第一幕(2)
ジルの部屋にも灯りはない。ただ、カーテンが開いていて、俺の部屋より幾分明るかった。
「!?」
ベッドの上のジルは、普通に眠っているのとは全然違った。生気というものがまるで感じられない。彼女そっくりの人形が、そこに転がっているかのようだ。
「医務室で、妙な声を聞いたの」
エマが早口で事情を説明する。
「儀式は明後日、それまでこのままでって。声の主がいなくなった後、バルデン先生が教えてくれた。その儀式でジルは殺される」
殺される? にわかに信じがたい話だ。しかし、バルデン先生がそんな冗談を言うはずがない。
「門の外に馬車を呼んだの。お願いロイ、馬車までジルを運んで。そしてあなたも、一緒に来てほしい」
なるほど、それで俺か。やっと話が見えた。
ほとんど体格差のないエマでは、ジルを門の外まで運ぶのは難しい。だが、施設は男手が極端に少ない。エマがこんなことを頼める男といえば、俺しか選択肢がなかったのだろう。
「話は分かった。でも、俺だってジルと体格は変わらない。どうやって運べば--」
「ベッドに座って。シーツでジルの身体を縛りつけるわ」
指定された場所に座る。エマは素早くジルを起こして俺の背に乗せ、ギュッと縛りつける。手を借りて立ち上がる。重い……が、動けないほどではない。
ガタッ。物音に天井を振り仰いだ。
「ロイ、急いで!」
腰を押されるままに走り出した。一番近い裏口から外に出る。俺達の後を追いかける、複数の足音。
通用門の向こうに黒塗りの馬車がいた。誰かが、鍵を壊して門を開けている。
「あっ!?」
バランスが崩れた。ジルが背中からずり落ちる。
ガッ! 門から走ってきた誰かがジルを支える。見覚えのない男。エマは何も言わない。助けに来た、ということか。
通用門を抜け、放り込まれるように馬車に乗り込む。勢いよく扉が閉まると、すぐに馬車が走り出す。
ガタガタ揺れる馬車の中、のしかかるジルの重さから逃れようともがく。苦しい。早く、何とかして。
「ごめんね、ロイ。大丈夫?」
ようやく解放された、と思った途端、ヒョイと座席に抱え上げられた。隣には先ほどの男。ニッと笑って、俺の頭を無造作に撫でる。
「よく頑張ったな」
大きな力強い手。いつかも、こんな風に頭を撫でられたことがあるような気がする。あれは、いつのことだったか……。