月夜に浮かぶ
次の日、また次の日と二人は放浪した。目的地は最初に寄った街の標識から推測すると東に随分行った所ようだった。
沈みかけたた太陽は歪み、赤い光を荒野へも車へもぶつけてくる。太陽は我々を炙り出すつもりでは、男は常々そう言いたかった。
「今日はここで休みましょう」
疲れている様子で助手席の少女は声を漏らした。男と交代で運転しているが、ずっと車では疲れがたまる。周りには代わり映えしない荒野が相変わらず広がっていて、ある種の拷問にも思えた。本当に残っているのだろうか、故郷は。もしかしたら、こうして迫ってくる荒野に浸食されたんじゃないか。いや、もしかしたら荒野自体がランニングマシーンのようになっていて我々を進ませてくれないのかもしれない。
目が据わって、乾ききった赤い目がミラーに写った。大丈夫、と少女の気づかう声にも気がつかない様子で男はボウっとしていた。上を見上げると車の中には天井がある。ほっとして男はまぶたを隠した。疲れていた。何日も何日も荒野に彷徨うことは車の中にいるとはいえ楽なことではない。
「休む、休む」
そういって意識を投げ離すと、返ってこなかった。忍び込んでくる寒さに気がつくまでは、男は目を覚まさなかった。
車の戸が開いていることに気がついたのは、夜半過ぎてからだった。
冷たい風が車の隙間から吹き込んでくる。寝袋が男の上に重ねられていた。どこかへいってしまったのだろうか。後部座席に広げてあった少女がいつも使っている寝袋には暖かさはない。
男は車から転がりながら、駆け出した。ぴかぴかと安っぽそうに月が光っていて、冷たい空気のせいで余計安っぽく男には見えた。
外にある足跡は腐った道路にくっきりと残っている。
東の方へ続く足跡は暗く、月の光は届きそうもない。その軌跡を追いながら、男はびくびくと震えた。このままでは故郷の方へといってしまうんじゃないだろうか。
青々とした草原の丘が荒野との堺にある、あの丘を越えればだろうか。
その上に光る半月は決してあの毒づいたような赤でも、嘲笑してもいない。男は後ろを振り向いた。遠くに車が一台ぽつんと見えた。発電できるはずもないだろうが、ソーラーパネルを羽根みたいに広げた車。周りは荒野と草原の間で、ちらちらと草が伸びている。男は一歩進んだ。すぼっと腐葉土の道路に足が沈んだ。何度も確認するように足踏みすると、注射をこらえる子供のように目を瞑って飛び出すように丘をあがった。
「あ、起こしちゃった?」
恐る恐る目をあけると月明かりが畑を照らしている。菜の花畑が、きちんと整備され育ててられている畑がそこには広がっていた。夜だというのに黄色い花を咲かせて半月の光を反射している。その中に少女と老人がぽつんと立っていた。老人に敵意はなく、笑みを浮かべていた。
男の頭の中で、あたりは春になった。青い季節で花は若い。
実りには遠いけれど冬が越えていった季節。荒野の風が匂うような気がして目を閉じるとまぶたには土手に咲く菜の花が見える。芥子菜や野良大根が川沿いを埋めていた。若い雑草は踏めば柔らかいクッションのようだったが、足をどかせばすぐに活力を取り戻した。
目を開くと少女は駆け寄ってくる。無骨な義腕を振って大地を踏みしめていた。




