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水盆満ちて
老人もまた逃げ出してきた者だった。男は昨夜付き合った苦労話にげんなりしながら、老人が寝床にしている生体マンションにいた。老人はぐっすり眠っていて、二人は死んでいないかとついつい確認してしまった。
「いつまでここにいるの」
少女はあの菜の花のおひたしで玄米を食べていた。両者とも正確には荒野でも育つように遺伝子改良された物で彼の望むものではなかった。
「本物の、菜の花、見たいんだ。本も、集めたい」
パン食の彼でも、空腹が味方して玄米が口にするすると入っていく。老人の炊いたものの暖め直しでも、カンパンのように何度も噛むと甘い米の味がある。
いつまでかかるか、分からないよ、と少女はもごもごと呟いた。男は一口をきちんと噛みしめてから、木箱から絵本を一冊取り出して声高に読んだ。
「おしょうさまはこうして、おみずのながれだけでおじそうさまをつくりました」
少女は玄米をほおばって、止まっている顔はリスかなにかのようにも見える。茶色い目をくるくるさせて飲み込むに飲み込めない。固い音で茶碗を叩いているのはあの義腕だろうか。小刻みな音に体が震えた。男は久しぶりに何も考えず笑ってから、手元の水を飲み干した。喉に詰まっていた物がすっと胃へと落ちていった。




