語らう荒野
道路の照り返しは最初こそ心地よかったが、だんだんと悪意に満ちているように思えてきた。古い道路は崩れかけていた。生体素材だからだろうか、男はその道を踏む度に鎮守の森に無断で入った時のことを思い出した。天然の腐葉土は踏みしめる度に柔らかい反発が足の裏を伝った。
あの車を捨てて近くの廃墟に入った。既に半日立っている。本気で追うならばもう追いつかれているだろうが、その心配も無さそうだった。だれもが、外の世界に出るなど正気の沙汰だと思っていないだろう。啓蒙局と清掃局にさえ気をつけさえすれば、衣食住は保証されるのだから。おそらく、そっと戻った物も少なくないだろう。
廃墟はくずくずに崩れた生体素材が構成していた。伝説に聞いた核ミサイルで破壊された街もこんな風なんだろうか。男の前にある建物は穴だらけで、支えになるために材質強化された柱部分だけが、残っている。
プライベートもなにもあったものではない。後ろを振り向けばひたすら荒野が続いている。映画のセットかと二人とも外に出た時に思った。生き残った生体素材がサボテンのように点々の生えているだけで何もない。寂しい大地だった。故郷は随分豊かだったんだ、と男は独り呟いた。
「ちょっと来て」
少女の楽しげな声がした。音が空にこもらない素晴らしさを感じながら、腐葉土の街を進む。彼女はこの街で見つけた大きめシャツとジーパンを無理矢理着ている。袖をいじくったりする様が妙に子供っぽく男には見えて、くすくす笑ったら機嫌を損ねて奥に行ってしまったのだ。
少女は中古のカー・ショップ後にいた。今時、旧式で大型のホバーカーや人工筋肉を用いた高速バイクなんて骨董品でも無ければ何だというのか。これこれ、弾けたように車体の影から飛び出した少女は緑色の薄い膜に包まれた車を差した。ワンボックスタイプのようで、死にかけの生体素材で包まれている。
「プレゼントの包装みたいよね」
びりびりとその包装を引きちぎる。マナー違反、という言葉を男が連想する前に古くさい車体が顔を出した。ソーラーパネルが各所に着けられいることから、電気エンジン普及前のソーラーカーのようだ。新品のようなのは生体素材の死骸のおかげだろうか。充電用のパネルなども一揃いあるようだ。
「この子、使えるみたいね」
少女はエンジン部分の蓋をあけて、ハッキングを始めた。中のコンピューターは生きているようで、放棄された人工衛星からの映像をまだ受け取っているらしい。
「今日中に動かせるよ、あなたはちょっと旅に必要な物持ってきて。特にお腹に入りそうな物」
男は力強く頷くと、緑色の廃墟の奥へと進んだ。
天井が落ちた薬局の横を通り過ぎ、人工畳の腐敗が妙に生々しい民家の後を抜けた。学校跡があり、たくさんのたんほぽが屋上だった平べったい部分に生え、その影に恐竜がいたころのような大きな羊歯類が生えていた。どういう生態系になっているのか、よく分からない。羊歯類を避けて学校跡を半周すると橋があった。
川を挟んで向こう側にある、コンビニ跡を一つ見つければもう物は揃ったも同然だ。街が崩れていく代わりに、緑色の繭に包まれて中にあった物は比較的に無事だった。そうやって男はいくつかのコンビニや民家を回っていた。人気はなく、生き物も少ない。だが、焼け始めた空の光はコロニーと違い、色の層とゆるやかな変化がしっかり見えた。星が太陽が落ちていく度に見えるのは目新しかった。
男が戻る頃には、完全に日は落ちていた。コロニーのような温度調整がない廃墟では、寒さは倍近く感じる。
荒野は水蒸気を巻き込んで冷える。明日も霧酷いだろう、男は上の空に考えながら旧型のガスコンロのガス栓をゆるめた。レジャー用の小型のもので、ガスがきちんと残っていた数少ないものだ。電気式の発火装置は動かないため、ライターで火を付けると、一瞬、男の髪がちりちりと焼かれた。
「火、ついた」
禿げないよな、これくらいじゃ。男は髪をいじりながら少女の方を向いた。二つある義腕のうち、一つが相変わらず稼働していて、内部のランプを緑色にちかちかさせている。唸るファンからは暖かな風は送られてくるが、この荒野の冷えを吹き散らしてはくれない。もう一つの義腕を湯たんぽ代わりにしていた少女は、火がつくのを確認するといそいそとガスコンロに寄った。
「まだ」
「そうまだ、ね。昔の方がこういうのしっかりしてるみたい」
男はカンパンの缶を渡して、頷いた。今の時代、電子戦を想定した技術はほとんど無い。
「他の収入は」
パンの味を噛みしめるとその固さに妙な顔をしていたが、その内に味が出てきたのか、少女の顔は綻んだ。じっくり眺めてから男は木箱を差した。
ガスコンロをたいまつ代わりに近寄ると、食料や予備のガス、スプレー類、レジャー用のナイフが何振りか、寝袋が三袋、そして絵本やら本が数冊ずつ詰まっていた。大量じゃない、少女は言うと振り向いて笑った。
男は一冊の絵本を渡した。何世代も読み継がれてきたのだろう。彼が民家で見つけたそれは元々は図書館のものだったらしい。延滞のために残り生き残った、妙な本だった。
「はいはい、じゃあ寝袋だけ広げてからね」
二人はくすくすと笑った。




