引っ張られ、それきり鈍い店主の言うとおりに動くしか考えが浮かばなかった。
三日月は満足げに去っていき、そして時間が鈍行しているような場所に彼は店主と残った。ふらふらとした脳がなんとなく動き、いい加減な仕事を始めた。薬物に手を出すものを止めるでもなく、勧めるでもなくただ受け渡しをする。
「なんだ、ここは。いらっしゃいませは、どうした。そんなことも言えないのか」
神経質そうな男が同じような文句を何回か言っている。彼は舌打ちされても、答える言葉が思い出せなかった。そのまま、しばらく文句をいう客を見つめ続けるとまた舌打ちして去っていた。
特に何の言葉も、浮かび上がってこなかった。
時折、暇を見ては三日月の男に渡されたカミソリの刃を、指でなぞって血を流した。痛かった。伝統的な自殺の方法の1つであり、風呂場や洗面所が推奨されている。自慢話にして、自己をアピールするために使うためにも使う方法。それが何という方法だったのか思い出せないが、カミソリ、というかこの切れるものの使い方は彼にも分かっていた。
店主は気付いてはいるようだったが、珍しいことでもないとこちらを見ていた。どこへ行くとも言わず、外へでた。そろそろ辺りが夜にでも変わるのだろうか。白いむっちりとした塊が出て行ったあと彼は手近な麻薬をとっていた。精製モルヒネとラベリングされたそれは、感覚が消え去れるほどの濃度らしい。作ったらしい研究者の写真がラベルに貼り付けてあった。なんの意味があるのだろうか。分からない。けれど痛みがなくなるのはいいことだと、彼はアンプルを探し始めた。
どこっという鈍い肉の塊を叩いた音が外から聞こえた。ガラス張りの自動ドアを先を見ると車が一台、砂煙か生体素材の塵だかを巻き上げて、こちらへ向かってくる。一人は轢いているようで血とぎるぎるという音がした。
「変な音」
そういった後には車はドアを突き破り、行儀悪く彼に体当たりをしてきた。ずいぶん車になつかれたようだ。乗っているのは先ほどの客だった。早口でぶつぶつと言っているらしいし、手は震えている。声がだんだんおおきく鮮明になる。
「いらしゃました、いらしゃませは」
血管の浮き出そうな目を見開いて、大きく舌打ちした。車の赤い色と舌打ちの音が焼き付くと彼は気を、投げ捨てるように失った。




